なんてことはない朝のおはなし(翔那)




冬というものはどうしたって布団が恋しくて仕方ない。
ふかふかの毛布に包まってあと5分あと1分、と気づけば目が覚めるまでにかなりの時間を要してしまうなんてざらだ。
それが許されない生活サイクルでありながら、欲望に勝てずぐだりぐだりと毎朝貴重な時間を浪費してしまうのが今まさに目の前で眠る四ノ宮那月。

「おい起きろよー、マジで遅刻すんぞ」
「んー……しょおちゃんがつれてってくれるからへーきです」
「担いでいけってか!目ぇ覚ませ顔洗え!」
「うー……」

でかい図体をのそりと起こし、覚束ない足取りで洗面所へ向かう那月。
そんな彼の背中を見送りながらため息を一つ吐いて、来栖翔は冷蔵庫の中身を眺めた。
昨日買ったばかりの卵とベーコンが1パック、レタスは生憎切らしているため栄養素は野菜ジュースに任せる。

「那月ー、卵とベーコン別にするかー?」
「一緒で平気ですー」

顔を洗っている最中だろうか、パシャパシャと水の跳ねる音に混じって彼の声が聞こえた。
翔は取り出したフライパンを温め、重ならないよう敷き詰めたベーコンの上に手馴れた様子でさっと卵を割りいれた。
鮮やかな黄色がふたつ並んで、周りを囲む色はみるみる透明から白へと変わっていく。

元々朝に弱い那月の世話をあれこれ焼くこと半年以上、朝食の支度をするのはすっかり翔の役割となっていた。
最初こそ年上の男にどうしてここまでしてやらねばならんのだと思っていたものの、今ではまるで兄のように彼の世話を焼いている。
もっとも一から十まで全てをやってやる義理などどこにもないのだが、どうしても放っておけなくつい過保護になってしまう。

「ったく、明日はもうちょっと早く起きろよな」

こんがり焼けたトーストにバターを塗っていると、先ほどよりは多少すっきりとしたらしい那月が大きな背中を丸めてちょこんと椅子に腰掛けた。
目の前の皿にパンを置けば彼はほわりと笑顔を浮かべる。

「いい香りです、翔ちゃん焼き加減が上手くなったね」
「誰かさんのお陰で嫌でも上達するんだよ」

蓋をしたフライパンからしゅうしゅうと音がする、蒸された卵はほんのりと黄身が硬くなる程度で火を止めた。
フライ返しでくっついた白身を半分に切る。
目玉焼きは一つずつだがベーコンは切り分けるその時の加減で何枚になるかいつもバラバラだ。
今日は5枚敷いたうちの2枚が那月、3枚を翔がもらう形となった。働かざるもの食うべからず、多くもらうのは当然の権利だ。
那月がグラスに野菜ジュースを注ぐ。
鮮やかなオレンジの液体が食卓を彩ったところでようやく二人の食卓は幕を開けるのだ。

「じゃ、いただきます」
「いただきまぁす」

バターの染み込んだトーストを一口かじった翔は、毎朝食べ続けている割には一向に飽きの来ないその味に満足そうな笑みを浮かべる。
最初の頃こそ日本人だからと白米を食べたりもしたものだが、結局パン食が一番手っ取り早いと気づいて以来こればかりだった。
那月の起床があともう少しでも早ければ凝った料理も作ることは出来るだろうが、果たしてそこまで毎朝頑張る必要など見当たらないので早々に翔は諦めていた。

「ん、今日はとても綺麗な半熟具合ですね」

目玉焼きにフォークをつんと刺しながら、那月がうっとり皿の中を見つめる。
いつもこうだ、語彙が貧弱ながらも彼はは毎朝のように何かしら翔の料理を褒め称える。
本人は素で言ってのけるのだが、この半年以上ずっとその調子なもんだから翔としてはそれこそ顔を洗ったり着替えたりするのと同様に毎朝のサイクルのひとつとして捉えていた。
当然、褒められるぶん嬉しくはあるのだが。
一々ありがとうなんて返す気にもなれず、その分もっと親切にしてやればいい、と結局のところ自ら進んで那月を甘やかしているのだった。

「あ、そういやお前放課後は何かあんの?」
「特にないよ、しいて挙げるなら課題を進める程度かなぁ」

もぐもぐと目玉焼きを咀嚼する那月に続いて翔もぱくりと半熟の目玉焼きを口へと招き入れた。
薄い膜がぷちりと破けて、中からはとろとろの黄身が溢れる。
ゆったりと噛み砕いてごくんと満足げに飲み込んでから翔は再び口を開いた。

「俺さ、今日はちょっと遅くなるから帰りに野菜買っといてよ」
「サラダ用でいいんですか?」
「おう、レタスとかトマトとか頼む」

分かりましたぁ、なんて暢気な声をあげて那月はカリカリのベーコンに歯を立てた。


食事を終える頃には登校時間まであともう僅かとなっていた。
翔はさっさと部屋着から制服へと着替え終えて、可愛らしいピン止めで髪を彩ったりお気に入りの帽子に装飾を施したり。
その隣で那月はあせる事もなくのんびりと服を着替える。
どんなにもたついていても着替え終わるのは翔が身なりを整えるのと同時だったが、那月はおそらくその事にこれからもずっと気づかないままだろう。

「やっぱ明日はもうちょい早く起きろよ、遅刻ギリギリじゃん」
「すみません……あ、翔ちゃんネクタイ曲がってるよ」

ドアを開けようとした翔を那月の手が止める。
長い指がくしゃりと巻かれたネクタイを解き、今一度丁寧に直してゆく。
きちりと締まった那月のそれとは違い翔のネクタイは少しだけゆるく巻かれた。
それでも自分で巻くよりは幾分か清廉な印象となったネクタイを、翔はわずかに嬉しそうな目で見つめた。

「はい、できました」
「おう」

にこりと微笑みネクタイをぽんぽん、とたたく那月のどこか寝癖のように見えるふわりとした髪を一房、翔の指が引っ張った。
那月は少しだけ身を屈める。
合わせるように翔が背伸びをして、ちゅ、と互いの唇を触れ合わせるだけのキスを交わした。
それはなんとも自然なやりとりで。翔にとっても那月にとってもごく当たり前の、毎朝のやりとりだった。
そうして何事もなかったように翔はガチャリとドアを開ける。
目の前の廊下を急ぎ足の生徒が数人駆けてゆくのを見て、食後の運動には丁度いいか、と暢気に笑った。
そんな、穏やかでなんてことはない朝のおはなし。


END.









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