背伸びだらけの君(龍レン)




どうしてこういう関係になったのかは覚えていない。
無責任な、と叱咤されるかもしれない。互いの立場を考えれば特に。
けれどもどうして、本当に決定打というものがなかったのだ。こればかりは仕方ない。
いつの間にか始まった関係をずるずる続けてきて、自然と今日がいわゆるその日だった。

「ふぅん、思ってたより広いし綺麗だね」

部屋に入るなり神宮寺は、物珍しそうに部屋中をきょろきょろと見渡す。
もっと淡白な奴かと思っていたが案外子供らしいというか、何というか。興味を持たれるのは悪い気はしない。
滅多に使われることのない客人用のスリッパをぱたぱたと音立てながら、遠慮もなく隅々まで見て回るレンに思わず苦笑した。

「何だ、そんなに珍しいか」
「まぁね、今までリューヤさん一度も部屋に入れてくれなかったし」

教師と生徒という手前、なるべく怪しまれるような行動は控えてきた。
コンタクトは教室内であくまでも担任教師と生徒とのやりとり、会うのだって人目につかない場所を選んで。
けれど手を出すことは無かった。
何度もレンから誘いを受けてはいたが、立場上そこだけは譲れない一線で。
せめてお前が俺の生徒ではなくなるまでは、しない。戯れのキスにいつだって彼は物欲しそうな目をしていた。
今日まで半年間、よく続いたと思う。
自分だってまだ若いつもりでいるが、レンはそれ以上に若い。下品な話ではあるが性欲だって、俺とは比べ物にならないだろう。
一度それとなく溜まってないか、といった趣旨の話をしたことはあるがその時彼は「他で済ませてる」と笑っていた。
まぁ、薄々分かってはいたのでショックはない。自分だって大人だ、それなりに割り切った考えも出来る。
それでも多少なり嫉妬のような感情もあって。
だから今日、事務所預かりとなった彼を生徒ではなく一人の青年として部屋へ迎えるのを案外心待ちにしていた。

「お前も一人部屋だろ、荷物は移動したのか」
「明日残りを運んだらそれで完了かな。やっとあのうるさい小言ともおさらばだ、清々するよ」

その言葉に、彼と同じく今日から預かりの身となった同室の元生徒を思い出す。
折が合わない、気に食わないと散々愚痴を聞かされてきたが、それなりに彼らの関係は良好だった。
その証拠に清々すると口に出したレンはどこか寂しそうな笑顔で、言いようのない嫉妬心を抱く。
もしかしたら二人、そういう関係があったのかもしれない。下手な勘繰りなどよくないとは分かっていてもつい巡る思考。

「ところでリューヤさん、喉が渇いたな」
「ああすまない、コーヒーでも淹れるか。適当に座っててくれ」

踵を返しキッチンへ向かう。ケトルに水を注ぎ火にかければ、少々使い古した底の焼けるからからとした音が鳴った。
食器棚から取り出したマグカップは形も柄もちぐはぐで、これからは揃いの物を集めだしてもいいかな、とつい頬がにやける。
よく飲むメーカーの粉末ビンを手に取ったところで、はたと気づく。
もしかして粉コーヒーとか、嫌うんじゃないか。ああいう育ちだし、プライド高いし。
豆から淹れるべきか、と悩みながら居間の彼へ視線を向ける。
ベッドを背もたれに床へぺたりと腰を下ろし、雑誌を読むレンの姿はどこか新鮮だった。
なんだ、椅子じゃないと座らないとかこだわりがあるかと思ってたのに。それが何だかおかしくてつい小さく笑みがこぼれた。

「ん、リューヤさん何か言った?」
「いや、何でもない…ミルク入れるか?」
「少しだけね、シュガーは要らないかな」

やがて沸騰した熱湯を、粉末の入ったマグカップへとくとくと注ぐ。
ミルクを垂らしゆったりと混ぜ合わせれば、細い糸のように伸びたミルクがじわりじわりとコーヒーに同化していった。
湯気立つカップをコトリと、テーブルに置く。
レンは雑誌に目を落としたまま手だけをテーブルへ伸ばし、マグカップを口元へもってゆく。
すん、とわずかに薫りを嗅いでカップをあおり…吃驚したように肩をひくつかせ、カップを離した。

