〔34〕

カツカツと音を立てて、二つの足音が響く研究所内の通路。裏口に近づくにつれ徐々に増していくひんやりとした空気。
「…外?」
「…あァ」
外に出る理由が何となく分かったリイムは、それ以上何も言わずにローの後ろを歩く。
外へと出れば、ヒュオオオオオといつにも増して吹雪いている。耳を澄まし、その音に紛れてドゴォ…ンと遠くでする音に気付くリイム。
「あっち」
「…」
そうローに告げ、方向を変えて歩き出すと、近くにいたシーザーの部下が話しかけてくる。
「あれ?ローさん達、どちらへ!?」
「今近くに海軍の奴らが!」
「…知らねェよ」
「え!?」
少し驚いた部下達を、ローは一瞬で真っ二つに斬ってしまう。
「…あらあら」
「…」
「それにしても…ルフィ達が来てから本当に慌ただしくなったわね、この島」
歩く度にギュッギュッとする鳴き雪を聞きながら、倒れた部下を背に並んで歩いていく二人。
「…どの道、そろそろ動く時だと思ってはいたからな」
「…そう」真っ直ぐに前を見て話すロー。
その視線の先に、何を見ているのか、私はあなたのその視線の先にいますか…
リイムは少しだけ立ち止まって真っ白な空を見上げた。
ぽつぽつと顔に着地した雪達はすぐに溶けて、リイムの頬を伝って流れていった。

「あらー、派手にやってるわね」
「…」しばらく歩いてからシャンブルズで山の上の方へと上がれば、
クールブラザーズと思わしきイエティとルフィ達がドタバタとやり合っているのが見えた。
既に兄弟のうちの一人は倒れているように見える。
「どうするの?ロー」
「…」
もう一人のイエティが、手にフランキーを握ってこちらへと登ってくるのが見える。
「あら、フランキー…って、中身違うんだったわ」
おとなしくつかまってしまう位だ、ナミかチョッパーあたりだろうとリイムはその行方を見守る。
「オォ!お前ら…いい所に!!今麦わらのルフィがここに…」そうイエティが喋った次の瞬間。
スッとローは構えると、ズバァン!!と一瞬で体を真っ二つにした。
「今日は本当によく斬る日ね」
「え!?…ぬあ!!」
イエティは何が起こったか一瞬戸惑ったものの、ローに斬られたという事を理解すると
「てめェ何のつもりだァ〜〜〜!!」と小刀を手に上半身だけで起き上がる。
「…」
ローは鬼哭を雪に差すと、ばっと飛び上がりイエティの懐へと飛び込む。
「カウンターショック」
そう呟けば、ドンッ!!と電気がイエティの体を駆け巡り、その巨大な半身は雪へと沈んでいった。

「…!?トラ男〜〜〜!!」
そう叫ぶルフィに、リイムも眺めていた場所からローの元へと歩き出す。
「あ…ありがとう…あ、違う!!あんた私の体返してよ!!」
聞こえてきた声に、中身がナミである事を理解するリイム。
「お前、ナミを助けてくれたのかー!!あ!リイムもいるじゃんか!」
「…」「フフっ…」
「ってー!!リイム!何笑ってんのよ!」
「いいえ、あまりにも…その…滑稽だと思って」
「もうちょっとオブラートに包みなさいよー!!」
フランキーの姿で喚くナミに、リイムは笑いをこらえて口を塞ぐものの、その笑いはどんどん漏れていく。
「…少し考えてな…お前に話があって来た…麦わら屋」
「?」
「…っ」
そうだ、同盟の話だわ、とリイムは笑うのをこらえて真顔に戻そうとする。
「…んん!ゲホゲホ」
「…」
その空気を読もうとしながらも、どうにもならないといったリイムの顔を見たローは大きくため息をつき、
「とにかく…ここで言うのも何だ…」と研究所の跡地へとルフィ達と移動した。

