〔91〕

「トラファルガーにフランジパニ!やっと来たか!!」
「おいお前ら、どこにいても同じだ!!船を出せ!」
「全く……キミらを待ってたんじゃないか!!早くしろ!」
国中のガレキが空に集まる東の港。共闘した海賊達はローとリイムを見つけると、やれやれといったリアクションで船へ乗るように急かす。そこへ少し遅れて、レベッカをキュロスの元へと送り届けたルフィも姿を現した。全員が港へと辿り着いたとなれば一刻も早く船に乗り出航するだけだった。
バタバタと走り出したキャベンディッシュ達と共に、ふたりもオオロンブスのヨンタマリア大船団による連結橋の5キロ先、霧の中にあるという主船を目指す。

もう大丈夫だと、遠回しにおろして欲しいとローに注文をつけたリイムだったが、騒がしくてよく聞こえないという理由で却下される。結局そのままの状態のリイムは少し顔をあげ、港にいた藤虎とそこへ突っ込んで行こうとしているルフィへと視線を向けた。
出航を止めようと立ちはだかる藤虎に真っ向勝負を挑む姿が見えたが、ルフィが藤虎に思い切り吹き飛ばされたところでハイルディンにキャッチされる。そのまま勝負はつかずに、強制的に連れて行かれる事となった。
そんな一連の流れを眺めながら、ドレスローザでの出来事は最初から最後まで本当に嵐のようだったなとリイムは振り返る。海軍に追われたりするのには慣れたものだが、この島からの出航もずいぶんとドタバタとしていて、そしていつにも増して賑やかだ、と。

「リイム、随分顔色良くなったんじゃない?」
いつの間にか近くを走っていたロビンに、そう声をかけられる。こうして運ばれている事を一番に弄ってくるであろうロビンに突っ込まれなかったのは、もはやこの状態を当たり前の事として処理されているからだろうか……リイムはそんな事を思いつつ、自虐を交えて答える。
「王宮でゆっくり休めたからね。ほら、それに私、走ってないし」
「フフ、よかったわ」
「?」
「余計な心配だったみたいだから」
「何の心配をしてたのかしら」
「誰かさんが意地を張ってるんじゃないかって思ってたのよ」
誰かさんというのは十中八九私の事で、そして意地を張るというワードにも思い当たる節がありすぎる……リイムは素直にそうね、とクスリと笑いながら呟く。すると珍しいものでも見たような表情を浮かべたロビンが少しだけ考える素振りを見せた後、そう言えばと少しだけ口角を上げて微笑んだ。
「トラ男君もね、ずっとそわそわしてたのよ」
「っ……!おいニコ屋!適当な事言ってんじゃねェ!」
「ウフフ、本当の事なのに」
まさかのロビンの発言にローも思わず過剰に反応してしまうが、その表情はリイムには見えない。それでも何とも言えない温かなものをリイムは感じて、緩みそうになる表情をロビンには見られないようにと、グッと顔に力を入れた。