「…熱かったんだろ」

レンの隣に腰を下ろし、横目で眺めながら湯気立つカップに息を吹きかけ一口呷る。
少々涙目になった彼は下唇を噛み締めながら、うらめしそうな目でこちらを見やった。

「言っとくが俺の所為じゃないぞ」
「分かってるよ…」

今まで学園での彼しか知らなかった分、こういうおっちょこちょいな一面を見るのはとても楽しかった。
本人に言えばきっと、いや確実に怒るだろうけれど。
指摘された途端、不機嫌そうな表情を浮かべてカップにふーふーと冷気を吹きかけるレンはおよそ初めて見る彼だ。
関係を結んで半年、出会ってからは一年経つ。
今まで知らなかったこんな姿を、知ることが出来て嬉しい反面どこかもどかしくもあった。
もしかしたら同室だったあの青年は、もっと早くにこんな姿を知っていたのか。
彼だけじゃなく他にも、沢山そんな相手が居るかもしれない。嫉妬なんてするタチじゃないと思っていたが、こればかりは仕方なかった。
ず、とまだ熱いコーヒーをすする。
隣の彼はおそるおそるカップへ口をつけて、ちびちびと飲んでは表情を歪ませていた。

「火傷、痛むか」
「まぁそれなりにはね」
「見せてみろ」
「……は?」

コトリとカップを置きその手をレンへ伸ばす。つ、と指先で顎を撫でこちらへと向けた。
きょとんとした彼へ顔を近づける。
なに、と開かれた唇はわずかに赤い。腫れたその部分へ舌を這わせた。

「ちょ…っ!?」

逃げるように身を引こうとし、けれどもカップの中身を零すまいと動揺するレン。
わたわたと宙を浮くそれがきちんとテーブルへ置かれたのを確認して、包み込むように深く口付けた。
唇を、上顎を、内頬を、歯肉を、舌を。ありとあらゆる部分を舐めれば、次第と彼も答えるように舌を絡める。
けれども気のせいか、どこかぎこちない。
今までしてきたキスは全て戯れの範疇で、ここまで深く淫らにまるで互いを捕食するような口付けは初めてだった。
初めて部屋で二人きりだからだろうか。他の人間とも寝たと自ら言うレンが、今更緊張するとは思えないが。
気になりつつも衝動を抑える事は出来ず、やがて彼が酸素を求めるように唇を離すまで容赦なく貪り続けた。

「ン…っは、リューヤさん…」
「悪い、苦しかったか」
「いや…大丈夫だよ」

くたりとベッドに背を預け、赤らんだ頬でレンは小さく笑う。
やはりどこか、彼の様子には気になるものがあった。それが何なのか答えを思案しようとするが、伸ばされた腕に思考を邪魔される。
求めるように引き寄せる腕が、きゅっと首元に絡む。下半身を密着させるように馬乗りになって彼を見下ろした。
特徴のある垂れた目尻をより下げて、それでもいつものように勝気な笑みを浮かべるレン。
今までは見たくても見ることのなかった、色気のある表情。
誘う視線に挑発されるように、再び彼の唇に食らいついた。

「んぅ…っふ、う…」

鼻にかかる吐息。
彼がいつも囲っていた女生徒たちも、こんな声を聞いたのだろうか。扇情的で艶めいた、こんな声を。
一体どれくらいの人間にこの唇を、この肌を、許したんだお前は。そんな事聞けるはずもない。
割り切っていたつもりでも沸々と湧き上がる嫉妬心は誤魔化しきれなかった。
彼の襟元をまさぐり、手荒に前をはだけさせる。
唇から顎、首筋、肩へ。次々ときつく吸い付けば痛々しいほどの鬱血がいくつも残った。
肉のない、骨と皮だけの鎖骨に歯を立てる。流石に痛いのか、小さく息を吐いてレンは俺を睨みつけた。
それなりに優しくしてやるつもりだったのに。
先ほどから己の行為は、どこか荒々しいものに変わっていた。

