〔69〕

「ゴムゴムの!!風船〜〜〜!!!」
王の大地から飛び出し落下を続けるルフィと、ゾロ、ロー、そしてリイム。このままでは地面に叩きつけられてしまうという状況に、ルフィは自身の体を思い切り膨らませた。ゴムの特性を生かしたルフィにより四人は無事に着地した、かのように思えた。
「んぶえっ!!」
「きゃっ!」
しゅるるるる、と、風船の空気が抜けて飛んでいくように、ルフィの体はしばし近くを派手に彷徨い、ようやく抜け切り地に足をつけた時にはリイムの予想通り周囲はまさに“敵”だらけであった。
「ロー!!」
「どの顔下げて現れやがったクソガキ!!」
「ロー兄ィ!?ほぼ記憶にないけど!!」
各々声を発したドフラミンゴファミリーの者達を、ゾロに抱えられたままのリイムは一通り確認した。
マッハバイスにデリンジャー、そしてセニョール・ピンク。どれもコロシアムのモニターで見た顔で、恐らく武闘派であろう3人が揃っているのは少々厄介か……と、リイムはため息をつきながら逆さまに見える周囲の景色を見渡した。

「“麦わらのルフィ”!!トラファルガー・ロー!“海賊狩り”!!“死神”までいやがる!!」
大きく上がった周囲の声。辺りを埋め尽くす程のドンキホーテファミリーの部下と海兵、さらには受刑者を狙う猛者共の物と、辺りはまさに騒然としていた。
「えれェ所に落っこちた!!」
「おい麦わら、錠が解けたらまずお前から殺してやる!!」
「言っとくが何処に落ちても“えれェ所”だ」
「……物騒ね、この状況も、ローも」
ルフィを殺すなんて、とリイムがもらせば、そんな事のんきに言ってる場合か?とゾロにつっ込まれる。
「今この国中が“敵”なんだからよ!とにかく走るぞ!」
「それなら、もう下ろしていいわよ、ゾロ」
いつまでも抱えられたままというのもなんとも落ち着かない。そう思ったリイムはポスポスとゾロを叩きながら見上げたが、まるで聞いていないのかゾロはリイムを抱えたまま走り出した。
「ゾロ!!そっちじゃねェぞ!!」
「麦わら、こっちでもねェぞ!!」
「ちょっと!!何してるのよふたりとも!」
じゃあどっちだ!!とルフィとゾロは一斉に声を上げる。そんな二人にリイムは抱えている凍雨で方角を指した。その瞬間、同じように逆さまのままローとパチリと目が合った。
「……フフっ、ずいぶんな有様ね」
「お前も人の事言えねェだろうが」
そんな二人の呟きもかき消すかの様な声がドレスローザに響く。三ツ星が二人に二ツ星も二人だ!となだれ込むように周囲には人が集まってきていた。
その混乱に紛れながらセニョールがルフィの足元に迫る。リイムが気付いた時にはもう遅く、その足はしっかりと掴まれてしまっていた。
「やれ!バイス!!」
その声に反応したのはマッハバイスで、ローを抱えたルフィの頭上にふよふよと現れ、それに気付いたローすぐに逃げろ!と声を発した。
「こいつは“超体重人間”だ!」
「“10tヴァイス”!!!」
急に重さを増したバイスはルフィとロー目掛けて落下する。ルフィはとっさに足を伸ばして直撃を避けたものの、その目の前にはデリンジャーが待ち構えていた。
そう簡単にやられる訳がない、そう思いながらもハラハラしながら見ていたリイムだったが、すぐにゾロが二人を援護する動きを取ったので大人しく抱えられたまま、念の為に周囲に気を巡らせた。
「“ピストルハイヒール”!!」
伸びたルフィの顔面目掛けて足を振りかざしたデリンジャーを、背後を取ったゾロが蹴り飛ばす。
ナイスタイミング!と言わんばかりの笑顔でゾロを見上げるルフィと、されるがまま顔が地面についてしまっている自身の船長の姿との対比に、リイムは思わず小さく微笑んむ。
ゾロに蹴飛ばされたデリンジャーはバランスを崩し、その蹴りはマッハバイスへ直撃、反動でルフィの地面にはまっていた足は無事に抜ける事となる。
「抜けた!!」
「ったく、しっかりしろ!」
ルフィの首根っこを掴み走り出すゾロ。しかしその先には銃を向ける一般市民までもが混ざっていた。
「撃てェ!!二ツ星に三ツ星だ!」
次々と発砲される弾を弾くゾロと避けるルフィ。いまだ抱えられたままのリイムはそれならどうにか負担にならないよう……自身の体を変化させれば軽くなるのでは、と思いつきそっと能力を発動させようとする。
しかしまだ、体力の低下が原因なのか力を使う事が出来ずにリイムはそれ程までに自身のケガが酷いものなのだろうかと頭を悩ませた。
「……やっぱりまだダメなのね」
「何がだ」
「能力が使えないのよ、使えたら軽くなると思ったのに」
「……別に重くなんかねェよ、むしろこの方が俺の気が締まるってもんだ。大人しくじっとしてろ」
人一人抱えながら弾を避けるのはきっと神経を使うであろうに、真剣な表情でそう話すゾロ。リイムはそんな姿を見上げながら、やっぱりゾロはそういう人だわ、とフッと息を吐き出す。……今はこのまま体力を回復させる事に集中しよう、と、小さくありがとうと呟いた。
「……それにしても埒が明かねェな、斬っていいのか!?一般人混ざってんぞ!」
「よし、俺が覇気で!」
ルフィが多勢に向けて構えた瞬間、その背後から聞こえた聞き覚えのある声にそれぞれが動きを止めた。
「おやめなさい、下手なテッポウ」
「……ありゃあ!」
「数撃っても当たりゃしやせん」
四人の目の前に立ちはだかったのは藤虎で、ルフィはジッとその人物を見上げた。
「賭博のおっさん!」
これ程厄介な事はないわ、とリイムもジッとその人物へと視線を向けた。するとその気配に気付いたのか藤虎はボソリと言葉をこぼした。
「……命運ってェのは、どうにもならねェようでいて……何とも」
「……あ?何の話だ?」
その言葉に反応したルフィだったが、しっかりと刀を構えてこの場を通す気配の無い藤虎にゾロも刀を鞘から抜いて構えた。
「ゾロ、これじゃさすがに分が悪いわ、ルフィもローを抱えたままだし」
そうリイムがゾロに話しかけるも既にルフィは藤虎へと向かっていた。しかしローを背負ったままのルフィはリイムの思っていた通り上手く立ち回れずにいた。
「ゾロ、やっぱり私」
「いいから黙ってろ、舌噛むぞ!!」
リイムの言葉を遮るようにゾロはそう叫び、リイムをしっかりと抱え直すとすぐに藤虎へと向かった。ガキィン!!!と刀がぶつかる音が響き、リイムもその衝撃に思わず息を呑んだ。

