〔12〕

リイムは数日間目覚める事なく眠り続けた。入れ替わりに心配したクルー達が部屋へやってきたが、その間常に側で看ていたのはローだった。
「おいフランジパニ屋、まだ動くなと言ってんだ」
「だって、もう平気よ?寝てばかりじゃ体がなまっちゃうわ」
目が覚めてからも安静を言い渡されていたリイムだったが、勝手に点滴をはずして歩き回ったり、目を離した隙に筋トレをしていたりと、ローはすっかり頭を悩ませていた。
「もうすぐ着くんでしょう?シャボンディ諸島に」
「そうだ」
「じゃ、なおさら寝てられないわね」
「てめェは人の話を聞いてねェのか?」
「もうちょっと安静にしてろって話でしょ?大丈夫、しっかり昼寝してるから」
「……傷口が開いても知らねェからな。諸島には既に数名、億越えのルーキーが集まってるらしい……勝手にフラフラすんなよ」
「あら、私行きたい所があるのに」
食堂でお茶をしながらぐるぐると腕を振り回すリイムに、ローは何を言っても無駄なのかもしれないとその動きをぼんやりと眺める。リイムはそんなローには気付かないまま目に付いた近くの新聞を手に取った。
「なら、その行きたい所ってやつにおれも行くからな」
「見てこの新聞、」
「聞いてんのかよ!」
「聞いてるわ、デートのお誘いでしょ?」
「誰がてめェとデートなんかするかよッ!!!」



「ねぇ、私が行きたいのあっちなんだけど?」
「うるせェ、黙っておれについて来りゃいいんだ」
結局、二人はシャボンディ諸島に着くや否や、やいやいと言い合いながら船を降りた。そんな二人をニヤニヤと見守っていたクルー達はその姿が遠くなると一斉に話を始める。
「……あれ、デートかな」
「デートだな」
「どっからどう見てもカップルだな」
ローはリイムに勝手に出歩かれてまた何か面倒が増えては困ると先手を打ち、早々に自ら船から引っ張り出したのだった。ペンギンとシャチは甲板から身を乗り出し、そんないつもと違った雰囲気のローの後ろ姿を見ながら話を続ける。
「何だかんだ言って、毎日付きっきりで看病してたし」
「だよねェ」
「リイムが来てから、ちょっと変わったよな」
「色々とな」
船の雰囲気も、みんなで笑う回数も。ついでに船長に怒られる回数も。そして船長の見た事のない顔も……そうペンギンは感じていた。
「なぁシャチ、あいつ、仲間になんねェのかな」
「んー、もう仲間みたいなもんだけどな」
おれの中ではな、と付け足したシャチはウンウンと大きく頷きながらそう呟く。
「まぁ……つまりはそうなんだよなァ」
シャチの言葉を何度も頭の中で繰り返しながら、ペンギンは並んで歩く二人の後ろ姿を、見えなくなるまで眺めていた。



「ねぇトラファルガー、どこへ行くのよ」
「黙ってついてくりゃいい」
「もう」
一方、すぐに船を出た懸賞金2億の二人組。ローはリイムの質問に答える事もなく、シャボンディ諸島をスタスタと歩いていく。迷惑もかけた事もあり、何だかんだ強く言い返せずにリイムはそのまま後を追って歩いていた。
「おい、あれは……死の外科医ローと、死神リイムじゃねェか!」
「本当に手を組んだのか!」
「記事は本当だった!こりゃあ大事だ!!」
ここは新世界前に誰しもが立ち寄る島、海賊も記者もゴロゴロといるのは当たりだ。特に何も気にする事もなく目的地へと進むローと、それについて行くリイムが目立つのは当然の事だった。

