【企画】浮き足立つ(龍レン)




家で開かれるパーティーに出席するなんて数年振りだった。
兄弟ですれ違っていた頃、神宮寺家の一員として肩を並べることに抵抗ばかりあったが最近はそうでもない。

「レン、今日はわざわざ悪かったな」
「いや……けっこう、楽しめたよ」

狭い車内、ハンドルを握る兄が小さく笑うその声音にどこかくすぐったさを覚える。
昔はこんな風に二人きりで会話を交わして、助手席に座る自分なんて想像もつかなかったのに。
外の景色をぼんやり眺めながら、窓に映る兄の姿を不思議な気持ちで見ていた。

「もうすぐ着くけれど、裏門に停めようか」
「ん、わざわざ送ってくれて感謝するよ」
「はは、かわいい弟を一人で帰すなんて出来ないからね」

幼い頃に触れ合っていなかった反動か、兄は時々自分をやけに子供扱いする節がある。
最初こそ恥ずかしいから止めてくれと請うたが最近はすっかり諦めてしまった。可愛がられる事も悪くはないとすら思っている。
すっかり見慣れた学園の門が見え、数メートル離れた位置で車が停まった。
シートベルトを外そうと伸ばした手にそっと兄の手が重なる。
ああほらまた、子供扱い。自分のものより幾分か冷たいその手を振り払うことも出来ず、なに、と暗がりに浮かぶ兄の顔を見やった。

「またいつでも帰ってきてくれていいからな、レン」
「……そのうちね」
「ん、メリークリスマス」

とんとん、優しく頭に乗せられた手に思わず、そろそろ二十歳も近いのに……と呆れるように呟く。
かちゃりとシートベルトを外してドアを開けた。途端に凍える寒さが肌をくすぐり、思わず身を震わせながら車内から降りる。
振り向きざまに、メリークリスマス、と返せば兄は心底嬉しそうに微笑んだ。
ドアを閉めるが一向に発車しない車に、兄心とはそういうものなのか、とどこか納得をして背を向ける。門をくぐって暫くすればようやくエンジン音が鳴り響いた。
暗がりの敷地内を進むと遠くに明るい光が見える。
恐らく大講堂の輝きだろう、僅かに漏れだす音楽はクリスマスを彩るに相応しい軽快なメロディだった。
足を向けて、けれども躊躇うように立ち止まる。あの輪に混ざる事はとても楽しいだろう、けれども。
(……どうせ忙しいんだろうな)
一年経って、生徒から事務所預かりと変わった自分。仕事も知名度もそれなりにある、顔を出したってなんら不思議ではないけれども。
一年前も今も変わらず教師として生徒達の羨望を集めるあの人に、もう甘えられる立場ではない。
同じ事務所のアイドルとして、やっと対等になれたと思ったのに。厳しい現実に打ちのめされてもう半年以上経っていた。
顔すらろくに合わせていない。かろうじてメールのやり取りを週に数回する程度で。
(……リューヤさんの馬鹿)
すっかり過ごし慣れた寮のエントランスをくぐる。キーロックを解除していると開いたエレベーターから鮮やかな金色が覗いた。

「…お、レンじゃん」
「おチビちゃん、こんばんは」
「っだあああもう!いい加減その呼び方やめろよ!」

出会ってから今までちっとも変わらない彼の背丈はどこからどう見ても、おチビちゃんと呼ぶに相応しい。
愛情をこめて呼んでいるのに本人としては不服らしく、だからこそ余計に俺はその名で呼び続けては彼の反応を楽しんでいた。
冬の夜に映える鮮やかな金の髪と、少々不釣合いなラフな服装。
お出かけかい、と訊ねれば彼は少しだけ照れくさそうに笑った。

「那月のやつ、仕事終わるから今から飯食おうって……ったく折角のクリスマスなのになあ」

男二人で華がない、と言う割にその表情はどこか嬉しそうだった。
仲良きことは美しきかな、楽しんでおいで、と返せばやはり彼は嬉しそうな声でおうと答える。

「そういうお前はデート帰りか?」
「ああ、久々に家族とね」
「……ふーん、よかったな」

手を振り颯爽と去って行く彼に、どういう意味かと訊ねるタイミングを失ってしまった。
誰よりも小さくて子供みたいな見た目なのに、誰よりも聡い子。参ったなぁ、呟きを残してエレベーターに乗る。
静かな音を立てて浮上する小さな箱。ぼんやりと、さみしい、なんて思った。




