繋がる点と点、重ならぬ線と線(翔那 前提 翔砂)




砂月はたぶん、俺の事が嫌いだ。

「気が散る、話しかけんじゃねぇ」

俺と那月の二人で生活しているこの部屋で。
どうして部屋の主である俺が、イレギュラーな存在に虐げられねばならんのか。
目の前、よく見知っているはずの相方とは似て非なるそいつは図々しくも俺のベッドを占領していた。

「…寝たいんだけど」
「話しかけんなって言っただろ」
「お前自己中すぎんだよ!せめて那月のベッドに行けよ!」

どんなに俺が声を荒げても、見事に我関せずな砂月。
黙々と楽譜に曲を書き込んで、一向にひとのベッドから離れようとしない。
頼みの綱である眼鏡は砂月が自ら隠してしまい、あいにくスペアすらないこの状況では完全にお手上げだった。




そもそもの発端は小一時間ほど前に遡る。

『じゃーん、翔ちゃん見てください!ピヨちゃん特大クッションです!』

何やら荷物が届いたと思えば、異様にはしゃぎだした那月。
その手には彼がとても惚れ込んでいるキャラクターのクッション。
きらきらとまるで子供みたいに喜ぶ那月は、とにかく誰かに自慢したいのかそのクッションをずずい!と俺の目の前へと押しつけてきた。

『…前買ったのと同じじゃね?』
『違います、持ってるやつはピヨちゃんが正面向きなんです。で、これは横向き』
『大して変わんねーよ!』

でかいクッションをぎゅうと抱き、大違いです!なんて頬膨らませる那月が。
…正直、かわいい。
男を、しかも自分より遥かにでっかいやつをそんな目で見るなんてどうかしてると思う。
でも惚れちゃったもんは仕方ないよな…とため息ひとつ吐いて那月を見やれば、何やら俺のベッドでがさごそとしている。

『何?』
『折角ですから可愛い翔ちゃんと可愛いピヨちゃんを贅沢盛りしようかなって』
『可愛いは余計だ!…って、一緒に寝んの?』
『はい!』
『えー』

狭くなるじゃん、なんて文句を零してみるものの
実のところはちっとも、嫌ではない。
すでにベッドでごろごろと、クッションに頬擦りなんてしてやがる那月の隣へ潜り込む。
ふわりと柔らかな髪に頬を寄せれば、ふっと香る那月の香り。同じシャンプーを使っている筈なのに、彼の匂いはやたらと気分を高揚させる。
俺を抱き寄せようと伸ばされた手に、指を絡める。
クッションに顔をうずめて俺を見やった那月は、ふふっ、とくすぐったい笑みを零した。

『翔ちゃんの手、優しくてきもちいです』
『……那月』

絡めた指を引き寄せ、ちゅ、と口付ける。
冷静に考えればなんとも恥ずかしい行動ではあるが、どういう訳だか無性にキスしたかったのだ、仕方ない。
ちゅ、ちゅ、と指だけではなく手の甲や腕にも口付けてゆく。
そのまま自然の流れで、那月の頬や鼻にも。いよいよ唇へとキスをしようと…ほんの僅かに、顔を傾けた。

『……あ』
『ん…?……げっ!?』

ほんの不注意で、那月の眼鏡がずれた。
やばい、まさか、直そうと伸ばした指はぱしりと振り払われる。
俺を払い除けた手は、そのままゆっくりと…完全に、眼鏡を外しやがった。

『…おいチビ、那月に何しようとしてた…なぁ?』




そもそも発端は那月じゃねーかとか、未遂だろとか、色々言いたいことはあったが砂月を前に俺の発言権などなくて。
俺と那月の関係を快く思っていない(であろう)砂月は、このまま那月に戻れば何事もなかったかのように続きを再開されると踏んでスペアごと眼鏡を隠しやがった。
そして俺への嫌がらせにと、人のベッドを占領して…今に至る。

「…あのさぁ、もう今日はそういう事しねーから、那月に体返して…」
「今日"は"って事は明日にでもする気があるって事だな」
「べ、別にいいだろ!那月とはそういう、アレなんだし…」

もごもご、と気恥ずかしさからつい口籠もる。
そんな俺の様子にいっそう不快感を顕にした砂月は、気が落ち着かないのか書きかけのノートをぐしゃぐしゃと握り潰した。
強気な態度を取るつもりが、流石に機嫌の悪い砂月を相手するにはいささか度胸が足りない。
心なし逃げるように、テーブルの影に移動した。

「…大体、テメェは何の疑問も嫌悪も感じねぇのか?よく考えろよ、散々キスした唇が今はテメェへの恨み言吐くために動いてるんだぜ?」
「なっ…あ、改めて言うんじゃねーよ!」
「いいや言うね、なんせ那月としたって事は……お前、俺とあんな事こんな事したんだぜ?なぁ翔ちゃん」