「はぁ……なんだか、騒がしいわね」
「そりゃあおれとお前が一緒に歩いてたら目立つだろう」
「あなた、わざと目立ってない?」
「は?そんな訳ねェだろ」
いたって通常営業の二人だが、周りから見れば記事の通り仲良くやり取りしているように見えるらしい。周囲のざわめきは広がる一方だった。
「ありゃ、まさか本当に付き合ってんのか?」
「……今年のルーキーはすげェな」
雑音に紛れて聞こえてきた声に少しだけイライラとしてきたリイムは、ローの腕を引き寄せて少しだけ背伸びをすると、周囲に見せ付けるようにわざと耳打ちをした。
「……もう諦めるわ、今日はトラファルガーの好きにしていいわよ。どうせ私がどこへ行こうとしても自由にさせてはくれないんでしょう?」
「それなら、遠慮なく」
その言動の意図を汲み取ったローはそう返事をするとリイムのピアスを指でパチンと弾いて言った。
そんなやり取りをみた海賊たちはポッと顔を赤くし「なんだこいつらこんな道端でいちゃつきやがって!」と吐き捨てそそくさとその場から離れていった。
そんな周囲の予想通りとも言える状況に少し満足したのかリイムは無意識に口角を上げてローに問い掛ける。
「あらあら、この程度で騒ぐようじゃ、本気でいちゃついたらどうなるのかしらね」
「やってみるか?」
リイムの問いにローもニヤリと笑いそう答えると、リイムもクスクスと笑いながらローに合わせるように歩幅を広げて歩く。
「……別にいいけど、大騒ぎよ、きっと」
「無駄に新聞に載るのは勘弁だな」
「ペンギンからお説教くらいそうだものね」
「シャチが煩ェからな」
緑の茂る道を、船で二人の帰りを落ち着かずに待っているであろうクルー達の姿を思い浮かべ二人は歩みを進めた。



「……で、トラファルガー。何故、唐突にこんな所に?」
ローが急に立ち止まったのは、リイムがまるで予想していなかったアクセサリーショップだった。ローはリイムの問いかけに答える事なく、入るぞ、と店内へと入って行く。リイムも仕方なくローに続いて店に入ったまではよかったのだが、次の瞬間ローが発した言葉にリイムは一瞬動きを止める。
「好きなピアスを選ぶんだな」
「え」
「おれが買うと言ってるんだ」
リイムの頭に?が浮かぶ。何故突然そんな事を言い出すのか。しかもわざわざ買うのだというから尚更だ。
「え?ピアスなら足りてるわよ」
意図が理解できずにそんな事を言ってみるがローは聞く耳を持たない。そしてひとつため息をついたのをリイムも聞き逃さなかった。
「……お前、いつまでそのピアスつけてんだよ」
なるほど、とリイムは左耳のピアスに手を添える。ローが柄にもなくピアスを買うと言った理由はこのピアスの代わりを探す為なのだろうと納得すると同時に、今更買い替える気もあまりないのだと、あの時はっきり伝えればよかったとも思った。
「……説明したでしょ?気に入ったのがあれば変えるって」
「だから気に入ったのを選ぶんだな」
「ないわ」
「選ぶ気ないだろうお前」
「だ〜か〜ら!これは三人の誓いなのよ!」
「……三人?」
言ってなかったかとリイムは少し考える。しかし未だにしっくり来ていないような表情のローにああもう面倒臭いと吐き捨てる。
「ちょっと、一旦お茶でもするわよ、トラファルガー!」
そうため息交じりに呟いたリイムはローの手を引くと有無を言わさずにそのまま店を出た。



