一緒に食べよう(マサレン)




神宮寺は時々、まるで借りてきた猫のように大人しくなる。
普段なにかと端々にまでつっかかってくるものだからその落差には正直少しだけ戸惑ってしまうのだが。

「聖川、お腹空いたな」

一人掛けにしては大きめのソファに腰掛けてゆったり雑誌を読んでいた彼が、ぽつりと呟く。
それは俺へ宛てているようで、特に答えを求めていないようでもある。
気紛れな彼の独り言に、そうだな、と返せば満足したように笑ってそれきり何も言わなくなった。
言えば軽食ぐらいは作ってやらない事もないのに、と思って気づくのは、彼が口にした先程の一言は別段意味など伴っていないのだということ。
おそらく大して空腹でもないのだ、ただ会話のきっかけとして口にしただけ。その会話がたとえ短いものであっても成立さえすれば、彼にとってはそれで良い。
普段は決して会話など、したくもないといった顔をするくせに。つくづく気紛れな男だ。
時計を見やればそろそろ夕方もいい頃だった。一日中机にはりついて課題をしていたものだから、実のところ大してお腹は空いていない。
それは神宮寺もおそらく同じで、放っておけばこのまま夜までずっと動かないだろう。
せっかくの休日、てっきりどこぞの女性達と遊び歩くのだと思っていたから朝からソファに腰掛け微動だにしない姿を見て、そのあまりの不自然さにどこか違和感を覚えずにはいられなかった。

「……今日のお前はいつもと違って扱いやすいから好きだぞ」
「聖川、それ貶しているだろ」
「どうだろうな」

怒っている割にはけらけらと楽しそうな声を上げて、神宮寺は読みかけの雑誌をぱたりと閉じた。
そうして俺の方をぼんやりと見つめたきり何も言わず黙り込む。それを俺は特に気にすることなく、黙々と課題を続けた。

「なぁ聖川」

しばらく経って、再び神宮寺がぽつりと呟く。
今度はしっかりと答えを求める口ぶりのようで、分厚い本の文字を目で追いながらも、どうした、と律儀に返してやった。

「ずっと課題ばかりでつまらなくないのか」
「つまるつまらないの問題ではなく、課題はきちんとやるべきだろう」
「俺はやらなくたってリューヤさん怒らないよ」
「呆れられてるんだろうが」

さらさらとノートにペンを走らせながらそう笑えば、背後に神宮寺の気配を感じた。
いつの間に、振り返ると同時に首元へと彼の両腕が絡みつく。なんだ、言えば最初から構ってやったのに。
頬に擦り寄る神宮寺の熱はとてもあたたかだった。




窓の外はうすら暗く、時折ひゅうひゅうと風の音がする。
申し訳程度につけられたベッドサイドのルームランプがほんのりとした影をシーツに落とした。
沈むように寝転がる神宮寺は抵抗する素振りも受け入れる素振りも見せず、ただぼんやりと俺を見つめるばかりだった。

「なんだ、今更気でも変わったのか」
「いや……聖川が居るなぁと思って」
「当たり前だろう」

組み敷いた体は自分と大差ない。生地の薄いシャツを捲れば健康的に焼けた肌があらわになった。
脇腹を指先でくすぐりながら目尻に口付ける。垂れ下がる目元はいつも以上に穏やかなもので、普段もこのくらい大人しければ良いのにと思う。

「聖川、くすぐったいよ」

指から逃れようと身をよじる神宮寺の、どこか無邪気な笑みに一瞬目を奪われた。
年上である彼の時折見せる幼い一面にはどうもなれない。いつだって大人ぶった態度でいるぶん余計に子供らしさを感じさせられると戸惑ってしまう。