その時だった。ドレスローザを激しい地響きが襲い、町は徐々にせり上がり人々は逃げ惑う。そしてそれを巨大な影が覆った。
リイムもその空を見上げて巨大な岩……ドンキホーテファミリーの幹部、ピーカの姿を捉える。
さすがの藤虎もその気配に手を止め、空を仰ぐ。大きな音を立て姿を現したピーカの動向を、全ての者達が固唾を呑んで見守った。
「さァ……我がファミリーに盾つく者達は……俺が相手に」
ファミリー最高幹部、ピーカ。彼が発した声に町は一瞬時を止める。その巨大な体からは想像もつかない甲高い声。その僅かな沈黙を破ったのは他の誰でもないルフィであった。
「ぷーっ!!!声っ!!高ェ〜〜〜〜〜っ!!!」
涙を流しながら吹き出したルフィ。まるでピーカの声について触れるのはタブーであるかのように周囲のドフラミンゴの部下達はルフィに向かって静かにするよう揃って人差し指を立てる。
「し〜〜〜〜っ!!」「黙れ麦わらァ〜〜〜!!!」
「あっはっはっは、だって!!似合わね〜〜〜〜!!!!」
そんなルフィと、それを見下ろすピーカの様子にリイムはこれはもしかして、と眉をしかめローをチラリと見た。
するとローもルフィを見上げながら顔を歪めており、好ましい状況ではない事はリイムにもすぐに理解出来た。
「“麦わら”……!!」
「だ〜〜〜〜っはっはっはっ、変な声〜〜〜〜!!!」
「ゾロ、これは多分逃げる準備したほうがいいと思うの」
「………………!!!」
ギッと見開いた目で小刻みに震えているようにも見えるピーカ。あ〜〜ひゃっひゃっひゃと響くルフィ声。そして無言のまま、ピーカの右腕が音を立て少しずつ上がっていった。
「あ〜〜〜!!!」
「こりゃ!やばい!!」
一斉に声を上げ逃げ惑う人々。そこには幹部の姿も含まれておりこれが非常事態である事は一目瞭然だった。それは海軍も例外ではなく、どよめきに気付いた藤虎にも、海兵達が逃げるようにと声を荒らげた。
「ルフィ!お前敵をおちょくるのもいい加減に、ぷーーーーーーっ!!」
「ホラ!お前も笑ってんじゃねェか!!」
「てめェら……!!」
直撃を避けようと逃げ出したルフィとゾロの会話にローは苛立ちを隠せないままつっ込む。まるで大地がそのまま振ってくるかのような重い空気にリイムも思わず身震いした。
振動を感じ取った肌の感覚。もしかしたら能力が戻りつつあるのかもしれないとその感覚を懐かしくすら思いながらリイムは迫り来るピーカのパンチを感じて目を瞑った。