「お前らは偶然ここへ来たんだろうが…この島には新世界を引っ掻き回せる程の…ある“ある重要な鍵”が眠ってる」
「……?」
ルフィとナミはぽかんとしたまま、こちらを見ている。
「新世界で生き残る手段は二つ…四皇の傘下に入るか、挑み続けるかだ。誰かの下につきてェってタマじゃねェよなお前」
「ああ!俺は船長がいい!!」
「だったらウチと同盟を結べ!!」
「…同盟?」
ルフィが、同盟という言葉に興味を示したのか、少し目を大きく見開いてローを見る。
「お前と俺らが組めばやれるかもしれねェ…“四皇”を一人…!!引きずり降ろす策がある」
「!!??」
ローがそう言い放てば、真っ先に反応したのは…ナミだった。
「同盟ですって!!?あんた達と私達が組めば四皇の誰かを倒せるの!?バカバカしい…!
いくらリイムを知ってるとはいえ、あんたの事は知らないわ!何が狙いかしらないけど…リイム!?」
何考えてんのよとでも言いたそうに、リイムも何か言いなさいよ!と視線を向けるナミ。
「…」
まぁナミの言いたい事も分かるわとリイムは思う。昔の私なら、こんな事を言い出すローの事を全力で疑いにかかるだろう、と。
それに、海賊同士の同盟なんていい話を聞いた事がない。でもこれは、ローとルフィの話だわ、とリイムはニコっと笑って無言のまま首を傾げる。
「…もう、人形にでもなったのかしら!とにかくダメよルフィ!こんな奴の口車に乗っちゃ!」
「………」
「いきなり四皇を倒せると言った訳じゃない…順を追って作戦を進めればそのチャンスを見出せる、という話だ…!…どうする?麦わら屋」
「その四皇って、誰の事だ?」
「ちょっとルフィ!何興味出してんのよ!こんな奴信用出来ない!」
リイムの予想通り、ルフィはこの話に少なからず興味を持ったようで、ローにそう問う。増していく吹雪の中、リイムはルフィの出す判断を待った。
「そうか…よし、やろう」
「…フフっ」
すぱっと答えるルフィの姿に、リイムも思わず微笑む。
「えええええ〜〜〜〜〜!!!」
「…」
ナミの悲しい叫びだけが、真っ白な雪山にこだまして響いた。

−同じく研究所の跡地、麦わらの一味避難所では…
えええええええ!!やら、ぎゃあああああ!!と言った悲鳴が響き渡った。
「ええ〜〜!?」
「ハートの海賊団と同盟を組む〜〜〜!?!?」
ルフィについて歩いて行けば、そこにはサンジなチョッパー、ウソップ、ロビンが居たのだが。
「ナミを奪いに行っただけで何でそんなエキセントリックな話になってんだよおォォ!!」
ロビン以外は全員、この話に明らかに動揺している。
「いくらリイムん所の船長とはいえ…こんな得体の知れねェスリリング野郎と手を組んだ日にゃ俺ァ夜もオチオチ眠れねェよォ!!」
「ほらねルフィ、みんな反対でしょ?やめましょうこんな危ない話に乗るの!!」
ルフィをぶんぶんと揺さぶるウソップにフランキーなナミも、航海には私達のペースってものが…とルフィを説得する。
「そうだルフィ!だいたいまだ四皇を視界に入れるなんて早すぎるよ、戦えるわけない!!」
「す…ズーパー…」
チョッパーも、ボロボロになったフランキーを診ながらそうぼやく。
「…」相変わらず騒がしいのがいい所というか何というか…そんな風景をニコニコしながら眺めるリイム。
そんなリイムを見たロビンは、一体何を考えているのかしらとリイムの側へと近づく。
「リイム、彼は本気なの?」
「ええ」
「…ルフィ、私はあなたの決定に従うけど…海賊の同盟には裏切りが付き物よ…人を信じすぎるあなたには不向きかもしれない」
「そうねー」
リイム、あなた一体どうしたいのよとロビンにつっ込まれながらも、リイムはルフィは本来の意味で同盟を組んでいないだろうと予想していた。
「え、お前裏切るのか?」
「いや」
「あのなァ!!」
ルフィがローに問えば、ローもまた即答する。
「とにかく海賊同盟なんて面白そうだろ!?トラ男は俺、いい奴だと思ってるけどもし違ったとしても
心配すんな!俺には2年間修行したお前らがついてるからよっ!!」
「フフフ…」
「え〜〜〜!!」
「ルフィお前…」
「や、やだもールフィったら照れる〜〜〜」
「そりゃな、俺達は頼りになるけれど」
「よ…よし、ルフィ!俺達にどんと任せとけ!ゾロ達もビビってやがったら俺様が説得を!!」
「…この人達も本当に船長に弱いのね」
「…そうね」
えへへへ、イヤイヤとデレデレ照れるナミ達を見ながらリイムはロビンに微笑んだ。
「…」
「ロー、どうしたの」
リイムはふとローに視線をやれば、何ともいえない表情で彼らを見つめている。
「…」
「これで驚いてたら心臓がいくつあっても足らないわよ」
「…そうか」
一応、頭に入れておく、とローはため息をついた。