「……お前は、人の気も知らないで」
「え、……っ」

無防備に開かれた唇を塞ぐ。
ん、と短く声を上げて神宮寺は俺の肩を掴んだ。
わずかに押し上げる力は形だけの抵抗のようで、その手はすぐ抱き寄せるように背を包み込む。
夕日色の長い髪に自らの深い藍が混ざった、角度を変えれば肌をくすぐる神宮寺の髪が見た目よりいくぶんか柔らかいということに今更気づく。
背に回された手はどこかいたずらに俺の体中を撫でる。
張りのある指先が耳の裏をくすぐり、思わずびくりと肩を震わせれば神宮寺は唇を離しておかしそうに笑った。

「っはは、かわいいね」
「……ずいぶん余裕があるようだな」

少し呼吸を乱しながら神宮寺の手を強引に取る。絡めた指先に唇を寄せれば今度は彼が肩を震わせる番だった。
最初は軽い口付けを指の一本ずつ、爪の先から指の付け根までくまなく触れる。
途中、ごつごつとした関節へと噛み付くように歯を立てれば神宮寺は、いたいよ、と案外まんざらでもなさそうな声音で文句を言った。

「じゃあ止めるか?」
「……聖川、時々すごく性格が悪くなるね」

もっとして、と口には出さずともその目が訴えかけていた。
うっすらと熱を孕む目つきに思わずごくりと生唾を飲み込んで、薄い唇へと強引に噛み付く。

「っふ、ン……」

互いを求め合うように絡む舌はあまりにも熱く、まるで思考が溶かされてゆくようだった。
神宮寺の指が俺の服を脱がしにかかる、ボタンの外された胸元を這う手のひらは男の手そのもので、けれども心地好い。
中途半端に捲ったままのシャツを胸元まで捲り上げた。
小麦色の肌、胸の上でぴんと立つ色素の濃いそこへと触れれば神宮寺の喉が不自然に鳴る。
合わせた唇の端から飲みきれない唾液が零れて、彼の首を伝い落ちた。シャツに染み込む様にさえ情欲をそそられる。

「っは、あ、聖川……」

低い声音には独特の色が含まれていた。
唇を離してもなお伸ばされた舌を何度も舐めれば、神宮寺の指先が俺の髪を強く掴む。
出来れば乱暴にはしたくないのだが、と思ったところで口には出せない。諦めて舌から唇、顎を伝い首筋へと舌を這わせる。
荒い呼吸のたびに上下する喉仏へ歯を立てると、ひ、と短い声が上がる。心なし胸の飾りは硬度を増した。
ちゅ、と軽く吸い付きながら唇を胸元へと移動してゆく。指先ではさんだ先端をちろりと舐めれば、彼の指がぐっと髪を引いた。

「おい、痛いぞ」
「そっちが変なこと、するからだろう」

恨めしそうな視線はどこか期待するような表情だった。
本当は痛いことが、すきなくせに。そういう所だけは素直にならないというのが少しだけ癪に障る。
いつも通りの態度に思わずため息を零すと、なんだよ、といぶかしむ神宮寺。

「頼むから、大人しいままで居てくれないか」

懇願するような声音で訴えると彼は不服そうに眉をひそめて、それでもこくりと頷いた。




大人しくなった神宮寺の身体は扱いやすい。
枕に顔を伏せて漏らされる声は、くぐもってはいても艶やかさを感じさせる。
薄いゴムを解して伝わる熱さにぐらぐらした。腰を進めるたび肉のない肌と骨がぶつかって、痛いやら気持ちよいやらで訳が分からない。
額から零れる汗がぱたぱたと神宮寺の背に落ちて、肌のくぼみに小さな水溜りを作る。
もうどれだけこうしているだろうか、ひどく長い時間のようにも刹那の瞬きのようにも思えた。