そんなやり取りをしながら黒い空の下、主船ヨンタマリア号まで着いた一行。その巨大な艦を前に驚きと興奮も混じったような声をあげるルフィ達に、何故かバルトロメオが自分のものかのように紹介し始め、そして緊急を要するのだと、早急に乗るようにと説明する。
話半分に聞きながらルフィ達に続いて乗船したローとリイム。ようやく一息つけるなと大きく息を吐いたローは、適当に寄りかかれる場所を見つけると長らく担いでいたリイムを肩から下ろした。
「さすがに疲れたな」
「……!私は大丈夫だって言ったのに」
その場にどさっと座り込むロー。理不尽な小言を言われながらもやっと自由の身になったリイムだったが、ホッとしたのも束の間。
「なっ……」
すぐにリイムの視界がゆらりと動く。ずっと担がれていた為に少しよろけたのかと思ったが、バランスを崩した原因はそうではなく、座り込んだローがリイムの上着を思い切り引っ張ったからだった。
そのままリイムは膝をつくような形でローに向かって倒れる。まるでそれが狙いだったかのようにローは自然にリイムを受け止めた。
「もう……本当に、何してるの」
「疲れたんだ」
「それはわかったけど、人を巻き込まないでもらえない?」
「もう散々巻き込んだんだ、大した事ねェだろ」
「それはそうなんだけどね、」
より一層増したように感じるローの自分勝手さに呆れながら、そこまで言ってリイムはこれ以上文句を言うのをやめた。代わりにローの腕から抜け出そうとしてみるのだが、両腕が体にしっかりとまわされている。これをどうにかするには、かなりの労力がいるだろうと、それも諦めることにした。
ローの息は上がったままでまだ落ち着いておらず、大きく揺れる呼吸に、温かな体温に、リイムはローが生きているんだと改めて実感する。なんだかこれはもう、折角なのでこのままでもいいかもしれない、リイムはそんな事を思い始めた。
しかし、抵抗すると思っていたのか、思っていたよりも大人したせいなのか、面白くないとでも言いたげなため息をひとつついたローはあっさりと腕の拘束を緩めた。それにはリイムも僅かに眉間のシワを深める。
「……そんなため息ついて、どうするのが正解だったの?」
「別に、んなもんねェよ」
「あっそ」
リイムはそれならとローの腕から抜け出だして座り直そうする。すると今度はぽすりと頭の上に何かが乗った。リイムにはそれがローの手だという事はすぐわかったのだが、自覚したからといって事ある毎に過剰に反応するのも面倒だと、そのまま何事もなかったかのようにローの隣に腰を下ろす。

「当たり前だけど、どこを見ても海賊、しかもすごい人数ね」
「……あァ」
ローはリイムの言葉に適当に相槌を打つ。何をかは明言していないものの、自覚したのだというリイムの反応が見たくて置いた手はあっさりとスルーされ行き場を失くす。今更頭を撫でた所で大した事ではないのだろうか、一体どうしたものかとローが考えているとそこに驚く程自然にリイムの手が重なった。それはそのまま、頭の上からリイムの膝の上へとおろされる。
「ルフィ達、何の話してるのかしら」
「……興味ねェな」
「本当に?」
すぐにどかされると思っていたローだったが、予想に反してリイムの手は重ねられたまま、しっかりと握られていた。反応を試されてるのは自分のほうなのかもしれないと、ローは一度リイムへと向けた視線を元に戻す。
「んー、世間話ではなさそうだけど」
「ヘェ……」
少しの間、無言のまま、ローもリイムもただ船の様子をぼんやりと眺めていた。まるで周りから存在が消えたような、誰も自分達に気付いていないかのような穏やかな時間。ほんの数分だったがそんな空気がふたりを包んでいた。
「……さてと、もういいかな」
「?」
「休憩」
リイムはそう言うと手を握ったまま立ち上がり、そのままローを引っ張る。早く立てと言わんばかりの表情で引っ張られたローは、さっきのお返しとも取れるリイムの行動に、今のこの一瞬の出来事に名残惜しさを感じつつも仕方なく重い腰を上げた。
「大丈夫よ、この後宴になるだろうし、たくさん飲んで休めるから」
「で、お前あいつらの話気になって聞きたいだけだろ」
「まぁ、同盟相手の情報はあったほうがいいでしょ?」
そう言われ、そのまま半ば強制的にリイムに連行されるような形でローはルフィ達の近くへと移動する。