お互い無言のままなのが気になるような、などと考える間もなくリイムは近くに目に入った喫茶店にずかずかと入りメニューを遠目に眺める。
「さぁ、さっさと飲み物を選ぶのね!」
「同じのでいい」
「あらそう」
あっさりと返って来た言葉にリイムはすぐにカウンターまで進むと、ホットグリーンティーを2つ店員に頼む。予想していたよりもすぐに出てきたのでそれを手にすると近くの空いている席へと向かった。
お互い向かい合って座り、リイムはローの前に買ったお茶をひとつ置くと覚悟はいいかと問いかけるようにローの顔を覗き込む。
「さて、話していなかったとなればさっさとさっくり話すわよ?つまり、ゾロともう一人幼馴染みがいたのよ、くいなって言うんだけど」
「……ほう」
一体何を話して何を話していなかったのだろうか、とリイムは思いながらもカップを手に話を進める。
「三人で約束をした次の日にね、彼女は死んでしまったの」
リイムはお茶を啜りながらまるで人事のように淡々と話す。急に始まった話だったが、その姿をローもただ静かに眺めていた。
「私達は、天国のくいなにも届くような大剣豪になって、世界中に名を轟かせてみせると誓ったの。それに……私は彼女の意志と決意を、絶対に遂げなければならないから」

ローは淡々と話すリイムの内に秘めた何か、を感じ取る。意志と決意か……ローは手元のカップの中のお茶の波紋に視線を落としたがすぐに顔を上げる。
「……お前、ラフテルに行きてェんじゃなかったのか?」
「んー、それとはまた別のお話じゃないかしら」
リイムはお茶のついでに頼んだクッキーを頬張りながら首を傾げてローの問いに答える。そしてつまんだクッキーの裏表を交互に眺めながら呟く。
「それに……トラファルガーもワンピースより、大事な何かがあるんじゃないの?」
「は……なんでそう、思うんだよ」
ローは一瞬、心臓がドクリと跳ね上がった。何か見透かされているような、真っ直ぐなその瞳から目を逸らせずにいたが冷静を装いお茶を口へと運ぶ。それを見たリイムも手にしていたクッキーを口の中にぽいっと放り込んだ。
「短い間だけど、一緒に居てなんとなくそう……思っただけよ。まぁ、聞くつもりもないから気にしないで」
「聞くもなにも、んな事ねェよ」
「あら、じゃあいつか話したくなったら聞かせてね」
「だから、ないと言ってるだろう。それにしても、だ」
「?」
ローはテーブルに肘をつくと顔の前で手を組んだ。そして話を逸らす為でもあったが今一番の疑問をリイムへ投げてみる事にした。

「そんだけ色々あって、何故ロロノア屋と一緒に海を出なかったんだ」
「……」
リイムは思う。彼はどうしてこうも私の心にこうも簡単に踏み込んでくるのだろうかと。笑いたくない時に笑わなくてもいい。そんな事、誰にも言われた事もなかったのに……逸らされる事のないローの目を見ながらリイムはニッコリと答えた。
「それは、秘密よ」
「へェ」
「ゾロはたぶん……私にくいなを重ねてたのよ」
「お前!!しゃべりたがりか!!」
「だって、あなたが聞いてきたんじゃない、どうしてゾロと一緒に海をでなかったのかって!」
「2つ前の発言を思い出せ」
「……ゾロは、くいなが好きだったのよ、死によってそれはさらに強まった、と思うの」
「もういい、勝手に話せ」
ぽそりぽそりと話し始めたリイムに、ローは半ば諦めてぬるくなってきたお茶を口にする。本当に自分勝手な面倒な女だと思いながらも、それが嫌ではないと思う不思議な気持ちを抱えながら。
「で、丁度帰る家もなくなっちゃったから、私は彼より先に海にでたのよ」
「お前、重要な所端折ったよな?」
「ん?そうかしら?」
ローは、それじゃまるでお前はロロノア屋の事が……そう言いかけてお茶と一緒に飲み込んだ。
「あのまま一緒にいたら、とか色々考えて結構すぐ別れちゃったのよ」
「まぁ、理由は分かっ……?はっ?」
「は?」
「別れた?」
「別れた」
「誰と、誰が」
「私と、ゾロが」
「てめェら付き合ってたんじゃねェか!!!」
「そう言わなかったかしら?」
「言って、ねェよ……」
「あら」
ローはテーブルに手をつくとハァ、と大きくため息をつく。なんだってこいつはいつも肝心な事を口にしない、もしくは口にした気でいる。挙げ句あの“海賊狩り”が元彼だという事になる。そう思うとドッと疲れのような重い何かがローの心にのしかかった。