「シャンブルズ」
「ウオ〜〜戻ったぜェ!俺の絶好調ボディ〜!やはり俺は俺に限る!ん〜!スーパ〜〜!!」
ローが入れ替わっていた精神を元に戻す。
「よかったわねフランキー、もうチョッパーの体には入らないで欲しいわ、二度と」
リイムは笑顔でそう呟くロビンの黒い笑いを目撃する。
「…ロビン」
「何かしら?」
「黒さに磨きが掛かったわね」
「あら、リイムこそさっきから悪そうな顔してるわ」
「悪そうなんて失礼ね、だってあのローのあたふたする姿を想像すると…フフっ」
「そういう事なのね…分かってたなら教えてあげればいいじゃない」
立ち尽くすロー、元に戻ったフランキーとチョッパー、チョッパーのケガの言い訳をするルフィ、
一人戻らずサンジの体に入ったナミ達がやいやいとしている姿を横目に二人は話す。
「そしたらそもそも同盟の話もなくなっちゃうかもしれないじゃない」
「…本当に悪い女ね」
「楽しい航海のほうがいいでしょう?」
「まぁそうね」
クスクスと笑いながら、リイムはそういえば、と話を切り出す。
「ゾロとサンジと骸骨くんは?」
「お侍さんの体を捜しに出てるわ」
「成程ね…あの2年間は、修行してたのね」
先程、ルフィが2年間の修行、と言っていたのを思い出したリイム。
復活の記事が新聞に載るまでの間、リイムは大丈夫だと思いつつも、ゾロたちの事が気になっていた。
「ええ、みんな本当に強くなったわよ」
「…そう」
そうロビンと話していれば、ルフィ達の話の話題は子供達へと移っていた。
「こんな厄介なモン放っとけ…薬漬けにされてるらしい…」
「わかってるよ!!調べたから!だから家に帰してやりてェけど薬を抜くのに時間が掛かるし、何よりこんなに巨大化している!!」
横になったままのチョッパーが涙ながらに叫ぶ。
「人の巨大化は…何百年も前から推進されている世界政府の研究ね」
「!?政府が?何のためにそんな事…」
「…兵士でしょうね…好きなだけ巨大な兵士を増産できれば政府に敵はいなくなるわ」
リイムはチョッパーやロビンに子供達を見上げながら答える。
「コレを成功させてシーザーは政府やベガパンクの鼻を明かそうってハラだろうが…そうそううまくはいかねェよ…
本気で助けてェのか?どこの誰かもわからねェガキ共だぞ…」そうローも子供達を見上げる。
「ええ、見ず知らずの子供達だけど泣いて助けてと頼まれたの…マスターは上手く騙してここへ連れて来た様だけど
本人達だってもうとっくにあの施設がおかしいと気付いてる…この子達の安全を確認できるまでは、私は絶対にこの島を出ない!」
ナミらしいわ、とリイムはローの反応を見守る。
「?…じゃあお前一人残るつもりか?」
「仲間置いてきゃしねェよ、ナミやチョッパーがそうしてェんだから俺もそうする」
「!?」
「…っ」
「何笑ってんだリイム」
ああもう、期待を裏切らない船長達だわ、とリイムはプルプルと口を押さえる。
「あと、サンジがサムライをくっつけたがってた…お前、俺達と同盟組むなら協力しろよ」
?「!?」?
「ルフィ…それ以上は…フフっ」
呆然と口を半開きにしたまま立ち尽くすローの頭上には、未だかつてない程のハテナが浮かんでいた。




計画通り

「ロ…ロビン…助けてっ、笑い死ぬわ!!」
「…こうなる事を望んでいたのでしょう?自業自得ね」
「…リイム、てめェ…!!」
「ロー…面白いわ!!」
「…ROOM」
「「っておい!!お前らやめーーーい!!!」」

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