真斗が何かを書いてるだけの話(マサレン)




「なに書いてるんだ」

不意に背後からかかった声に、動じることなく筆を滑らせる。
真っ白な半紙の上をさらりと彩る薄墨。
時に緩急をつけ、濃淡を表し、ただの線にえもいわれぬ存在感と説得力を与える。
やがて静かに筆を置けば、息遣いすらも感じられるほどにそれは作品然としていた。

「なあ聖川、何を書いたんだ?」
「………」

書き上げた満足感、余韻に浸っている真斗へ再び声がかかる。
茶の長い髪がさらりと頬を撫で、てっきり遠くに居ると思った相手がすぐ傍へと寄っていた事実に動揺した。
二つに分けられたこの部屋で、互いの領域に踏み込むことは多々ある。
だが大抵自分が向こうのスペースに行くばかりで、こちらにはろくに興味すら示さなかった筈。
真斗を動揺させる張本人…神宮寺レンは、さして気にもとめず畳へ膝をついた。

「…草書だ。漢文の一節を抜き出して書いたが、他に説明は必要か?」
「いや十分だよ」

自分から訊ねておいて、レンはさして興味もなさそうに相づちをうった。
書き上げたばかりの半紙を、床に散らばせた新聞紙へ重ねる。
新聞紙の上には先程から書きためたものが、もう何枚も敷かれていた。

「てっきりポエムみたいなのを書いてるかと思ったら、案外普通だな」
「馬鹿にしてるのか」
「そうカッカするなって」

させているのはどっちだ、と内心毒づきながら真斗は再び筆をとる。
その横で、さして面白くもなさそうに眺めているレン。
書かれた文字を目で追っては首をかしげ、その内興味も失せたのかごろりと畳へ横たわった。

「聖川、せめて読める文字で頼む」
「お前のために書いている訳ではないから却下だ、大体草書も立派な書体のひとつだが」
「崩しすぎて分からない…」

レンのくだらぬ文句を受け流し、真斗は手本に目をやる。
全体の流れに身を任せてゆける草書は好きだ。が、確かに崩し方を知らぬ者からすれば読みにくい事この上ない。
…だから何だというのだ。先程も言ったが、レンの為に書いているのではない。
自己満足のための書、他人の意見など関係ないのだ。
心を落ち着かせるようひと呼吸おいて、真斗は再びゆっくりと筆を滑らせる。

「なぁ聖川、お前がいつも書いてるような書体ってなんだ」
「……楷書だろう」
「ふぅん、あれは書かないのか」
「…邪魔するなら向こうへ戻れ」
「俺はああいうシュッとしてて綺麗な文字の方が聖川らしくて、好きだな」
「っ……」

なんの気なしにレンの発した一言に、筆がとまる。
半紙の上では次の文字に繋がる筈だった流れが、不自然に途切れてしまった。
隣でごろりと寝転がるレンを恨めしく見下ろせば、彼はそ知らぬふりして真斗を見上げた。

「…神宮寺、普段はもっと回りくどい物言いばかりなのにどうしてこういう時だけ…」
「さぁ、何のことかな」
「…お前…」

言葉一つ、たったそれだけで掻き乱される心。
してやられたような気がして、真斗は奥歯を噛み締めた。
意地悪な笑みを浮かべるレンの、だらしなく解かれたネクタイをぐっと引く。
今にも吐息がかかりそうな距離、見合った瞳は憎たらしいほど綺麗だった。

「このままじゃ落ち着いて書けやしない、責任を取れ神宮寺」
「…どうぞお好きに」

長い睫毛を震わせ、レンはそっと瞳を閉じる。
噛み付くように唇をあわせ、強引に押し倒す。散らばったままの半紙がふわりと舞った。




「なに書いてるんだ」

不意に背後からかかった声に、真斗はゆったりと振り向く。
申し訳程度に頭からバスタオルを被ったレンが、わしわしと水滴だらけの髪を拭きながら覗き込んでいた。

「水が散るからあっちへ行け、あと下を穿け」
「つれないなぁ」

ぺたぺたと遠ざかる足音を聞きながら、真斗は筆を進める。
薄く磨った墨、さらさらと真っ白な半紙へ馴染むように黒が広がってゆく。
あるいは水のように、あるいは風のように。流れるように書き連ねる文字はとても心地好かった。
最後の一筆を書き終え、ふうと息をつく。
いかなる時も一枚書き終えた瞬間の満足感には、特別なものがあった。

「…さて、俺も風呂へ行ってくる。お前に対する文句を書いたから気分がいい」
「は?何書い……だから読めないって」
「せいぜい悶々としてろ」

書かれた文字に首をかしげるレンを眺めながら、その横をすり抜ける。
本当のところ真斗は、レンに対する文句など書いていない。
だがこれは誰の為でもなく自己満足で書いたもの、彼が読めないのならそれはそれで良いのだ。
本当の気持ちなんて、自分だけが知っていればいい。

必死に読み解こうとするレンを見、意地悪な笑みを浮かべながら
真斗は静かに扉を閉めた。



END.









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