〔6〕

……結局、集合時間に遅刻したリイムは理由が寝坊であると告げるとクルー達にドッと大笑いされた。
まさか、歓迎会という名の宴が催されるなどとリイムは考えてもおらず、その点については申し訳なく思った。
「おれは食堂がわからなくて迷子にでもなってんのかと思ったよ」
「……フフっ、どっかの誰かじゃあるまいし」
リイムがそう呟くとペンギンは誰だそれは?と首を傾げる。そんなペンギンに対してリイムはにこやかな表情を浮かべながら答える。
「私の幼馴染が迷子の天才なのよ」
「ってことはお前もその素質があるのか?」
「ないわよ、どうしてそうなるのよ」
開始直後は代わる代わるクルーに質問攻めにあっていたリイムだったが、ある程度落ち着き皆それぞれが思い思いに飲み始め、リイムは目の前にいるペンギンと飲んでいた。
「そういや、リイムは秘密犯罪会社にいたんだろう?」
「ええ、まぁ一応」
あれは居た事になるのだろうか?大した仕事はしてない上に、彼らのやる事にさほど興味はなかった、とリイムは振り返る。
何故か、と、あえて理由をつけるのならば、何でも興味があったから、だろうか。矛盾しているかもしれないが、あそこに居た間はたくさんの情報を得る事が出来た。その結果知ってしまった彼らの真の目的には、そうなんだ、くらいなもので。
まさかそれを阻止しようとする海賊がアラバスタにやってきた事には驚いたし、そこに……ゾロが乗っていた事もあの時は正直不思議だった。
そして私は何故か最終的には内部崩壊を目論み麦わらの手助けをした、という事にになっている。
そんな事を思い出しながらリイムはBW体験話を当たり障りのない範囲でしていると、ペンギンが急に真面目な雰囲気でう〜ん、アゴに手を当てて考え出した。
「あれだな、改めて考えると随分物騒なヤバい女だな」
「……あら、本人を目の前にしてよく言えるわね」
さらっと本心とも言えそうな言葉を並べたペンギンに一瞬驚いて、いつもの斬られたいのかしら?などという冗談をリイムは出せなかった。
「味方、なら頼れる良い女だって事だ」
「フフッ、ペンギンったら、私を口説こうとでもしてるのかしら?」
「いや、身の丈は知ってるつもりだ」
「まぁ今は敵、ではないわね、でも」
随分と嬉しい事を言ってくれたがリイムには少しだけ、いや、少し所ではない程に気になる事があった。
「どうしてこんな得体の知れない女をあっさりと乗せちゃったのかしら?」
そう問い掛ければ、ペンギンはジョッキを手にすると考える素振もなくこう答えた。
「船長がそう言ったんだ、それだけだ」
「あら、そう。信頼しているのね」
海賊船で共に生きていくという上ではそれは至極当たり前のことだろうけど、とリイムが思っていればそのままの返事が返ってきた。
「当たり前だろ?それに……?」
「それに?」
「何でもねーよ」
「何よ、教えなさいよ、ペンギンのくせに」
変なところで濁すペンギンに、リイムはこれでもかとペンギンの帽子についているボンボンをぎゅうぎゅうにつぶした。
「フランジパニ屋、あまりうちのクルーをいじめるな」
「あら、そんな事してないわよ」
「ペンギンずるい!おれもまぜろー」
リイムとペンギンがわいわいと飲んでるのを見てか、ローとシャチにベポまで二人の所へとやって来た。
「あ!リイムのグラス空じゃんか!ペンギン気がきかないなぁ」
「おれは今まさにこいつにいじめられていた所なんだ!クマに言われたくないわ!」
「すいません……」
「人聞きが悪いわね、ペンギン。あら、ありがとうシャチ」
リイムがペンギンをじとっと睨んでいると、へこんでいるベポをよけてシャチがグラスへお酒を注いだ。
「よし、改めてカンパ〜〜イ!」
「ええ、乾杯」
「おれもおれも!」
「そう焦らなくても私は逃げないわよ、ベポ」
賑やかなクルー達。随分と受け入れられているのは、あの用意された部屋でも十分伝わってきているのだけれど、とリイムは目の前の海賊達を眺める。
「本当に、賑やかね、トラファルガー」
「こんなもんだ」
……リイムはふと、たったこれだけの事なのに自分はここに居ていいのかもしれないと感じて、この人達の事をもっと知ってみたいと、そう思った。

