〔86〕

4段目の花畑……そこにはロビン、キュロス、レベッカ、そしてレオ、カブ、マンシェリーの姿があった。突如聞こえた爆発音にロビン達は王宮へと意識を向ける。目にしたのは爆発の炎と共に、そこから飛び上がったルフィとドフラミンゴだった。
「王宮から大きな炎が!!」
「ルフィ!……ドフラミンゴ!」
「ルフィランド……!」
「大丈夫れしょうか!?何かぼくらも加勢を!」
「……いや、手は出さないほうがよさそうだ……!」
思わず何か助けをと思うレオだったが、すぐに状況を把握したキュロスとロビンにそれを止められた。
「ええ、正直足手まといになるわ……見て!ドフラミンゴと同じ王下七武海の称号を持つトラファルガー・ローでさえ、あんな姿に……」
ロビンが目にしたのは、ルフィに抱えられた傷だらけのリイムとロー。意識がないようにも見えるふたり。七武海のローと、その右腕のリイムがいてもそれでも……ロビンは戦いの壮絶さに思わず息を呑んだ。
「ローランド!!……デスランドも!」
「ルフィ!トラ男君たちをこっちへ!!」
「ロビン!助かる頼む!トラ男はもう……充分ミンゴを追い込んだ!!」
とにかくリイムとローの手当てをしなければとロビンはルフィに叫ぶ。するとルフィはロビンのいる4段目へとリイムとローを放り投げた。
「うそ!腕が!?“スパイダーネット”!!」
落下するリイムから、それまでしっかりと抱きかかえられていたローの腕が離れたのをロビンは目にする。すぐに巨大なネットを作り出すと、しっかりとリイムとローをキャッチした。
だが……ルフィと同じ様に王宮から飛び上がったドフラミンゴがそれを許さなかった。すぐに構えるドフラミンゴ。
「ニコ・ロビン……余計なマネをするな!!そいつはまだ息がある、退場じゃない!!」
「ドフラミンゴ!!」
ロー目掛けて放たれようとする攻撃。それを目にしたキュロスも4段目で剣を構える。させまいとルフィもとっさに体を返し、足を伸ばした。
「うっ……ロビ……」
「リイム!意識はあるのね」
「ローを、」
ぼんやりとする視界に映ったロビンの姿に、思わず手を伸ばしたリイム。ロビンはその手を一度きゅっと掴むと、すぐにドフラミンゴの攻撃を避けるためにもローの体を抱えた。
「“弾糸”!!」「“鷹鞭”!!」
ほぼ同時。ドフラミンゴの弾糸が放たれ、ルフィの鷹鞭はドフラミンゴの腹部にヒットする。逸れるかとも思われた弾道は確実に、ローの体を起こそうとするロビンと、近くに横たわるリイムへと迫っていた。
「“金の斧銀の斧”!!!」
ギィン!!と、弾が何かに当たる音が響いた。間一髪、キャベンディッシュがロビン達の目の前でドフラミンゴの弾糸を弾き飛ばした。ロビンは何が起きたのかと、ハッと顔を上げる。
「……!!キャベツ君!」
「眠ってたよ……!!まだ決着はつかないのか麦わらァ!!」
「キャベツ!みんなを連れて下に降りろ!」
ロビン達の間に入ったキャベンディッシュは上空のドフラミンゴを視界に捉える。……ドフラミンゴを討ち取れば一気に名を上げる事が出来る、つまりは人気者、ぼくは大スターに……!キャベンディッシュはルフィに向かって声を張る。
「バカいえ!ここでドフラミンゴに見えたからにはぼくも一太刀……!!」
「みんなを頼んだ!!」
しかし、ルフィの真っ直ぐな言葉にキャベンディッシュの思考はぐるぐると回る。……頼んだ!?信頼!!人望!!人気!!!……つまり麦わらはぼくのファン!!……彼の中で結論が出る。
「く……ファンの頼みか!断れない!!下の段にバルトロメオがいるハズだ!奴の能力ですぐに下へ!」
そうしている間にもリイムとローの側へとキュロス達が集まる。特にローのダメージは甚大で治療は一刻を争うものだった。
リイムの意識は未だぼんやりとしていたが、そっと胸元に手を当てた。それを見たロビンがリイムに声をかける。
「リイム……胸、痛む?」
そのロビンの問い掛けにリイムは小さく首を振った。痛むのかと言われたら、腹部の傷の方が痛い。リイムはそう思いながらつい先刻まであったネックレスが本当にないのかを確かめるようにしばらく手を当てていた。
……もうない。あの日の意志と決意を忘れない為にいつも身につけていたもの。あの爆発だ、粉々になったのかもしれない。
でもこの気持ちはなんだろう、思っていたよりもずっと悲しさのような気持ちは湧いてこない。むしろなんだか……リイムは静かに目を閉じ、ロビンの言葉に答える。
「今トラ男くんの腕、見てもらってるから」
「……ありがとう」