にやりと砂月の唇は弧を描く。だがその瞳は一切笑ってなどいなく、その眼光の鋭さに思わずたじろいでしまう。
砂月は俺を睨み付けたまま立ち上がると、荒々しく俺のそばまで歩み寄る。
でかい背を丸め、ずいと近づく顔は確かに那月と同じで、だが那月には到底真似できない気迫を感じた。
まるで唇が触れ合いそうな距離、砂月は言葉を紡ぐ。

「なぁ"翔ちゃん"、お前それでもこの唇にキスしたいか…?」

熱い吐息がかかる。
ぞくり、目の前の砂月に那月の姿を重ねどきりとする。
そんな俺の心境を知ってか知らずか、顔を離した砂月は見下すように俺を見やった。

「まぁ俺は真っ平だがな、チビとのキスなんて」

那月と同じ顔なのに、無性に腹が立った。
がしり、衝動的に襟首に掴み掛かる。
睨み上げた瞳は恐ろしいほどに…那月とは、別人のもの。
掴んだ襟首を、衝動的に引き寄せた。

「…ちょっと黙ってろ砂月」
「は……っん!?」

砂月の両手が強く、俺の肩を掴む。
形の良い唇を貪るように、食らい付くように口付ければその手にはぐっと力が込められた。
熱く柔らかな舌を絡めとり、付け根を、上顎を、歯列を、頬肉を、まるで那月とする時のように甘く愛撫する。
砂月は嫌々と首を振って逃げようとするが、その度追い掛けるような俺の唇の動きにひくひくと身を震わせていた。
唐突に、引き寄せていた手を離す。
突き動かされたように砂月は俺を押しやり、はあはあと息を荒げながら唾液まみれの唇を拭った。

「…っはは、全然違うじゃねーか、那月とは」
「っテメェ…」
「那月は俺にキスされてあんな反応しないし、そんな…泣きそうな目も、しない。お前とは、今のが初めてのキスだ」

もっとも、二度目をするつもりはねーけど。
吐き捨てるように告げる。
恨めしそうに、悔しそうに俺を見据える視線はやっぱり那月のものとは違った。
少なからず俺は安堵する。キスしたいのも触れ合いたいのも、間違いなく那月だけだ。

「砂月、もう寝ようぜ。あと眼鏡貸せ、後でかけといてやるから」
「…テメェはどうすんだよ」
「お前が寝たら俺も寝る。一緒なんて嫌だろ」

砂月から眼鏡を受け取り、早く寝ろ、と言わんばかりに手で払う。
もそもそと俺の布団に潜り込んだ砂月は、律儀にクッションを抱き締めて。
そのくせ俺には背を向けて横になった。そんなに俺に寝顔見せるの嫌かよ、徹底した嫌われっぷりにいっそ笑いが込み上げてきた。
ぎしり、砂月に背を向け彼の隣に腰を下ろす。

「…悪かったな、キスして。おやすみ」

やがてすやすやと聞こえてくる寝息。
起こさぬよう顔を覗き込むと、まるで泣きだす前のような苦しげな表情で彼は眠っていた。
なんて顔してんだ、ばか。
そっと眼鏡をかけてやる。これで明日の朝には元通り、いつもの那月だ。
多少躊躇はしたものの、そのまま隣に潜り込み丸まって眠りに就いた。
背中に伝わる彼の鼓動に、安心感を覚えながら。




「おっはよーございます、翔ちゃん!」
「…おはよー」

眠い目を擦る俺とは対照的に、今朝の那月はやけに元気というか嬉しそうだ。

「やっぱりピヨちゃんのお陰かなぁ、自分でも気付かない内に寝ちゃってました!快眠です」
「そっか、良かったな」
「でも昨日…翔ちゃんとキスしようとしてた所から、覚えてないんです」
「えっ!?あ、いやー、そっか那月覚えてないかーすぐ寝たからじゃねー?」

思わず誤魔化すように視線をそらす。
那月は首を傾げ、しかし納得したように笑った。
かと思えばまだうだうだと眠気に襲われている俺に、がばりと覆い被さってきた。

「翔ちゃん、お目覚めのちゅーしてあげます」

にこりと形の良い唇が弧を描く。
一瞬、昨夜の砂月とその姿が重なりぎくりとした。
だが目の前にいるのは紛れもなく、那月だ。

「…じゃあ、眠気も覚めるようなの、頼む」
「ふふ、翔ちゃんのえっち」

吐息のかかる距離、那月がくすくすと笑う。
彼の柔らかな髪に指を通し、その一房をくるくると弄ぶ。
くすぐったそうに眼鏡の奥で微笑む瞳に安堵し、まるで甘くついばむ様に形の良い唇に、キスをした。




END.

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砂→那とみせかけて砂→翔
気付きたくないからこそ、遠ざけていた想い
だからこそ彼には、一生伝わらぬ想い









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