〔61〕

「フッフッフッフッフッフッ……観たか?今のを!運の強い女だな、お前の孫は!!」
ドレスローザの王宮でコロシアムの試合を見ていたドフラミンゴは、捕らえたドレスローザ前国王リク王に向かって言葉にする。
「まさか孫と揃って大会出場とは…なァ!リク王!!元国王が悪魔の実を欲するとは随分追い込まれたな!
今日はお前の一族の行動が目に余る……ヴァイオレットにしてもそうだ、今日は何の記念日だ?」
そう笑みを浮かべながら問い掛けるドフラミンゴに、無言を貫いていたリク王が口を開く。
「貴様が今朝とった行動は、この国の全てを諦めるのに余りある事件だった!!……それだけだ」
突如CP0から告げられた七武海権威放棄が誤報だったというニュースを脳裏に浮かべながら、リク王はドフラミンゴを見据える。
「フフフッ……お前は、そうか……だが、ヴィオラは違う!!あいつは計算高い女だ……!賭けに出たのさ!
この俺に盾ついてきた期待の新人七武海、トラファルガー・ローと!凶悪な血筋を持つ2年前の時の男、モンキー・D・ルフィーの海賊同盟に俺が敗れる事を望んでやがる!!」
ドフラミンゴはチラリとハートの席に錠で拘束しているローを視界へと入れて話を続けた。
「だが…ローは既にこの通り、そして海賊同盟の手引きをしたとも言われているフランジパニ・リイムもすでにこっちの手の内にある。
……麦わらのルフィも、コロシアムから人間として出て来る事はない!!
今の奴らの動きといえば、麦わらの一味の鉄人フランキーが一人、オモチャの家を襲撃してるらしいが…ウチの幹部に敵うかどうか」
ドフラミンゴはリク王を背に、カツカツとローの座るハートの椅子へと歩き出す。
「残る麦わらのコマは海賊狩りのゾロ、狐火の錦えもん、ニコ・ロビン、そげキングの4人だ…
だが、オモチャの家と王宮の玄関以外に工場へ続く入口はねェ、奴らは地下にすら辿り着けねェさ!!」
薄っすらと笑みを浮かべたまま椅子の前で立ち止まり、未だ意識のないローに視線を落としドフラミンゴは小さく声をかけた。
「……さァ、どうする?せいぜい楽しませてくれよ…?ロー」


薄暗い部屋で一人あれから何度か能力を使い、鎖から脱け出そうと試みたリイムだったが、思ったよりも血を流しすぎたのか上手く使う事が出来ずに苛立ちを募らせていた。
“死神だからだ−−−”そう夢のなかで聞こえた声は未だに脳内でリフレインし続けている。
気を強く持たなければ、あの日の思いに打ち勝たなければ今の自分を維持出来ずに泣いてしまいそうな……
そんな危機感を頭の隅で感じて、落ち着け、落ち着けとリイムは自分自身に言い聞かせ続けた。
ゾウで待つみんなの顔、そして何よりも一番大切な……そうなんだと気付いたローの姿を思い浮かべて大きく息を吐く。
そうして冷たい壁に寄りかかった瞬間にとふと浮かんだのはあの時ローが発した小さな声だった。
コラさん、というローの何かと、おそらくドフラミンゴにはきっと深い関わりがあるのではないか…
そんな事を考えていればふと近づいてくる気配に気付き、いよいよボスの登場か、とリイムは大きく息を吐いた。

「フッフッフ…どうした?随分大人しいじゃねェか?リイム」
「……一体、何のつもりなのかしら、私をこの王宮に置くとかって聞いたのだけれど」
カツカツと近づいてくるドフラミンゴをリイムは鋭く睨みつける。
「そうカリカリすんな……こっちにもダメージがあるんだ、お互い様じゃねェか」
それが恐らくモネやヴェルゴ、そしてSADを破壊した事を指しているんだとリイムはすぐに理解したが、そんな事よりも何故あの場でローや自分を殺さなかったのか
何故生かしたままこの王宮であろう場所へと連れて来たのか、鎖が海楼石ではないのは私に負ける事はないという絶対的自身なのか……
尋ねたい事は山程あったが思わず言葉になったのは、ベビー5曰く今の所は無事であるというローの事だった。
「……ローを」
ローをどうするつもりなのか、そう続くハズだった言葉はドフラミンゴの眉間がピクリと動いた事により飲み込まれる。
聞くにしてももっと別の聞き方もあったはずで、半ば無意識に出たこの言葉にドフラミンゴに弱みを晒した様な気分になったリイムはチッと小さく舌を鳴らす。
そんなリイムを見下ろすドフラミンゴはいつもの様に不気味に笑う。
「散々利用されてまだアイツを心配すんのか、お人好しだな。あの時もそうだ……麦わらになんか加担しなきゃァ、お前がシャイニーの娘だと大々的に知られる事もなかっただろう」
まるで人の傷口を抉るかの様な物言いで、ドフラミンゴはリイムの目の前で足を止めると口角を吊り上げてその場にしゃがみ込んだ。
「利用されてようとアンタにはこれっぽっちも関係ないし、あの場にいなくたって遅かれ早かれあの人の事は世間に知られる事になったわよ」
「本当に…その人に噛み付くような、気の強い所はあの女を思い出すな」
「シャイニーの事?…あぁ、海軍時代に追われでもしてたのかしら?本っ当にあの人って顔が広かったのね」
「広いってもんじゃねェ、あの女は……」
「……?」
ずっとリイムを見て話していたドフラミンゴが一瞬、視線をそらして言葉を濁し、一体何の話なのかとリイムはドフラミンゴを見上げる。
「世界政府にとっちゃとんだ番狂わせだろうなァ…幸運の女神のシャイニーに裏切られ、死んだかと思えばその娘も海賊。いつまで経ってもその能力を手にする事が出来ねェ」
「……さっきから何の話よ」
再び視線を戻してそう話すドフラミンゴにリイムは顔をしかめる。母親であるシャイニーの話を今する事に一体何の意味があるのだろうか、と。