部屋へと入れば暗闇の中で何かがちかりと光っていた。
あーそういえば、電気を点けて室内を眺めるとソファの上へ無造作に置かれた携帯電話がちかちか存在を知らせている。
昨夜から置きっぱなしで、フォルダを開けば大量のメールが届いていた。
仕事の関係からプライベートなものまで内容は様々で、取り急ぎ大事なものから目を通しつつスーツを脱ぐ。
窮屈なネクタイを外しボタンに手をかけたところでひとつのメールに、手が止まった。

『明日の夜 空いてるか?』

たったそれだけの簡素な文章、けれども動揺を隠せない。
時間を確認すれば送られたのは昨夜遅くで、どうして気づかなかったのかと小さく舌打ちをする。
つい先ほど思い浮かべていた人からのメール。
普段送るのは自分ばかりで、彼から届くなんて滅多にない。それなのに。

「……流石にもう、遅いよね」

返信用にと作ったメールを、削除する。
彼は今頃、あの大講堂の中で楽しい時間を過ごしている。そんな所に今更のメールなんて水を差してしまうだけだ。
残りのメールを開く気にもなれず、携帯をテーブルに放ってソファへと寝転がった。

そもそも、自分は何を期待しているんだろう。
彼へと思いを伝えたことはない。学生時代も今もただ一方的に慕っているだけ。
リューヤさんは俺の気持ちに気づいているだろうけれど、それについて言及されたことは一度もない。
それでも他の生徒や後輩に対するよりは幾分優しかったりするけれど、きっと弟か何かのように見られているんだろうな。
自分だって彼に、兄の姿を重ねていなかったといえば嘘になる。
けれども俺はちゃんと、リューヤさんの事を……

「あーもう、なんだこれ」

少し余計なことを考えすぎてしまったようだ。
頭に巡る女々しさを掻き消すように、くしゃりと髪を掻く。
ふと視線をテーブルへと向ければまるで図ったようなタイミングで、携帯が着信を告げた。
こんな日こんな時間に電話だなんて、仕事の関係だろうか。ろくにディスプレイも確認せず通話を押す。

「もしもし」
『あー悪い、寝てたか?』
「……え」
『どうした間抜けな声出して』

思わずディスプレイに表示された名前を確認する。
うそ、なんで、本当に、どうして。

「……リューヤさん」
『おう、寝ぼけてたのか』

別に眠っていた訳じゃないよ、返そうにもどうしてか言葉が出ない。
電話の向こうからはリューヤさんの声に混じって人のざわめきが聞こえる、恐らくパーティー会場から掛けてきたのだろう。
まだ忙しいんじゃないの、返事しなくてごめん、どうして掛けてきたの、口を開きかけるがそれは音にならず飲み込んでしまった。
沈黙を遮るように彼が言葉を紡ぐ。

『まだ眠るなよ、今から行く』

たったそれだけだった。
部屋に居るのかとか、一人なのかとか、もろもろ素っ飛ばして。
まるで俺が当然のように彼を出迎えると、どこか確信めいた口調で彼はそう告げ電話を切った。
耳に当てたままの携帯からは規則的な機械音が何度か繰り返されやがて止まる。通話時間は一分にも満たない、たったそれだけ。
たったそれだけで今の俺をおかしくさせてしまうには十分だった。
(どういう意味だよ、これ……!)
ディスプレイに表示されたままの名前を眺めたって、彼の意図はちっとも見えてこない。
思えば彼はいつもどこか言葉が足りない。女性相手にあれこれと飾り立てる言葉ばかりを並べる自分と比べて、彼はいつだって簡潔すぎる。
今日だってそうだ。どうして空いてるかなんて聞くのか、何のために今から来るのか。そもそも一人なのかすら教えてくれない。
もしかしたらただ単純に、遊びに来るってだけかもしれない。かつての教え子を気にかけるくらいには優しい教師だ。
そんな気持ちで会いに来られたって迷惑なだけなのに。どこまでいっても生徒としての枠組みからぬけられないのならいっそ突き放してくれた方が楽だ。
(……って、何を考えてるんだろう)
勝手な思考ばかりがあれこれ頭の中を巡る。
メールの文章を読んだ時にはあんなに浮かれた思いがあったのに、今では「どうして」の気持ちばかりが湧き上がってゆく。
どうして今日なんだ、どうして来るんだ、どうして。そわそわと、けれども逃げ出したくもなるような不安。
一体どんな顔をすれば良いものかと悩んでいれば無常にも鳴り響くインターホン。
画面にはリューヤさんの姿だけが映し出されていて、少しだけほっとする自分がいた。

