隠せない(マサレン)




「神宮寺、ネクタイを締めろ」

聖川は毎朝俺に説教をする。
普段から何かと小言ばかり言う彼は、世話焼きのおせっかいというポジションを俺の中で獲得していた。
だから今日もいつものように彼は、俺の襟元を正しネクタイを結ぶ。
どうせ数分後には窮屈だからと彼の親切は無に帰すのだが、俺も特に止めたりはしなかった。

「全く、同じ事を何度言われれば学ぶのだお前は」
「さぁ、何度でしょう」

聖川の冷たい指先が襟元をくすぐる。
ネクタイを通しやすいように、ぐるりと襟を立てる様なぞられたところで…ふと、指の動きが止まった。
彼の視線は首筋、鎖骨の辺りに釘付けになる。
俺はにやにやと趣味の悪い笑みを浮かべた。

「なに、虫刺されにでも見える?」
「…わざわざ見せ付けるとは、よほど大事な"痕"のようだな」
「レディ達はああ見えて中々情熱的だからね」

いかにも思い入れのあるような素振りで、真っ赤な鬱血をなぞる。
聖川はずっと、俺のそこから視線を離せずに居た。

「…聖川、ネクタイ。結ぶんじゃなかったのか」

首元から指を離す。
どうぞ、と言わんばかりに彼の目を見れば、何か言いたそうな重い目つきでこちらを見やった。
そうして彼の冷たい指先が再び、襟元を撫ぜる。
丁寧に留められたボタン、きちりと通されたネクタイ。
柔らかな締め付けは、まるで彼が俺を責めているようで嫌いだった。

「どうも、ありがとう」

心にもない感謝に、聖川は眉をひそめ不快さを露にする。
だがそれも一瞬の事で、さっさと鞄を手にし扉の前へと移動した。
面白くないやつ。声には出さず心の中だけで彼に毒づく。
ジャケットを羽織り鞄を肩にかけた。
がちゃり、ドアノブが捻られる。

「…神宮寺」

ふと聖川が声をかける。
一度開いた扉を閉め、聖川はずいと俺の目の前へ歩み寄る。
なに、思わず一歩後ずさろうとするが、彼に腕を掴まれ叶わなかった。

「…お前、まさかとは思うが自分じゃネクタイを締められないなんて事、ないよな?」
「当たり前だ、そのくらいは出来るよ」
「…そうか」

満足したように笑う聖川は、ぐっと、俺のネクタイを引く。
丁寧に留めたボタンをぷちりと外される。さらり、色艶のよい黒髪が頬を撫でた。

「…っ」

露になった首筋に、柔らかな熱。
その直後にちくりとした痛みが走る。
どうして、上げようとした声はしかして震えて声にならない。
ちゅ、とわざと音をたてるようにして、彼の唇が首筋から離された。
真っ直ぐ見据える視線。それは俺の知っている聖川のようで、俺の知らない聖川のようでもあった。
つ、と冷たい指先が今しがた付けられたばかりの痕を撫でる。

「隠したければ、自分で結ぶんだな」

薄い唇が弧を描く。
瞬間、その唇が自らに触れたのだと意識し、ぞくりと身が震えた。
聖川は何事も無かったように踵を返し、部屋を出る。
…あんなやつ、世話焼きでもおせっかいでもない。彼が毎朝続けてきた"親切"は、たった今この瞬間小さな悪意へと変わった。
緩められたネクタイを引く。
思い出されるのは彼の指が撫でる感覚、締め付けはまるで口付けのよう。意識するなという方が無理だった。

「…結べる訳、ないだろ」

ぎりりと奥歯を噛む。
赤くなった頬を誰かに見られたくはなくて、それ以上に赤く鬱血した首筋の痕をどうにかしなくてはいけなくて。
悶々と悩んだ末、彼がしてくれたのと同じようにシャツのボタンを留めネクタイを結んだ。
それでも真っ赤な顔だけは隠すことが出来なくて。
一日中、悶々と悩み続けるはめになるのだった。



END.









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