「彼ら、王宮でルフィの話で随分と盛り上がってたけど、成程。やっぱりそういう事なのね」
そこにはルフィと共闘した海賊達、キャベンディッシュ、バルトロメオ、サイ、イデオ、レオ、ハイルディン、オオロンブスが集まっており、各々がルフィ達に自身と、自身の組織の紹介をしている所だった。
「しめて5600人いる……!!ルフィ先輩!その代表のおれたづ7人と!“親子の盃”を交わしてけろ!!!」
「親子〜〜〜!?」
「んだべ!あんたが親分!おれ達ァ子分!どうかおれらを海賊“麦わらの一味”の“傘下”に加えてけろ!!!」
「これはおれ飲まねェ!!」
バルトロメオ達の申し出を迷いもなく拒否し、大船団の大船長になる事を窮屈とまで言い放ったルフィ。さらには、そういうのはコイツにはムリだからと、バルトロメオに酒をジョッキにつぎ直せと指示するゾロの姿。目の前で繰り広げられる出来事に、リイムは思わず緩んでしまった口元を手で覆う。
「だからよ!!おれは“海賊王”になるんだよ!!えらくなりてェわけじゃねェ!!!」
「……オイ、何言ってんだ?コイツ……」
「くっ、フフフっ……」
ローはルフィの発言に顔をしかめ、リイムはゾロも含め、改めて自由すぎる麦わら海賊団に思わず声を漏らす。さらにはゾロが酒を手ですくい味見し、突っ込みを入れるウソップの姿がリイムの目に入った。
「割といい酒だ……」
「コップでのめ!!行儀悪ィな」
しかし、その突っ込みは親子盃用の酒を飲んだだ事ではなく、手で飲んだ事に対するもの。そして私達もと言わんばかりに笑顔で寄って来たロビンとフランキー。隣では未だにしかめ面をしているロー。
リイムは懐かしい気持ちを思い出したような感覚になる。こんな些細なやり取りで、ホッとするというか、クスリと笑えるというか……もういつからかはわからないが、自分は随分と余裕を失くしてしまっていたんだな、と。

「もしおれ達が危ねェと思ったらその時は大声でお前らを呼ぶから!!そしたら助けてくれよ!!親分や大海賊じゃなくてもいいだろ!?お前らが困ったらおれ達を呼べ!必ず助けに行くから!!一緒にミンゴと戦った事は忘れねェよ!!」
これから先の航海で、海賊王になるなら5600人でも戦力としてはまだ足りないと力説したバルトロメオだったが、ルフィの言葉に、感極まったのか震えながら涙を浮かべる。
「……なんか言いてェ事がわがってきたべ、ルフィ先輩にとっての“海賊王”の意味が……偉いんでねぐて、“自由”……!?」
ルフィ達のやり取りに聞き入るリイム。……こんなルフィがいてくれたから、私達は今ここにいる。そしてあの日、マリンフォードでローがルフィを助けたから、ルフィはここにいて……もしローが助けなくても、誰かが助けたのかもしれないけれど、あれから2年経って、今こうして同盟を組んでいるなんて思ってなかった。
不思議な縁というものはきっと存在している。どこで、どんなきっかけでそんな運命的な繋がりが生まれるのかはわからない。でも確かに、そういうモノはあるのだと、リイムはルフィの背中を見つめていた。

その直後、ドカァン!!と物騒な音を立て衝撃と煙が立ち上り、船が一気に騒がしくなる。それは砲撃によるもので、ルフィ達を恨む者による連合艦隊の仕業だった。
しかし今はそれどころではないのだと、敵船団をなぎ払うようにとオオロンブスの指示が部下へと出され、やり取りは続行された。
そしてルフィが親の盃を飲まなくてもいいという結論に至ったようで、代表してバルトロメオが口上を述べ始める。リイムはローの顔を一瞬だけ視界に入れてもとに戻すと、肘でこつりとローの腕を小突いた。
「ローが今考えてる事、何だかわかるわよ」
「……?」
ルフィの子分志望者達による、異例とも言える子分盃が交わされる。程なくして、空を埋め尽くしていたガレキは、ヨンタマリア号ではなく連合艦隊の船へと降っていった。ローとリイムは、その様子を眺めながら小さく言葉を交わす。
「早くみんなに会いたいって、思ってるでしょう?」
「……なんでそう思うんだ」
「私が、そう思ってるからかな」