「そういえば、出航前に色々と派手にやってたけれど、あれがトラファルガーの能力なの?」
「じゃあ、お前の能力も教えるんだな」
「まぁ、今全部知っちゃってもつまらないわね、楽しみにしておくわ」
ニヤリと返事をしたローに、自分で振った話題だったがリイムはそう言って勝手に能力についての話を終わせる事にした。するとすぐに、今度はローからリイムへと疑問が飛んだ。
「一つ気になってるんだが、フランジパニ屋」
私も私だか、この人も話をぶった切ったりすっ飛ばしたりするのが随分得意なようで、と思いながらリイムは一応話しに耳を傾ける。
「そのピアス、おれはどっかで見た事があるんだが」
「これの事?」
ローに問いかけられ、リイムは自身の耳についたピアスを手で弾く。その様子を見ていたペンギンもそういえば、と酒を飲む手を止めた。
「おれもなんか見た事あるな、3つ並んでんの。何で見たんだっけかな」
ペンギンは、おれが見てるなら新聞か手配書か?とゴソゴソと棚から引っ張り出したそれらを漁り始める。
「これ、昔幼馴染と一緒に開けたのよ。で、その時に色違いで買ったピアスなの。気に入ったものがあれば変えようとは思ってるんだけれど」
まだ、そんなピアスには出会ってなくてね、とリイムが説明しているとペンギンが一際大きな声を上げ、周囲の視線はペンギンの手元へと集まった。
「あった!!これだ!手配書!」
「!!?」
「え!これ海賊狩り!?」
見つけたペンギンも口をあんぐりと開けているが、横でシャチとベポもえええ!と驚いた顔をしている。その手配書の写真に写っているピアスが、リイムの物と同じ形をしていたからだ。
「……“海賊狩り”ロロノア・ゾロがお前の幼馴染って事か」
「そうそう」
「……」
「え、何よ、いい歳してお揃いとかつけてんじゃねーよ、とか言いたそうな顔ね」
「よくわかってんじゃねェか」
「これは私達の誓いみたいなものよ」
「えっ、二人はそういう関係?」
シャチが真面目な顔してリイムの顔を覗き込みながら問い掛ける。それに釣られてハッとしてペンギンとベポもリイムの返事を待つ。
その表情に、リイムはそういう関係がどの関係の事を指すのか考え、すぐに何の事か察すると返事をした。
「フフッ、違うわよ、恋人とかじゃなくて、大剣豪になるほうの誓いよ!」
そのリイムの返答にペンギンとシャチがあからさまにホッとしたような顔をした。露骨にホッとされてはからかってみたくもなるもので、リイムはすぐに聞き返す。
「あら、そっちのほうがよかった?」
「いや、もしそうだったらおれら狩られるぞ!」
「そそ、そうだよ!人の女をこんなとこ乗せておけないわ!」
「ウフフ」
随分と焦る二人を見ていると面白いのだが、一人真面目に「そうしたら返り討ちにするまでだ」と呟いている声がリイムの耳に入り、リイムはどうしてかそれが堪えきれずに声に出てしまった。
「フフッ、フフフ」
「何をそんなに笑ってんだ」
「だって、Ifの話よ、そんな眉間にっ、しわ寄せて言わなくてもっ……ふふっ」
「おれももしもの話なんてしたくねェよ、それよりお前はいつまで笑ってんだ」
そう言ってローがリイムの頭を小突いたその時だった。

