出発点、終着点。(翔那)


※卒業後・ST☆RISHではなく個別活動設定

※どちらかといえば×というより+






じゃあ、と手を振り別れる。
ぱたんと閉じられた隣室の扉を見つめるようになって、もうどれくらいが経つだろうか。
『別々になるといっても隣同士ですし、寂しくないですね』
数ヶ月前そう言って笑った那月の笑顔すら今は、ひどく懐かしい。

俺も那月も卒業後すぐにデビューが決まった。
始めは二人してそりゃもう喜んだ。この為に学園に通ったんだ、でもここからが本当のスタートだと。
互いを高めあえる存在として切磋琢磨していこう。
交し合った誓いの通り俺たちは精力的に活動の幅を広げ、デビューから幾月も経たぬうちアイドルの仲間入りを果たした。
那月に至っては元々の才能を大きく買われ、音楽家としての仕事も舞い込んでいる。
順風満帆だった。間違いなく俺達は芸能人として、成功していた。
そう、芸能人としては。



「え、じゃあ翔たちもあんまり会えてないの?」

からりと明るい声の主は音也だった。
ず、と手にしたカップをすする彼は学園にいた頃となんら変わりない無邪気そうな顔立ち。
だがあの頃よりは僅かに背が伸び、髪もほんの少しだけ短くなっていた。

「"も"ってなんだよ」
「いやー俺もさ、トキヤと滅多に会えてないから…元々トキヤは人気あるしね、忙しいのは仕方ないんだけど」

テーブルを挟んだ正面、彼の笑顔が僅かに陰りを見せる。
音也と俺はデビュー後もよくこうして会っている。互いに忙しいながらも仕事のサイクルが似ているのか、オフの日がよく被った。
その為会える日はどちらからともなく部屋を訪れ、サッカーに興じることもあればこうして他愛もない世間話をしたりもする。
今日もたまたま彼が夕方まで暇だという事で、自然と俺の部屋で二人顔を突き合わせていた。

「トキヤと最後に会えたの、先月事務所に顔出した時だよ。売れっ子だから中々オフもなさそうだしなぁ」

はぁ、と心底寂しそうな目でカップの中身を見つめる音也。
その姿が自分と被って見え、つい同じようにカップの中身をぼんやり見やった。

「マサ達はどうなんだろうな…」
「あいつらは同室だったからって別に、寂しいとかないんじゃねーの?元々仲悪かったし」
「そうかなぁ、それなりには上手くいってたと思うよ」
「ふーん…」

話半分にうった相槌を、さして音也は気に留めなかった。
僅かに残ったカップの中身をぐいと飲み干し、やがて何かを決心したように彼は口を開く。

「…翔たちってさ、本当仲良かったよね」
「ん?まぁ同室だしあいつあんな性格だしな」
「そうじゃなくて…」

言い難そうに彼は視線を逸らす。
本当は何が言いたいのか、分かってるんだ。それでも俺は気づかないフリをする。
俺の態度に諦めをなしたのか、やがていつもの笑顔に戻って彼は席を立った。

「ごめん、何でもないや。そろそろ部屋戻って台本チェックするよ」
「おう、仕事頑張れよ。またな」

お邪魔しました、と閉められた扉に那月の姿が浮かぶ。
あいつ今頃何してるかな、やっぱり仕事かな。

有名監督の映画に那月が起用されたと知ったのはつい先日のことだった。
事務所に顔を出した際、たまたま那月と鉢合わせた。おう、久しぶり、なんて格好つけて声をかけたが本当は、積もる話も色々あった。
今すぐにだって話がしたかったが、彼は急がしそうで。
スケジュールの確認でもしながら待つか、と応接室で寛ぐ俺の耳に飛び込んできたのは社長の声だった。

『ではMr.四ノ宮、映画の件期待してマース!』
『・・・え?』

ガラスで隔たれた社長室、那月はちらりと俺を見やりどこかばつが悪そうに、微笑んだ。
ああ、置いていかれた。
無意識にそんな事を思った。
『主人公がバイオリニストの男性なので、演奏できる人をって事で声がかかったんです』
共に並んだ帰り道、そう言った那月に俺はどんな返事をしたっけか。ああ、そう、よかったな。そんな空返事だったか。

「…くっそ」

本当はもっと素直に祝ってやりたかった。
スクリーンデビューなんてすげぇじゃんって、笑ってやりたかった。
『…翔たちってさ、本当仲良かったよね』
音也の言葉が頭の中で反響する。
本当はその意味をよく理解していた。あの頃俺たちは間違いなく、仲が良いってのを超える関係にすらなれた筈だった。
その一線をどちらも越えることなく曖昧なまま、卒業してバラバラになって。
知らぬ振りしている内に那月は一人、先を行く。
あの頃何かを言っていれば変わっていたのかもしれない、けれどもその時の自分にはすっかり余裕なんてなかったのだ。
こんなだから置いていかれちまうのかな。
ごろりと寝転がったソファは一人分なのに広くて、少し寂しかった。