「何とかなるのかレオ!」
「切り口がぐちゃぐちゃれす!上手く縫い合わせられれば……」
「そうすれば私のジョーロで“チユ”できるのれすけど!!」
近くで聞こえてくる小人達のやりとりを聞きながらリイムは大きくゆっくりと呼吸を繰り返す。少しずつはっきりとしてきた意識……彼らに腕を診てもらえるならローの腕は大丈夫だろう、と、ほんの少しの安堵を抱きながら。
「とにかく、ルーシーの言う通り下へ!リイムさん、動ける?」
声を掛けられたリイムはパチリと目を開く。そこには心配そうに覗き込むレベッカがいた。体に力を入れてみるも、だるく重い体が動く気はしなかった。
「……まだちょっと、無理かしら」
「ロビンさん!」
「ええ、リイムなら私が連れていくわ」
リイムをレベッカとロビンが支える。リイムはそっと起こされ、そのままロビンに抱え上げられた。脇でキャベンディッシュが下にいるバルトロメオに階段を作るように叫んでいる。しかし聞いていないのだろうか、声を荒らげながら再三要求し、キャベンディッシュは再びローの元へと駆け寄った。
その間にも王宮から激しい音が降り注ぐ。4段目にもその戦闘の余波が襲うのも時間の問題だった。王宮の壁が瓦礫となりバラバラと滑り落ちる。急ごう、とキャベンディッシュがローを抱きかかえ走り出してすぐ、だった。
「待て……!!」
蚊の鳴くような声だったが、がしりと力強くキャベンディッシュの肩を掴んだローに、キャベンディッシュは一度歩みを止める。少し後ろにいたロビンも足を止め、リイムも顔を上げるとゆっくりとローへと視線を向けた。するとすぐに、何かを探していたようなローの視線はリイムへとたどり着いた。
「リイム……おれはここに残る」
「!?」
ローの発言にキャベンディッシュとロビンは口を開き驚く。リイムは、交差した視線を外せないまま、一瞬思考が止まる。
「ここに、残る……おれを置いて行け」
「何言ってるんだ!」
ようやくローの視線はキャベンディッシュへと向かった。そうしてリイムはローの真っ直ぐな眼差しから解放され……湧き上がってきた言葉にならない言葉を静かに飲み込む。
「13年間……おれはドフラミンゴを討つ為だけに生きてきた……やれることは……ハァ、全てやった……後は“麦わら屋”に託すしかない!あいつが勝つのなら……!ここで見届けたい……!!もし負けたなら……おれもここで共に殺されるべきだ……」
「……」
ローの言葉ひとつひとつが、リイムにじわりじわりと染みていった。ぐっと唇を噛むリイムの頬を、止める事のできない涙がゆっくりと流れ落ちる。
……何を言えばいいのだろう、わかったと言えばいいのか、それは違うと言えばいいのか、何が間違いで何が正解か、そんな事を悩んでいる時間は今はない。
約束したように、ローの側で見届ける事。そしていつか先生に言われた、世界を知るという事。……それしかないのか、私の道はそれしか残っていないのか……リイムはロビンの胸に顔を埋めて涙を誤魔化した。
「おれがあいつを……この戦いに巻き込んだ……置いていけ……!」
「……!!」
「トラ男くん、同盟の船長の立場は対等の筈よ!ルフィは、ルフィの意志でここにいる、意志のないケンカはしない人よ」
「置いていけ……たのむ゛」
ロビンの言葉にも動じないローにキャベンディッシュはもう一人、もしかしたらどうにかできるかもしれない人物……リイムへと視線を向ける。
「……フランジパニ、きみはどうするんだ」
そう話を振られたリイムはとっさに顔を上げた。……何かあればここで死ぬと言っている船長を置いていくなんて事はしない。何を言ってもきっと、いや、絶対にローの思いは変わらない、言いたい事をを言うのは全てが終わってから。
ローも私がそうする事をわかっていての発言のはず……だから今は一緒に残る、これしかない……浮かんでは消える思い、本音を堪えて、リイムは少しだけ顔を傾け、どうにか笑みを浮かべた。
「ハァ……船長が船長なら……まったく、説得できそうにないな……ニコ・ロビン……フランジパニも置いて先に行け!」
「キャベツ君……!」
「自殺願望はきけない……ぼくも残る、それで妥協しろ……キミが死ぬとしたらぼくとフランジパニの後だろう!」
キャベンディッシュはローをゆっくりと地面に降ろすと脇に座り、刀を突き刺す。それを見たロビンは大丈夫かと問うような眼差しを向けたが、リイムはしっかりと頷く。