「……今、開ける」
『おう』

インターホン越しの声はわずかに上ずっていた。
ああ、寒いからか。もし彼が少しでも駆け足でここまで来てくれたのならば俺は、期待をしても許されるのかな。
オートロックを解除する、恐らく今頃エントランスを抜けてエレベーターに乗った。
一階、二階、ゆっくりとした速度で上がり開かれた廊下を真っ直ぐ進んだ、奥から二つ目の部屋。
きっと彼はノックをしかけて、律儀にインターホンを押そうと指を伸ばすだろう。ピンポン、と高らかに響く音は頭で思い描いたタイミングとぴたり一致していた。
慌てて玄関へと向かう。掴んだドアノブは冷たくて、部屋をもう少し暖めておくべきだったかもしれないと後悔する。
鍵を外すのとドアを開けるのはほぼ同時だった。
隙間から覗いた顔はかつてよく見ていたものとも思い描いたものとも違い、まるで毒気を抜かれたような柔らかさを湛えていた。

「入っていいか?」
「……うん」

大きく開いたドアに滑り込む体からはわずかに外気の冷たさが感じられる。
ぱたんと閉じられたドアを背に、決して広くはない玄関にたたずむ彼の姿は新鮮だった。そうだ、リューヤさんが俺の部屋に来たことなんて今まで一度たりともなかった。
入っていいか、と尋ねた口調は決して軽々しい響きではなくどこか真剣さを伴っていた。
首に巻きついたマフラーを外すしぐさをただじっと見つめる。厚手のコートを脱いだ下はいつも通りのストイックなスーツ姿だった。
ああそうか、理解する。
ただ寄っただけじゃない、明確な目的があってここへ来たんだ。途端に顔が赤らむのを感じとっさに背を向けると、こちらの心情を知ってか知らずか小さく笑う声が耳をくすぐった。

「今日、実家に戻ってたんだってな。楽しめたか?」
「まあ、そこそこに……誰かに聞いたんだ」
「さっき来栖にな」

聞いた、なんて嘘だと分かる。
恐らくメールを交わしたのだろう、ここまでくるとおチビちゃんの気遣いはおせっかいにすら思えるけれども嫌じゃなかった。
何を言うでもなく佇んでいれば背後から、片手じゃうまく靴が脱げない、と困ったような呟きが聞こえた。
ああ、上着をハンガーに掛けるから貸してよ。
伸ばした手には柔らかな布ではなくごつごつと厚い手が重なる。

「避けられてるのかと思ってた」

いつだって鋭く光る両の瞳はおよそ初めて見るほどに寂しそうな色をしてこちらを見つめる。
何でそんな目をするんだ、避けるなんてどうして俺が。

「神宮寺、俺はお前が思ってる以上にお前からのメールが楽しみなんだよ」
「……なんだい、それ」

思わずおかしくなって笑うと、強く手のひらを握り締められた。よく鍛えこまれたマメだらけの手、力はおどろく程に強い。
そういえば手を繋ぐだなんて初めてだと気付く。
ぎゅっと握り返してみれば手のひらも指先もしっくりくるほど心地好かった。

