マイペース・ラブ(翔那)




「おチビちゃんはシノミーと、どこまでいってるんだい?」

ある日の昼休み。
まるで「次の授業なんだっけ?」レベルの軽さで神宮寺レンが呟いた。
その内容のとんでもなさに俺は思わず口をあんぐり開けたまま、固まる。

「…少々ぶしつけな質問だったのでは」
「でもイッチーだって気になってたんじゃないの?」
「別にそんな事は…」
「お前らアホか!こんな所でなんつーことを…!」

思わずばしん、と机を叩く。
しまった、と辺りを見回すが幸い今は忙しい昼の食堂。俺たちの会話はもちろん大きな物音にすら特に気を向ける生徒達は居なかった。
ほっと息をつく。
と同時にテーブルの向かい側へ座る二人へ近づくように身を乗り出した。

「…っていうか、なんだよ二人して」
「そのままの意味さ、おチビちゃん達少しは進展したのかなーって」
「そっ…それは……」

もごもごと口籠もる。
俺のその様子に、二人は顔を見合わせやれやれとため息をついた。

そもそもこいつらが何故こんな話を切り出したか、それは数週間前に遡る。
かねてより那月に思いを寄せていた俺は、しかして掴み所のないあいつにどう思いを伝えるべきか悩んでいた。
別にこのまま、幼なじみという関係を維持したってよかった。
けれども思春期の悩める男というのはそうもいかない。一度意識し出したら最後、日を追うごとに悶々とした気持ちを抱えていた。
そんな時相談に乗ってくれたのが、レンとトキヤ。
男同士という俺の悩みに(非常に意外だが)親身にアドバイスをしてくれたり、那月をうまくその気にさせてくれたり。
お陰で俺は那月に思いを伝えることに成功した。
のみならず、那月も俺に思いを寄せていた。つまり両思い。恋人同士。ハッピーエンド。

…と、なって数週間。
お互い思いを伝えただけで。

「キスすらしてない!?」
「わーバカ声がでかいって!」

俺と那月の現状に、今度は二人がぽかんと口を開いた。
やっぱりおかしいよな、こんなの。
呟くとトキヤが神妙な面持ちで、じり、とこちらに身を乗り出した。

「…いや、まあ、彼はこういう事に疎そうではありますが。それにしてもこう…甘い空気とか、無いんですか」
「うーん…」

那月と思いを伝え合ってからの数週間を思い出す。
事あるごとに那月は俺を可愛いと言い、俺はそれを嫌がりながらも享受した。
休みの日は今まで以上に一緒に過ごし、時々どちらかのベッドでくっついて眠る。
おやすみなさいと微笑む那月の手を握ることはあっても、それ以上のことはない。

「そこまでしておいて何も無いとは」
「し、仕方ねーだろ!あっちはあんな調子だし…」

けれど本当に、それでいいのだろうか。
俺は思春期の男だし、那月だってそれは同じだ。多分口には出さずとも考えることは一緒のはず。
だからって、何をどうこうする程の勇気が今の俺には…。

「おチビちゃんは難しく考えすぎてるんじゃないかな」
「…どういう意味だよ」
「言葉の通りさ、もっと思いの通り素直にいけばいい」

それが出来るなら始めからしてるっつうの。
とはいえ確かにレンのいう通り、ガチガチに捉えてしまっているのも事実で。
…素直に、か。
言われた言葉を、頭の中で反芻する。ちょっと奥手になっていた部分もある、だから一度くらいは強気になるのもいいんじゃないのか。



なんて、思ってはみてもいざとなると行動できない訳で。

「何やってんだ俺ええええ!」
「どうしたの翔ちゃん?電気消すよ?」
「お、おう」

結局いつものようにじゃれ合いながら同じベッドに潜り込んで。
並んで、横になって。
電気を消して、那月が俺の手をぎゅっと握って。笑って。
…あとはもうお決まりの、すやすや寝入るパターン。何度目だよ、決意したんじゃないのかよ俺。

「あ、の、那月」
「はい?」

フリルのまくらに顔をうずめて今にも眠り出しそうな彼を、呼び止める。
体ごと俺の方へと向き直った那月は、眼鏡の奥で眠たそうに目をしぱしぱと瞬かせた。
暗闇のなか、カーテンの隙間から薄く差し込む月明かり。ぼんやりと互いの顔を映し出す程度のそれが今の俺には有り難かった。
ただ今まで通り、ごく普通に振る舞えばいいだけなのに。
近くで顔を見合わせれば途端に意識してしまう。俺、なにを言うつもりで那月を呼び止めたんだろう。

「…翔ちゃん?」

不思議そうにこちらを見つめる那月。
ああもう、そんな無防備な顔すんなよ。動揺してしまって結局今日も、何も出来ずに終わる。

「な…んでもない、悪い、起こして」
「…そうですか」

不貞腐れるように那月に背を向け、布団を被った。
思いの通り素直になんていける訳無い、意識するのは当然だし色々考えてしまうのだって仕方ないのだ。
はぁ、人知れずため息が漏れた。
きっと明日はレン達にからかわれるだろう、腹が立って余計に気が滅入る。
その時、もぞりと背後で那月が身を起こす気配がした。
なに、顔を上げ振り返ろうとした俺の目と鼻の先。ふわふわ触り心地のよい金のくせ毛が、額をさらりと撫でた。

ちゅ、
控えめなリップ音。
俺の鼻先に触れた那月の唇は、とても柔らかくて、あったかかった。

「…えへへ、おやすみなさい翔ちゃん」

へらりと頬を弛ませて笑った那月は、何事もなかったように再び俺の隣に潜り込む。
その内すやすやと規則正しい寝息が聞こえてきたが、俺はといえばもう眠るどころではなくて。
(那月が俺にキスした…!)
唇ではなかったけれども。まるで何でもない事のように、いとも簡単に。
それが悔しいような恥ずかしいような、けれども嬉しいような。
想いを伝え合ってから一度もこんな事は無かった。
もしかして那月にとっての"好き"の感情はもっと別の、それこそ友情や兄弟に対するみたいなものなんじゃないかって疑う事もあった。
けど。

もぞり、起き上がる。
気持ち良さそうに瞳を閉じて眠る那月の頬を撫でた。当たり前だけど、温かい、なんて改めて思う。
起こしてしまわぬよう、そっと顔を近付ける。

「……っ」

意を決して唇を押しあてたのは、那月の頬。
触れるだけのそれはとても短かったが、キスには違いない。これでも勇気を振り絞ったのだ。
それに今までキスすら出来なかった、そんな俺たちにはこれ位が丁度いい。
(明日はちゃんと、起きてるときにキスしよう)
だから今日はこのくらいで、許してよ。
俺より遥かに大きなその背中をぎゅっと抱き締め、眠りに就いた。



END.









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