「ロ〜〜ビン先パ〜〜エ!!」
「ロビンさん、バルトロメオが階段を作ってくれた!!」
呼びかける声にロビンはもう一度リイムの表情を確認する。気のせいでなければ泣いていたはず……そう思ってかけようとした声は、リイムにかき消された。
「私は大丈夫よ、それよりもロビン、あなたも無理しないで」
全く、強がりなんだから……そう思いながらもリイムをローの近くへと降ろしたロビンに、キャベンディッシュが上着を差し出しながら声をかけた。ディアマンテの攻撃からレベッカを守る際に負った背中の傷を隠す為のものだった。
「さァこれを……行け!!」
「え?あ……」
その意図を汲み取り、キャベンディッシュの上着を受け取るとロビンは階段へと駆け出した。その一方で、状況を聞いたレオとマンシェリーはローの元へ再び姿を現す。
「ローランド!デスランド!おまたせしたれす!!さぁ、傷口を!」
「……!あなた達……!」
「……!?」
「まずはローランドかられすね!!」
小人族に驚くキャベンディッシュとローを余所にレオは針を取り出す。ローの右腕と、そしてリイムの腹部の傷を縫い合わせると彼らは皆の後を追い4段目から下りて行った。



聞こえてくる戦闘の凄まじさ。リイムは鳥カゴで閉ざされた空を、ローの隣で眺める。リイムの右手と、ローの左手がこつんとぶつかり、それはそのまましっかりと重なった。
無言のままのふたり。しかしその手の暖かさに、ローはただ横たわったまま目を細め、リイムも少しの間ぼやけた空を眺めていた。
「びっくりしたよ……小人族とは……フランジパニは知っていたんだな」
「ええ、地下で……会っていたから」
キャベンディッシュとリイムのやり取りに、ああ、だからか、とローは納得する。王宮で捕らえられていた時のドフラミンゴの言葉と焦り様、そして妙に強気だったリイム、全ては繋がっていたのか、と。
「見事な手際だった。ちゃんとつながるといいな、腕。血が流れ始めると回復するそうだ……」
「わかるよ……おれは医者だぞ」
ローはキャベンディッシュにそう言葉を返す。……確かに、医者であるローにとっては今の自身の状態くらい手に取るようにわかるのだろう。そしてキャベンディッシュと出会った時の言動を思うと、今のやりとりはなんだか少し不思議な感じ……そんな事を思いながら、リイムは会話を聞いていた。
「地下の交易港を見て察しがついたよ……この戦い、ドフラミンゴを倒せたとしても世界に大きな波紋を呼ぶぞ」
「……」
「キミ達は“台風の目”になる」
「……ああ、そのつもりだ」
繋がれたローの手にぐっと力がこもった。その瞬間、視界がチカチカとしたリイムは思わず目をつぶる。ほんの一瞬、ほんの少しだけだったが、ローとの未来のような景色が映ったように、少なくともリイムにはそう見えた。
白昼夢でも見たのだろうか、こんな時に……いや、こんな時だからか、とリイムは左手で顔を覆う。
この大海賊時代……ルフィと共に台風の目となる事へのローの答え。つまりは、きっと。ゾウで待つみんなと、ローと、一緒に……そんな思いがリイムの胸に広がっていった。



大旱雲霓

prev/back/next

しおりを挟む