「うああああ!!!」
町が丸ごと降ってきたかのような衝撃。ズドォン!!!と音を立て、振り下ろされた強力なパンチは町を次々と破壊していく。
その強い爆風に巻き込まれ飛ばされた四人。地面がもう目の前に迫りリイムはぐっと歯を食いしばった。
叩きつけられそうになった瞬間、ぶわっとリイムの周辺に風が巻き起こり四人は体を打ち付ける事はなく地面へと落ちた。
「ん!?なんだ、急にふわっと浮いたな!リイムか!?」
「…?いえ、私は……何も」
「にしても……飛んだな、ずいぶん」
気のせい、ではないのだろうかとリイムが小さくこぼせばルフィもそうか、と呟く。
瓦礫と土煙で遮られていた周囲の景色が徐々に晴れて鮮明になっていき、リイムの視界に見えたのはコロシアムの外壁。そして足を空へ向けて倒れこんでいるルフィに、寝転がっているというよりはかルフィに放り出されたような状態のロー。
だがリイム自身はといえばしっかりとゾロに抱えられて着地していて、今もなお座り込んでいるゾロの膝の上にいるという状況に少しだけ恥ずかしさが込み上げた。
「……ご、ごめん」
「あ?何がだ」
「あー、もう、何でもない!……コロシアムみたいね、そこ」
「そうか……それにしてもアイツ……せめて倒し方さえわかれば」
ピーカの倒し方について頭を悩ませるゾロの膝の上から立ち上がったリイムは、ヒラヒラと邪魔に感じるスカートをはたいて整えると、倒れているローを起こすべく歩き出した。
「ロー……平気?」
近くまで駆け寄りしゃがんだリイムは寝転がったままのローの顔を覗きこむ。するとローはしばらく無言でリイムの顔を見つめた。
「……お前じゃねェのか?」
「えっ、何が?」
「……まぁいい、それよりもリイム……あれだな」
突然プッと吹き出して視線をそらしたローにリイムは何よ、とその顔を睨む。突然吹き出すなんて何事かと思っていれば、まるで何かを企んでいる時に見せるような顔でニヤリと笑った。
……こんな顔を最後に見たのは、随分前のような……リイムはそんな事を頭の片隅で考えながらローの言葉の続きを待った。
「よくよく見れば、どこぞのお姫サマみてェな格好してんじゃねェか、でもって……ゾロ屋が王子サマってところか」
「……!!いっ、今更!?こっ、これはその……色々と!不可抗力じゃない!あなただってルフィに!!」
予想外のその言葉に顔を赤くしながら、リイムはどうにか言い返そうとむっと頬を膨らませる。錠も外れなくてお姫様はそっちじゃない、というリイムの呟きをかき消すようなルフィの声が辺りに響いた。
「……あっ!!キャベツ!!」
そのルフィの反応にリイムとローも声の方へと顔を向けた。こんな時にキャベツが一体何なんだ、と思いながら。
するとそこにはまるで“王子様”を思わせるような風貌の男が、無駄に輝かしいオーラを纏って立っていたのだった。




キラキラ星

「ほら、ロー、ああいう人の事を王子様って言うのよ」
「へェ、そりゃァ悪かったな」
「……?どうしてローが謝るのよ」
「……うるせェ、なんでもねェよ」

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