「お前、最近はあまり寄越さなくなったから」

相変わらず寂しそうな目でこちらを見つめるリューヤさん。
教師としての、先輩としての威厳はどこにいったんだいと笑ってやれば途端に強く腕を引かれた。
もつれる足は床を踏みしめる、だが力など入らない。前のめりに倒れる体を受け止めたのはがっしりと大きな胸元だった。
そのまま抱きしめられる。微かなアルコールに混じって雄の香りが鼻腔をくすぐった。
心臓がひどくうるさい、あまりの恥ずかしさに離れようと身を捩るが彼の両腕にしっかりと体を包み込まれている所為で敵うはずなかった。
手持ち無沙汰の両手を背へ回す。
皺にならないようにそっとスーツを掴めば不思議と鼓動は落ち着きを取り戻した。
何かを、言うべきだろうか。言葉は見つからぬまま胸元へと凭れていれば先に口を開いたのはリューヤさんだった。

「神宮寺、映画の話が来たんだってな。CMにも起用されるって」
「リューヤさんからすれば小さい仕事だよ」
「そんな事ない、おめでとう」
「あ……り、がとう」

卒業以来のその言葉に、気恥ずかしさばかりが先立つ。
褒められるのは素直に嬉しいけれど、いつまで経ってもやっぱり生徒扱いなのかと寂しくなるのも事実で。
やっぱりそういう目でしか見られていないのか、つい出掛かる溜息は音にならず飲み込まれた。

「え……」

リューヤさんの手が俺の顎を持ち上げる。
かつてない程間近で見つめる表情があまりに格好良くて、今ここにおチビちゃんが居たら間違いなく騒ぐんだろうな、なんて考えて。
思考を遮るように唇が塞がれた。
ちゅ、と短く音を立てて離れ、再び重なる。薄い唇は見た目よりも柔らかい。

「っ……」
「嫌だったか?」

そんなことない、って本当は知ってるくせに。
向けられる微笑みすら卑怯だと思った。頬を撫でる手は硬い、男らしい指先に触れられて心地好さを感じてしまうほどに俺は、あんたの事を。
とん、とその手が優しく頭の上に乗せられる。それは兄がしてくれたものと寸分違わぬ筈なのに全く別の意味を孕んでいた。
見つめる眼差しはどこまでも柔らかくて、格好良くて、でもどこか情けない。

「本当はお前が一人前になるまで、しないつもりだったんだけどな」

我慢を知らない大人はくたりと、俺の肩に顔をうずめた。
なにそれ、人がどれだけ悩んだと思ってるんだ。
攻め立てる言葉を紡ごうと開いた唇からはけれども許容のため息しか出てこなかった。

「……リューヤさんらしいね」
「一応教師だしな」
「でも元教え子って立場は変わらないよ」

人に知られたら大変だね、脅かすように笑えば彼はびくりと顔を上げた。
きっと今頃頭の中ではああでもないこうでもないと様々な想像をしているだろう。
普段はしっかりしているくせに、と慣れない一面がたまらなく愛しく思えた。

「そういえばリューヤさん、来たってことはプレゼントも当然あるのかな」
「……強請るとか可愛くないぞお前」
「もしかしてプレゼントはキスだ、とか言い出す古いタイプの人間なの?」

決まりの悪そうな表情を浮かべ、さっと視線を逸らされる。
冗談で口にしたのにまさか図星とは。
何が欲しいんだ、しぶしぶ尋ねる声。そうだなあ、とわざと考える素振りを見せれば高いものはやめろよと釘を刺された。
自分から言い出した割にはプレゼントなんて何も思いつかない。参ったなあ、見切り発車にとりあえずと口を開く。

「とりあえず朝までリューヤさんの時間をちょうだいよ」
「……神宮寺、お前も相当古いタイプの人間だぞ」
「そうかなあ」

クリスマスなんて、去年は二人きりになる事すらなかったのに。一年でそれなりには進歩した関係。
来年にはおかえりを言う権利でも強請ってやろう。
そんな事を考えながら、薄い唇と幾度目かのくちづけを交わすのだった。



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想定していたよりも甘くなった!恥ずかしいです。
UTA☆PRI X'mas2011 】様に提出しました
素敵企画に参加させて頂き、本当に有難うございました!

2011122 よかん









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