「あ、あ、だめ、奥くるしい…」

弱々しい響きで、けれども声音は明るい。
小刻みに内壁を擦れば締め付けは一層きつく変わる。繋がったままのそこが千切られてしまうのではないかと少し不安になった。
じわりと疼く局部は限界が近いことを教えていた。
ひたりと神宮寺に覆い被さり背に額をくっつけると、僅かだが先ほどよりも深く中へ入ってゆく。
口からは動きに合わせて短い吐息がこぼれる。は、は、と熱に浮かれた呼吸はどちらのものだかすら判別がつかなかった。
攻め立てるような腰遣いを数回繰り返し、いよいよ迎えた限界に抗うことも出来ずどくりと欲を吐き出す。
神宮寺の中、精液でゴムが膨らむ。
それを感じ取ったのか彼は恥ずかしそうな、嬉しそうな、如何とも形容しがたい笑みを浮かべてこちらを振り返った。

「…っはは、聖川、かわいい」
「っ……貶しているのか、早いって」
「どうだろうね」

年上らしい余裕のある瞳が見つめてくる。
途端に居心地が悪くなって腰を引こうとするが、伸ばされた神宮寺の手が、まだだめ、と止めた。

「聖川、まだちょっと硬い」
「あ、……」

繋げたまま器用に体勢が変えられる。
向き合う身体、まじまじと見る性器はなんとも卑猥な色をしていた。
飲み込まれたままのそこに再び熱が宿るのを感じてほんの少し、悔しくなる。
筋肉のついた細い太股を掴んでゆるく揺さぶれば、いよいよ己のそれは元気を取り戻してしまった。だが先ほどより幾分気だるさがある。
ゆっくりと腰を進めていると、神宮寺の腕が伸びてきた。手をとる、引っ張って、と笑う彼の意図に気づけない。
身体を起こした神宮寺の両手が俺の肩を押して、気づけば柔らかなシーツに背を預けていた。

「……なに」
「今度は聖川が、大人しくしていてよ」

鮮やかな夕日色に視界を覆いつくされる。
ちゅ、ちゅ、と啄むようなキスを何度か繰り返して、神宮寺はゆったりと腰を上下させた。
ゴムの中に吐き出した精液がたぷたぷと揺れる、気持ちが悪いようでそれすら刺激へと変わるなんとも不思議な感覚だった。
ぐっと身体を起こした神宮寺を見上げるがその表情は陰になっていてよく見えない。
張り詰めた彼の性器からたらたらと零れる液体で俺の腹はべたべただった。
手を伸ばして指先で輪郭をなぞるとそれは余計に大きくなる。握りこんでやわやわ扱けば、神宮寺の口からは驚くほど甲高い声音が漏れだした。
どんどん荒くなる呼吸に、下半身の熱はいつの間にかぎちぎちと硬く張り詰める。
腰使いに合わせて手を動かす。
あ、あ、と声を漏らす彼の唇がぎゅっと結ばれたかと思うと、直後に握りこんでいた熱が一段と膨らみ白が弾けた。
ぎゅうと締め付ける内壁に息を飲み込む。
まだ俺の手の中でどくどくと零しながら、神宮寺がゆっくりと腰を動かす。大して我慢も出来ずその数秒後に自らも欲を吐き出した。
立て続けの行為に、流石に頭も視界もぼうっと眩む。
開いた手のひらには神宮寺の精液がべたりと付いていて、どうしようか思案していると人差し指をぱくりと咥えられてしまった。
そのまま付け根まで、全ての指を舐められる。やがて手のひらをぺろりと舐め上げられて、くすぐったさに小さく笑みを漏らした。

「なぁ聖川、お腹空いたな」

答えを求めるような神宮寺の言葉に、そういえば早い時間に食べたきりだったことを思い出す。
壁にかけられた時計へ目をやれば中々よい時間になってしまっていた。
再び神宮寺の方を見やれば、暗がりでも分かるほどに満足そうな笑顔を浮かべてこちらを見下ろしている。

「夕食、一緒に取らないか」
「……そうだな」

滅多にないその誘い文句に、たまにはこんな日も悪くはないか、とつられて笑うのだった。



END.









「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -