〔63〕

「……しかし、海軍もすっかり拙者達を町のオモチャと勘違いしてござる!!」
そう話すのは動物の着ぐるみを着た錦えもんで、海軍の銃撃などで混乱が広がるコロシアム周辺をルフィとゾロと共に王宮へ向け駆け抜けていた。
「ギリギリだぞお前……!この着ぐるみの動物チョイスおかしいからな!!」
「ん?“ポピラー”でござろう、特にコイなど」
奇妙ともいえるおかしな等身のかわずの着ぐるみを着た錦えもんにねこの着ぐるみを着たゾロはつっ込む。
その横で……一人わんわんと泣き叫ぶコイ……の着ぐるみを着たルフィ。そんなルフィにゾロはもう何度目かの言葉を飛ばす。
「で!!うるっせェよお前!!トラ男とリイムを救う気あんのか!?」
「え゛〜〜〜ん、トラ男達は助げる…!ミンゴもぶっ飛ばす!!……リイムとの約束も、もう大丈夫だっ」
「約束?」
「行くからにはっ……絶対にメラメラの実を、手に入れるっで」
ぐずぐずと泣いたまま話すルフィにゾロは、持ってねェだろう?意味がわからねェよ!と頭をスパン!と軽く叩いた。
「生ぎてると思わ゛ながっだんだ」
「だから!!誰がだよ!」
「あ……あのとぎ死んだと……死んだど思っでだんだ!!!」

−−−

「リイム、おいリイム……いい加減目ェ覚ませ」
「……」
懐かしい声。甲板でベポと昼寝をしていれば聞こえてきた意地悪な声。ペンギンと船を破壊しそうな勢いで手合わせをしていればそれを止めようと吐き出された呆れたような声。
シャチと何かを企んでコソコソとしていればそれを見破るかのように飛んで来た鋭い声。ドレスローザに着いて、それぞれ目的のために海岸を後にしようと一歩を踏み出した時の、私の名前を呼んだ……懐かしい、愛おしいその声。

大きく左右に揺さぶられた感覚に意識を取り戻すも、はっきりとしない視界にリイムは未だ気持ちの悪い夢の中にいるような気がして手を伸ばして何かを探す。
それでも、その手に触れるのは温度を持たないただの布で、ふと目に入った時計が示す時刻は最後に見た時からそう何分も経っていなかった。
先ほどから聞こえていたのは夢だったのか、それともドフラミンゴの声をそう思ったのだろうか。
とにかくどうして目の前にいるのはドフラミンゴで、一番近くにいたいあの人がいないのだろうかと、リイムは体を起こし何度も辺りを見回す。
「まァ落ち着け」
「ド…フラ、ミンゴ」
思った以上に声は声になっておらずリイムは自身の体の状態に気付く。コロシアムの前で受けた傷と、つい今しがた増えたであろう傷やアザが体のあちこちでじりじりと痛みを放っていた。
そういえば頭も、喉の辺りも何だか重く、傷口から細菌でも入って発熱でもしているのだろうか……と、満身創痍の体にリイムはどうにか呼吸をすることしか出来なかった。
「それにしても……いい加減諦めたらどうだ?お前はローのただの駒だったにすぎねェ。アイツの本質はそうだ」
「ち、が…」
「俺はアイツの小せェ頃を知ってるからな」
「……いい加減に、して、……私のっ、船長は、ローなのよ」
蚊の鳴くような声でそう絞り出すも、ドフラミンゴはただただ高笑いを続けてリイムを見下ろす。
「その船長本人が言ってたんだ、『あの人の本懐を遂げる為に今日まで生きてきたんだ』と」
……あの人、あの人というのはきっと、たぶん……コラさんという人で、彼は今までその人の為に今日まで、あんなに傷ついてまで、死を覚悟してまで……
そこまで考えたリイムの顔は、みるみるうちに青白く変わり、そんな表情を見たドフラミンゴはニヤリと笑うとリイムの頭を掴み自身の顔の高さまで持ち上げた。
「いっ……」
「あいつは、その為だけに生きてきたんだんだよ」
「……っ」
「お前は、ただの…」
そうドフラミンゴが話したところで、リイムの唇からは赤い血が滴り落ち、頬を一筋の涙が伝った。
「それ、でも……それでもっ、私は!!」
ぽろぽろと流れる涙は、リイムの意志とは関係なく流れていく。頭を掴まれたまま視線をそらす事も出来ずにただただ唇を噛み締めた。

「フッフッフッフッ!!やっとお前の泣く顔が見れたなァ、リイム?お前の存在理由は何だ?
考えてみろ、お前の今までを、どうだ?どこへ行っても裏切り者の名が付いて回り嫌われ」
違う、違う。リイムは否定するために首を振ろうとするもドフラミンゴは続ける。
「……そして、そいつらはどうなった……?お前に巻き込まれて、不幸になったんじゃァねェのか?」
心臓を、グサリと突くようなその一言に、リイムは目を見開き、顔をぐちゃぐちゃに歪ませた。
勿論、ドフラミンゴがリイムの生い立ちや育った環境を知っている筈はなかった。だが、まるでそれを分かっているかのような物言いに、リイムはドロドロとした感情がわき上がってくるのを感じた。
「ち がう」
「お前はそう思っていても、周りはそう思っていない事だって世の中には存在するんだよ……お前が同盟を持ち掛けなきゃァ、麦わらもコロシアムから二度と出てこれないなんて事態にはならなかっただろうよ」
「違、うっ」
「ローも、もっと上手く立ち回れたんじゃねェか?」
「……」
「お前の運命は、シャイニーの子として生まれ落ちた瞬間から……決まっていたんだよ」