晴れて麦わら大船団が結成され、ドッと盛り上がった目の前の賑やかな光景に、リイムはゾウで待っているであろう仲間達の姿を思う。ローと一緒に戻ったらたぶん、これ以上に騒がしくなるに違いないだろうと思いながら。
「それでね、少し話が逸れるんだけど」
「なんだ」
「私が……アラバスタを出たルフィの船に乗った理由」
ルフィ達を眺めたまま、ぽそりと呟いたリイム。ローは急に何の話だろうかと思いながらも、素直に返事を返す。
「……?ゾロ屋が、いたからだろ」
それ以外にあるとすれば、ニコ屋と接点があって、いやそもそもその時点ではまだニコ屋はまだ麦わら屋の正式な仲間ではなかったと、リイムがそんな話をしていた事があったような。おぼろげな記憶を引っ張り出しながらローはリイムの返事を待つ。
「確かにそうなんだけど……私、ちゃんと自分の居場所を見つけたゾロが、どこかで羨ましかったの。私より後に海へ出たのに、いつの間にか海賊狩りなんて呼ばれて、ゾロ自身も海賊になってて、どんな人達と航海してるのかなって、ルフィが、一体どんな人物なのか気になったりしてね」
「……前も聞いたかもしれねェが、乗った理由も、そのまま一緒に行かなかった理由もゾロ屋って事か」
「んー、そういう事になるのかな。やっぱり。ちゃんと自分で見つけたかったから」
随分と自分の事を話すんだなと、ローは横目でリイムを見ながら思う。もしかすると、センゴクとの話を聞いてしまったからなのか、それともただ単に話したいだけなのか。どちらにせよリイムの本心のようなものを聞ける事はそう多くないかもしれないと話を続ける。
「赤髪の誘いを蹴ったのも同じ理由か」
「うん。でも赤髪さんも最初から私を連れてく気なんてなかったわ。私がイエスと言わない事もわかった上で、突っついてくれたんだろうなって思う。きっと先生辺りに頼まれたんじゃないかしら。海に出てもしばらくコソコソ過ごしたり、いつまでもひとりでフラフラしてるからーって」
「……その話をした理由はなんかあんのか」
「聞いて欲しかっただけかな。あの日、あの島の酒場でロー達に出会わなくて、あなたの船に乗らなかったとしても、私はどんな道を辿ってもあなた達を見つけて、あなたの隣にいると思う、って」
「どうして、そう思う」
「何故かしらね、そうじゃない私が全く想像できなくて。例えば、本当に先生の秘書になっちゃう私とか、七武海になっちゃってる私とか、他の海賊と一緒に航海してる私も、しっくり来ない……フフっ、ルフィ達を見てたら、なんだか言いたくなっちゃった」

いつものような大人びた表情とは違った、少し幼さが見え隠れするようなリイムの笑みがフードからちらりと見える。ローもそんなリイムにつられる形で自然と言葉がこぼれた。
「まぁ、リイムとは……地獄まで一緒だからな。そう思っちまっても仕方がねェ」
「……ええと?これはまたプロポーズって事かしらね!これで2回めっ……て!痛い!何で叩くの!」
見間違えたのか、まるでいつも通りのリイムの反応にローは思わず手を出す。素直に答えた事が少しだけ悔しく思えて、理由なんて絶対に教えてやるものかと適当に返事を返す。
「なんとなく、だ!」
「本当に素直じゃないのね」
「……つーかお前、七武海になるつもりだったのか」
「可能性としてはありそうじゃない?まだひとりでいたとしたら、尚更」
「だとしたら結局そこでも会うのか」
「ふたり共七武海になれていれば、ね」
すっとまぶたを閉じれば、ローの脳裏には七武海の召集に面倒そうにふらりと顔を出すリイムのイメージが鮮やかに浮かび上がる。そんな姿が、想像出来てしまった。
確かにあの時の出会いがなかったとしても、どこかしらで何度も何度もリイムとは顔を合わせ、いつかこうして隣にいるのだろう。リイムが言ったように、そうでない未来はまるで……ローは目を開けると向かい合うような形でリイムの前に立ち、リイムの顔にうっすらと影を落としているフードを掴む。
そのままフードを外せば、リイムの髪がさらりと風になびく。首を傾げて何度か瞬きをしたリイムの瞳をローは見つめる。
もしかしたら今なら、上手くまとめられない殴り書きにしたような気持ちを言ってもいいのかもしれない。伝えられるのかも、しれない。そんなローの想いはルフィの声に押され、ふわりとガレキ晴れの空へと溶けていった。



colorful

「お前ら〜!宴だァ〜〜〜!!!」
「あら、始まったわね」
「……そう、みたいだな!!」
「えっ?……この一瞬でふてくされる要素どこかにあった?」
「宴」
「……??宴が始まっただけで?意味がわからない」
「だろうな」

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