Caligula(翔那)


※変態注意





四ノ宮那月という男はひどくアンバランスな人間だった。

「あぅ…しょお、翔ちゃんっ…!」

テレビモニタを挟んだ向こう側、暗やみの中聞こえる声に翔は気付かない振りをしていた。
普段から嫌というほど名を呼ぶ彼とは、似ても似つかぬ色欲の声音。
隠されることなくまっすぐ向けられた欲情の念に、翔はおぞましささえ感じていた。
違う、こんなの違う。
潜り込んだ布団の中、縋るようにひたすら同じ言葉ばかりを思い浮べる。こんなの違う、こんな那月は俺の知ってる那月じゃない。

「ひっ…あ、あぁ…」

今にも泣きだしそうに震える声、ひっきりなしにぐちゅぐちゅと立てられる水音。
衣擦れの音は激しく、彼の行為のおぞましさを物語っていた。
聞きたくない、知りたくない。けれどどんなに深く布団を被っても、彼の息遣いをすぐ間近で感じるほどだった。



初めの違和感は、梅雨の頃だった。
那月がいつものように俺にじゃれついて、身長差のせいですっぽりと彼の両腕へ収まってしまうのが癪に触った。
ふざけんな、文句の一つでも言ってやろうと振り向いたならば。
…彼は目を瞑って、俺の匂いをひたすら嗅いでいた。
翔ちゃんは見た目も匂いも可愛いです、とか訳わからん事を呟かれた気がする。普段からそんな調子の那月だから、俺もさして気に留めていなかったのだ。
それから間もなくして再びの違和感を覚える出来事。
音也とサッカーに興じた真夏日、着ていた汗まみれのシャツを洗濯機へ放りこみ俺は外出した。
そして帰宅すると何故かシャツは、水洗いでもされたようにびしょ濡れで洗濯機のなかへ入っていた。
ずっと部屋にいた那月はふんふんと鼻歌を口ずさみ掃除をしていた。
換気された部屋の空気はわざとらしいまでに、冷たかったのを覚えてる。

それから何度、おかしなことがあっただろう。
もしかしたらいくつもの見落としがあったかもしれないし、わざと見ぬ振りをしていたかもしれない。
那月はちょっと変わった奴だから、と思いながら今日まで過ごしてきた。
だが俺のなかの那月はつい先程、砕け散ってしまったのだ。
ぽやぽやと何も知らなさそうな顔して、その実態はえげつなく歪んでいる。

「翔ちゃん、はぁ…きもち、いいよぉ…!」

テレビモニタの向こう、ベッドの上の那月の姿は見えない。
見たくなかった。俺は那月のことが好きだし、俺の知っている那月は子供みたいに無邪気な笑顔の似合うやつだった。
決してあんな、いやらしく淫らな声音が似合う奴じゃない。
必死で否定する心。
しかし裏腹に、怖いもの見たさをも生み出す心。
那月が何をしているかなんて想像にかたくない、それを敢えて、しかと目に焼き付けてみたくもなった。
駄目だ、嫌だ、怖い、でも。

ゆっくりと、何一つ物音を立てぬよう起き上がる。気付かれてしまわぬように、じりじりとモニタの影に近付き身を潜めた。
心臓があらぬ早さで脈打つ。ほんの少し、モニタの陰からほんの少し覗けば那月の姿が見える。見えてしまう。
駄目だ、嫌だ、怖い、でも。同じ思いばかりがぐるぐる頭を巡る。それはほんの一瞬にすぎない筈が、恐ろしく長い時間のようにも思えた。

「あっ…しょおちゃあん!」

俺を呼ぶ那月の声。
誘われるようにそっと、覗き込んだその向こう側。

「…あ、ぁ……っ!」

声にならなかった。
思えば片鱗などいくらでもあったのだ。
(その時ちゃんと気付いていれば。止めていれば。)
――パンドラの箱は、決して開けてはいけないのだ。




翌朝、折角の休日だからと那月は早くに出かけていった。
そう、何食わぬ顔で。
俺は普段通りの調子で彼を見送った。
そう、素知らぬ顔で。
ぱたん、扉が閉まったと同時に俺の作り笑顔は消え去る。そして一目散に脱衣所のドアを開けた。
不自然に蓋のされた洗濯機を覗き込む、中には俺の下着が入っていた。まだ洗濯もしていないのに、不自然に濡れた下着が、だ。
脳裏に、昨夜の那月の姿がフラッシュバックする。
ベッドの上、裸でうつ伏せに横たわった彼の右手に握られていたもの。自身の性器を包み、擦っていたのは間違いなく俺の下着だった。
それどころか彼の左手の伸ばされた、その先は。
(…とんだ変態だな)
性欲とは無縁そうな顔して。
純粋で純情で穢れも知らなそうな顔してその実あいつは。

「ごめん翔ちゃん、忘れ物しましたー」

不意にがちゃりと扉が開かれる。
のほほんと、無邪気な表情で那月が俺を見た。曇りのない綺麗な瞳、お前の本性はそんなんじゃないくせに。
目の前を通り過ぎようとする彼の腕を掴む。瞬間、那月を思い切り突き飛ばした。
体勢を崩した彼は、大仰な尻餅をついて床に転がる。何かを訴えかけようと開かれた口に、思い切り布を突っ込んだ。

「んぐ…!」

休日だというのにきっちり制服を着込んだ那月、その首に巻かれたネクタイを解く。
何事かと暴れようともがく両手をそのネクタイで縛り上げた。なんてザマだ、思わずせせら笑う。

「よかったな、大好きな俺の下着の味はどうだよ」
「っ…!?」
「もっとも昨日那月が自分の精子ぶっかけたから、味わいたくても分かんねーか」

仁王立ちした俺を那月が睨み上げる。
およそ初めて見る表情で、羞恥と驚愕と怒りと悲しみ、様々な感情が渦巻いているようだった。
おもむろにズボンのチャックを下ろし下着を弄る。
そうして取り出した己の性器を、那月の目の前へつきつけた。

「舐めろよ、本当はこうしたかったんだろ」

那月の口へと詰め込んだ下着を、引っ張る。
どろどろに涎まみれとなったそれをびちゃりと吐き出した唇に、ぐいと性器を押し付けた。
今にも泣き出しそうな瞳で俺を見あげた那月は、やがて決心したようにそれへと舌を這わせる。
がちがちに勃起した、それへ。

那月の性癖を知ってしまったあの時。
俺は、己の隠された性癖をも知ってしまった。
(パンドラの箱を開けてしまったのは果たして、どっちだったのだろうか。)

じゅぷりと音を立てながら、淫らにしゃぶりつく那月。
その姿を満足げに見下ろしながら俺は、下着に染み込んだ那月の唾液を舐めた。



END.









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