「俺はお前のその能力を引き出す事も出来る、死神と恐れられ罵られるお前の運命すらねじ伏せる力もある」
そう言うとドフラミンゴは急にリイムの髪の毛を掴んで一瞬顔を覗き込むと、そのまま床へと頭を打ちつけた。
「っ!!」
勢いよく床に叩きつけられた痛みにリイムは思わず悲鳴を上げる。すぐにギシリ、と重さを感じ目を見開けばドフラミンゴが跨っており、体が勝手に震え出すような感覚を誤魔化そうとその男を睨み続ける。
「ローの本当の目的を、教えてやろうか」
「いい、聞きたくないわ」
「相変わらず素直じゃねェな…だが、いつまでそう威勢を張っていられるか!!?」
リイムに跨ったままのドフラミンゴはそっとリイムの顔の輪郭を手でなぞる。
そんなドフラミンゴの行為に身の毛がよだったリイムは、その手から逃れようととっさに顔を背ける。
「ただの逆恨みだ、お前はそれに利用されたんだよ」
「……」
“コラさん”“ドフラミンゴ”“逆恨み”
…その言葉を並べてもリイムには何一つ、それら意味するモノ、深い関わりに繋がる様なものも浮かばずに返す言葉が出てこなかった。
第一、この男の言う事なんて信用するに値しない。まだその答えを悩むべき所ではない、とリイムは思わずドフラミンゴに向けてしまった視線をそらす。
「その顔じゃあ、本当に何も知らねェんだな……しかし、ベビー5は随分と死神らしからぬ服を着せたもんだ」
「……アンタの部下でしょ、何とかしてよコレ」
「フッフッフ…この状況でまだそんな口が叩けるのか……そうだな、これじゃ締まらねェな。着替えくれェさせてやる」
鎖で縛られたままの両手を持ち上げられ、ドフラミンゴのもう片方の手はリイムのブラウスのリボンへと向かう。
するり、と解かれた襟元のリボンにリイムは再び鋭い視線をドフラミンゴへと送る。
「おいおい……そう煽るな、こんな部屋で女をどうこうする趣味はねェよ」
ニヤリと笑ったドフラミンゴはそのままリイムを持ち上げ、急に担がれたリイムはその衝撃で走った傷口の痛みに思わず声を上げる。
「いっ……!」
「お前は……この時代のうねりから逃れる事なんて出来やしねェ、現にパンクハザードでくたばらずにこうしてここにいる」
「だからっ、それが何だっていうのよ!さっきから……何を言っているの?」
「ウェザウェザの実の能力を持った者は、その宿命を背負うべきなんだよ……リイム」

急に目眩がし始めたのは突然動かされたからか、真っ暗な部屋から日の光が射し込む廊下へと出たせいなのか、それとも先程からのこの男の話に、なのだろうかとリイムはぎゅっと目を瞑る。
すぐにドフラミンゴの部屋のソファに半ば投げつけられる様に乱暴に下ろされ、あまりの傷口の痛みにその意識は次第に薄れていった。
体も思うように動かずに、どうにか能力を発動出来ないかと力を入れたがやはりそれは叶わずにズルズルとソファに体を預ける形になり、
リイムが意識を手放す瞬間の暗転した瞼には、ドフラミンゴの薄気味の悪い笑みが焼き付いていた。



世界の理

「……さて、目の前に持っていったらクソガキはどうするだろうな……」
「…ロー……」
「フッフッフッフッ…意識がねェってのに、それでもローか?妬けるじゃねェか」

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