そんな事、ない。そんなはずがない。私は私であって、今までこうして自分の手で運命を切り開いてきたじゃない。
シャイニーの娘である事が運命なら、私はそれだって越えてみせると誓ったのに……ナデシコさん、くいな、私は何か間違っているの?
ねェ、教えてよ、私は何なの?私はどうして生まれてきたの?答えてよ、−−−“母さん”
そうリイムが唇をより一層強く噛み締めたその瞬間、ブワリと周囲の空気が氷の様に凍てつきドフラミンゴも瞬時にリイムから距離を取った。
「……違うわ、私は……私よ!それに、ローから話を聞くまで何も諦めない……全て終わったら話すと言っていた彼の言葉を……
それがもし絶望だとしても、私は私の運命を行くの、あんたなんかに決められやしない!」
こんな状態で能力が発動した事にリイム自身驚きながらもドフラミンゴを睨み、力を振り絞りベッドから体を起こした。
「ったく、危ねェな、ローはどんな教育をしてんだ……だがもうお前は俺に勝てないと分かっているだろう?」
「私が、この実の能力を使いこなせれば……話は別なのよね?」
「その通りだが……今の傷だらけで不安定な状態のお前にそれが出来るか?まァ今からローの所へ連れてってやる、感動のご対面といこうじゃないか」
その前に、とドフラミンゴは再びリイムへ近づくとそっとその体を抱き寄せ耳元へと顔を埋める。
「……いくつか、お前に教えておいてやろう」
「な、離して!」
嫌でも感じるその体温と吐息にリイムはどうにか逃れようとするも、ドフラミンゴがこぼした言葉に抵抗していた体がピタリと動かなく、動けなくなった。
「……………、……………」
「どういう事よ、それ……」
「……もしも今日、お前が俺から逃げられたとしても……って事だ」
「そんな事っ、どうでもいいわよ!それよりも!!」
思わずドフラミンゴの顔を凝視すると、一瞬、今まで一度も崩す事のなかった余裕しかないその表情が曇ったのがリイムにも感じ取れてしまった。
「そうだな……いつか気が向いたら続きを話してやらねェ事もねェ」
そう呟きながらカチャリと鎖を外したドフラミンゴに、そんな日は永遠に来る事はないのだろうと思いながら逃げ出す事も忘れて、リイムは何もする事が出来なかった。

「若様!持ってきたわよ、これでいい?」
「あァ、ベビー5……さすがに死神にメイド服はねェだろう?」
丁度部屋を訪れたベビー5にリイムはチラリと視線を移すと、手には何か服のようなものを手にしており、そういえば着替えくらいさせてやると言っていたドフラミンゴの言葉を思い出した。
「……」
「で、どうしたのよ、随分大人しくなっちゃって」
テキパキとリイムの服を脱がせ始めたベビー5は先程までと違って噛み付いてこないリイムに疑問を覚える。
「もしかして!何か企んでるんじゃないの!?」
「最初っからそうよ」
「……そうだったわね」
今騒ぎを起こすなら、本当にローの所へ連れて行くというのならただ黙って従ったほうがいい。それから、ローを助けてここを抜け出す術を探せばいい。
それに、私が迂闊にドフラミンゴに手を出す事はきっと……と、リイムはベビー5の後ろで背を向けているドフラミンゴを見据える。
「はい、今度はいいんじゃない?ドレスローザの王妃みたいで」
「フッフッフッ……そうだな、俺はお前を迎え入れてもいいが」
「死んでもないわ」
「だろうな!」
まるで意味を持たない会話を済ませるとドフラミンゴは着替え終わったリイムを担いでカツカツと歩き始めた。

「……ちょっと、今度は錠までつけないなんてどういうつもり?そんなに首を取って欲しいのかしら」
「無理するなリイム、本当はそうやって話すのもキツイくらい……お前が今力を出せない事くれェ分かってる」
先程のあの表情はなんだったのかと思うほどに口元を歪ませたドフラミンゴに、そうしたのはアンタでしょうと睨みつける。
「さっきみたいに急に、アンタをぶっ飛ばそうとするかもしれないわよ」
「フッフッフッフッ……お前にそれが出来るなら、な。こっちには藤虎もいるんだ……手負いのお前にゃ何も出来ねェよ」
悔しいがその通りだ、とリイムは思う。恐らく私が手出しし辛くなるように……わざわざ教えてきたのだろう。
それに海軍大将がいるなんて、確かに枷が無くてもこれだけ手負いの、しかも刀を持たない私には分が悪い……リイムは考え出すとキリが無い思考を止める事にした。

「それよりも、そういう油断って命取りになるのよ?」
「……お前こそいつまで強がってんだ?泣きたきゃ泣きゃあいいものを」
そんな言葉に二度とアンタの前でなんか泣くものかと小さくこぼせば、そりゃあ残念だと返すドフラミンゴの表情はリイムから見える事はない。
きっと……必ずルフィ達がここへ来る、その時に賭けるしかない。そんな根拠の無い希望に、そっと力の入らない手を握り締める。
それにフランキー達は、あの兵隊と小人達は上手くやっているのだろうか……と、窓から見える青い空にそっと成功を、この国の悲劇が終わるようにと願った。






「ちなみに……鉄人フランキーがオモチャの家を襲撃するのは計画通りか?リイム」
「……」
「他にもちょろちょろとコマが残ってるようだが」
「甘く見ないほうがいいと思うわ、とだけ言っておくわね」
「フッフッフッ……そうか」

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