「・・・ん」

カチカチと秒針を刻む音がする。
あーそっか、ソファに転がったまま寝ちまったのか。
眠い目を擦り、もぞり起き上がろうとして手をついたそれはやわらかくて温かだった。

「…ん?」
「おはよーございます翔ちゃん」
「おう、おはよ……はぁ!?」

思わず勢いをつけて起き上がると、ふわふわの蜂蜜色が吃驚したように揺れた。
おいなんでここに那月が居て、俺は膝枕なんてされてんだよ。
突然のことに言葉を失った口がぱくぱく開いたり閉じたり。心なしか鼓動も今までにないほど激しく脈打っていた。

「な、なんで…」
「鍵が開いてたので」
「いやそうじゃなくて…お前、忙しいだろ?」

向き合うように座りなおすと、二人分の重みで僅かにソファが軋んだ。
真っ直ぐに見つめた那月は少し大人びた印象で、久々にちゃんと顔を合わせたんだな、とぼんやり思う。
それでも那月の笑顔は変わらず、昔のように柔らかだった。
へへ、と彼がはにかむ。

「どうしても翔ちゃんの顔が見たかったんです…久し振りだけど、変わってなくてよかった」
「なっ…バカお前よく見ろ!俺ひと月前より背ェ伸びたんだぞ!」
「え、ほんとですか?」
「おう、三センチな」

それじゃ分からないよ、笑う那月がずいと体を寄せる。
驚くほどの至近距離で微笑む彼の、その笑顔に俺は見覚えがあった。
かつて見ぬ振りをしたあの時だって那月はこんな笑顔を俺に向けていた。
微笑んでいた那月の瞳がふと真剣な色を見せる。だめだ、反射的に視線をそらした。

「…なんで目、見てくれないんですか」
「なんでって…」
「翔ちゃん、僕、まだダメですか?」

瞳を潤ませて、縋るように問う那月はなんだか今にも泣き出しそうだった。

「昔は僕一人じゃ何もできなくて、翔ちゃんやさっちゃんに迷惑かけてばかりで…
 でも、頑張ろうって思ったんです。頑張ってお仕事して、一人前になったら翔ちゃんに、絶対言おうって決めてた」

那月の右手がぎゅっと、俺の左手を包む。
大きくて暖かい手のひらは少しだけ震えていた。

「好きです。あの頃だって今だって、これからもずっと翔ちゃんが大好きです」



知らぬ振りしていたんだ。
きっとこれは互いのためにならないって。そう思って自分の気持ちにも那月の気持ちにも、蓋をして。
誤魔化そうと、突き放そうとした俺。
それでも那月は諦めてなかった。
俺の気持ちが変わってしまうことすら疑うことなく、自分の気持ちを信じ続けた。
そうしてあの頃俺が、閉じ込めた言葉を。

「…お前、ずるい」
「えっ…あ、あの」
「これじゃ俺、いくじなしじゃねーか」

那月の右手に己の右手を重ねる。
俺は体が小さいから当然手だって小さくて、包み込んでやることなんてちっとも出来ない。
きっとこれからも変わらない。
それを情けなく思っていたのが今までで、覆してやろうと思うのがこれからだった。
ちらと見上げた那月の瞳は、心なしか昔より低い位置にあるように感じる。
ああそっか、やっぱ俺背が伸びたんだな。今になってそんな事を実感して少しだけ嬉しくなった。

「俺さ、お前に映画の仕事が決まったって聞かされた時、置いていかれたと思った。情けないけど負けたって思った」

那月を守ってくれていた砂月が消えて、悲しい筈なのに彼は必死で戦ってきた。
声がかかった、なんて那月は言っていたけれど。
間違いなくその栄光は彼がその手で勝ち取ったものだ。

「那月」
「…はい」
「悪いけど俺、大物になるから。お前の映画出演なんて吹っ飛んじまうくらいの仕事バンバンこなしてやる」

こつん、と触れ合わせた額に熱がこもる。
じわりじわりと侵食していくようで心地がよい。
確信する、きっともう閉じられた扉の向こうに思いを馳せることはないのだと。
寂しくないと微笑んだ那月の笑顔を、今度は俺が信じ続ける番だった。

「そしたらさ俺、那月に聞いてほしい言葉があるんだ」



はい、
小さく頷く那月の、ふわりとしたその笑顔がなんだかひどく懐かしい。
かつて突き放したその思いを。
今度こそ真っ直ぐ、受け止めてやるんだ。
重ねた手のひらで強く強く彼の手を握りしめた。

超えられなかった一線もきっと、越えてみせるよ。



END.









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