「キャプテン!!」
突如外を見張りしていたクルーの叫んだ声で、食堂には一気に張り詰めた空気が漂う。リイムももしかしなくても何かあったのだろうとその言葉の続きを待つ。
「北西の方向、おそらく海賊船です!」
「本当か」
「はい!推定であと20分程で射程圏内かと」
「折角美味しく飲んでたのに……」
「食料と酒盗って仕切り直しか」
ざわざわと皆が配置につき始めるのをリイムもグラスをテーブルに置いて冷静に見つめる。海賊船という事は、手加減も何もする必要はないだろう。
「この辺は海王類が多い海だと聞いてたからな、潜水してりゃスルーできたんだが」
「私はご飯とお酒の時間を邪魔されるのが一番嫌いなのよ」
この時間を邪魔されるのは我慢ならない。酔いは……この位なら何ら問題ないと思いながら立ち上がりクルー達の後に続いた。

リイムが甲板へと到着すると既に血の気が多そうな顔をしたクルーが数人とローがおり、ローとパチリと視線が合う。
「……随分悪そうな顔してんな」
「あら、それをあなたが言うの?」
「いや、お前が一番そんな顔してるぞ」
「そうかしら」
さっさとぶった斬ってしまおう、時間はあまりかけたくない。そうこう考えている内に、海賊船はほぼ目の前へと近付いていた。
「黄色い潜水艦!トラファルガー・ローの船だな!!2億の首を取れば名が上がるってもんよ!!」
その声と共に現れた海賊は……とリイムは賞金首リストに載っている海賊達を思い出す。一応載っていた気はするが、あまり記憶がないのでおそらく5000万以下だろうという結論に至る。
「今日は運が悪かったわね、えーと思い出したわ、園長、ズー」
そのリイムの言葉にブーっと吹き出すハートのクルー達の声が船上に響き渡った。
「んなァ〜〜〜!!名前が動物園みたいだからって園長じゃねェよ!つーかお前は死神のリイム!!何故この船にっ!」
「言ったでしょ、あなたは今日運が悪かったって」
それに、飲んでる最中に来たこともね!と付け足し、リイムが刀を抜こうと構えた、その瞬間。
「“ROOM”」という声と共に薄い膜のような円に包まれたと思えば「“シャンブルズ”」と、ローの声と認識できるものがリイムの耳に入ってきた。
そしてその瞬間リイムの腰にあった刀は先程まで飲んでいた酒のビンに変わってており、すぐさまリイムがローを見ればリイムの刀はローが持っていた。
「ちょっとトラファルガー!何のつもりよ!」
「お前、なくてもやれるだろ」
「私は剣士なのよ!」
そう言っても返す気はないらしいローの態度にカチンと来たリイムは「どうなっても知らないわよ!!!」とビンを放り投げながら吐き捨てた。
「なんだ、よくわからんがトラファルガーの味方ってわけじゃねぇのか?」
「それはあなたが知らなくてもいい事よ。残念ながら彼の首を狙って来たという事は、あなたは今、ここで死ぬのよ」
「合わせて4億の事態はまずいが、しかし死神!お前……本当に2億なのか?」
「その言葉、後悔しても遅いわよ、雲粒!」
リイムの周りを水蒸気が急激に覆い、ヒヤリとした空気が周辺を支配したかと思うと霧がかかった様にその姿は見えなくなる。
ゴオオォっとその水粒はキラキラと星の輝く夜空へと急上昇し、あっという間に形成された雲はまるで白い天井のように空に広がった。



かなとこ雲にご注意を

「あら、やっぱりこの海は荒れるわね」
「わあァ!キャプテン!何これ!雹ぉぉぉ!?」
「……」
「せいぜい船が壊れないように気をつける事ね」
「お前ら、全力で船を守れよ」
「「うえぇええ!!?」」

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