「……飲み終わったら買いにいくぞ」
「え、人の話を聞いてたのかしら?」
「聞いたから、なおさらだ」
「どうしてそうなるのよ」
「色々思う所があるのは置いとくとしてだ。未だに元彼と同じモンつけてるとか未練タラタラじゃねェか!」
「違うわよ、恋人である前にやっぱりどうしたって幼馴染でライバルだったのよ。だから、それ以前の問題なの!」
「てめぇ、仮にもおれの女が、他の男と……しかもあの海賊狩りとお揃いのピアスなんかつけてんじゃねェ!よ?」
ローは一瞬、自分が何か変な事をリイムに言ってしまったような気がして口が開いてしまったが、目の前で同じようにあんぐりと口を開くリイムの姿を目にする。
「はっ!そうだった、私トラファルガーの彼女(仮)だったわ!!?」
不覚だったと動揺するリイムに、ローは何故か少しホッとしたが、その安堵の気持ちを何故感じたのかはよくわからないままだった。

「も、もう、わかったわよ、でも、気に入ったのがなかったら買わないわよ!」
「なきゃおれと揃いのにでもするか?」
「え、それは……なんかすごく嫌だわ」
「は?」
「いい歳してそんな恥ずかしい事できないわ!」
「おいてめェ!今!自分がしてる事を思い直せ!」
「これはいいの」
「よくねェよ」
「それにしても、」
「何だよ」
リイムはニヤリとしながらローを見つめる。リイムが今までの会話の中で少しでも気になる所を聞き逃すなど、そしてそれを忘れる事などあるはずがなかった。言われっぱなしなのは気に食わない。すぐにそれを引っ張り出して反撃攻勢へと出る。
「色々思うところ、って何かしら?」
「……色々だ」
「何よ、教えてくれたっていいじゃない」
「ほら、さっさと行くぞ」
そう言って立ち上がるとローは見向きもせずスタスタと歩いて行ってしまった。リイムも仕方なくそんなローを小走りで追いかけ、再び先程入った店へと向かって歩いて行った。



「トラファルガー、私、嬉しかったのよ」
「あ?」
「……あの後、私が起きるまでずっとあの部屋に居てくれたんでしょう?」
「チッ、ペンギン余計な事を」
「え、何で隠すのよ」
「うるせェ」
リイムが追いつき、ローとは並んで歩いていたハズだったそんな二人の距離は今の会話をきっかけ間が広がる。それでもリイムは再び追いつこうと、そしてこの気持ちをどうしても伝えておきたいと、そう思い速度を上げて歩いていた。
「目が覚めた時ね、トラファルガーが居て、皆が居て」
「……」
「私すごく、嬉しかったのよ」
「……医者として、すべき事をしたまでた。急に何だ、おだてたって何も出ねェからな」
「何よ、人が素直に話してるのに」
「てめェが素直だと気持ちが悪い気味が悪い」
「煩いわねツンデレ外科医」
「おい、誰がツンデレだと?」
少しだけ歩く速度を落としたローに、リイムはにっこりと笑いながらツンデレツンデレと連呼する。そして目的の店の前に着く頃、言い返す事を諦めたローの拳骨がリイムの脳天に直撃したのだった。



さざめくシャボン玉

「ねえ、トラファルガー」
「何だ」
「欲しいのがないわ」
「……本気で探す気ねェだろ」
「おうおう兄ちゃん!彼女にプレゼントか?」
「彼女じゃねェよ」
「照れなくてえェって!店の外じゃ仲良くしてただろう?」
「……!あれは!」
「ウフフ」
「お前も笑ってないで早く選べ!」

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