「…や、リューヤさん…」

いつの間にかレンの両手は俺の肩を掴んでいた。
ぐ、と押すように力が込められる。拒絶か、どうしてそんな事をする。
いつだって物欲しそうな目をしていた。他の奴等にだって同じようにさせたんじゃないのか。
ちっとも大人などではなかった。自分では割り切っていたつもりでも、どうしようもない程に嫉妬の塊を抱えていた。
自分だって十分に性欲が溜まっていたのだ。誤魔化してきたその事実が彼を前に浮き彫りになる。

「嫌って、なんだ。今更純情ぶってるのか」

我ながら酷い発言だと思う。それでも止めることは出来ない。
己と比べてはるかに華奢な肉体を、力任せに床へと押し倒す。さらけ出された薄い胸元にきつく歯を立てた。
瞬間、押し退けるように頭を掴まれるがお構いなしに舌を這わす。
引き締まった腹筋を舐めれば、ひくりと身が震える。
えらく感度がいいんだな、茶化してやろうと顔を上げ彼を見やれば――その瞳からは、大粒の涙が零れていた。

「なっ…」
「っクソ、見るな…見ないでくれ…」

隠すように両腕で顔を覆った彼は、堪えるように嗚咽を漏らす。
予想外の、神宮寺レンらしかぬ反応に思わず言葉を失った。
えぐえぐと泣き続ける彼をさてどうしたものかと見つめ、おずおずと手を差し出す。
一瞬びくりと身構え、それでも縋り付くように手を伸ばしてきたレンをぎゅっと抱き起こしてやった。
えーと、明らかに、俺が悪いんだよな。
どこか腑に落ちない…というよりは喉に小骨がつっかえてるような、そんな違和感。
背をぽんぽんと叩きながらまるで赤子をあやすように抱きしめていると、やがて落ち着いてきたのか嗚咽は小さいものに変わった。

「…悪い、泣かした。そういうつもりは無かったんだが」
「いや……格好悪いとこ、見られた」

ず、と鼻をすする彼がまるで子供のように、胸元に擦り寄る。
甘えているのか単に顔を見られたくないのか、おそらく後者だろうと思案したところでふと、気付く。
ああそうか、こいつ。



「神宮寺、お前って結構プライド高いな」
「…何、急に」
「強がるな、嘘もつくな。俺の前でくらい子供らしく居ろ」
「……!」

はっと顔を上げた彼は、まるで今にも泣き出しそうなほど赤い顔で俺をまっすぐ見つめる。
今まで知っていた神宮寺レンには似合わない表情で、けれども今まで見てきた神宮寺レンのどんな表情よりも彼らしく思えた。

騙されていたのだ、自分は。
彼が、周りが作り上げた虚像の姿を見てそれが彼の真実だと思い込んでいた。
余裕ぶった可愛げのない性に無節操な人間だと、決め付けていた。
それが真実を覆い隠すための、大人に見られたい子供の背伸びだとも気付かずに。

「どうして他で済ませてるなんて嘘ついた」
「…嘘じゃないよ、キスならいくらだってしたさ」
「キスだけで満足出来るなんて、お子様だな」

からかう様に笑う。怒られるかと思ったが意外にも、レンは穏やかに笑い返した。
そうして長い腕を再び首元に絡め、今度は彼が俺へと馬乗りする。
普段は少々低い位置にある瞳がふたつ、見下ろす。
その目はまだ泣きそうに歪んでいて、それでも勝気そうに眉を吊り上げて。
微笑む彼の唇が俺の耳元へと寄せられた。

「ハジメテはリューヤさんに取っておいたんだ」

囁くような甘い声音。
情欲を掻き立てるその声に思わずどきりとする。
当の本人はそれを知ってか知らずか、再び俺の瞳を見つめて微笑んだ。
その目にはもう、涙の跡はない。
子供だと思った途端にこれだ。やられたな、大人はいつだって子供の持つ二面性に翻弄されるばかりだ。
首筋に残る鬱血の痕を撫でる。指先のくすぐったさに彼はほんの少し身を捩った。

「…ひどくして、悪かったな」
「構わないよ、そうさせたのは俺だからね…だから今度は優しくしてよ」

俺、純情だからね。
そう言って自らおかしそうに笑う唇へ、やわらかく口付けた。



END.









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