〔0〕〜prologue〜 雲はどこへ行く


 私の隣で、麦わらの一味の航海士であるナミが空からふわりと飛来する物体に気づくと、手のひらに落ちたそれを見て小さく呟いた。

「雪……?」
 
 目の前の燃え上がる船を見つめるナミの視界が、次第に歪みはじめているのが見て取れた。
 海上の小船の上、少し離れた所から燃える船を見つめる麦わらの一味、ルフィ、ナミ、ゾロ、サンジ、ウソップ、チョッパー、ロビン。もう限界を超えていたのだという奇跡の船、ゴーイングメリー号とのこれまでの出来事を、船旅を、それぞれが思い返しているのだろう。ちらりと振り返ればフランキー達もその様子を後ろから見守っていて、同じように涙を浮かべていた。
 私もアラバスタから、短期間だけどメリー号には乗っていた。まったく悲しくないわけじゃない。でもどこか少し他人事のように感じてしまっているのは、今それを上回る感情が私の胸の中に渦巻いているからだ。

『ごめんね……もっとみんなを遠くまで運んであげたかった』

 喋ることなどないはずの船の、意思を持った言葉にこの世界の不思議を感じる。きっとこの先まだまだ知らない、体験したことのない出来事が、当たり前のように起こるのだろう。
 メリー号に向かって、船長であるルフィはぼろぼろと涙をこぼしながら、あやまるのはおれ達のほうだと声を張り上げる。どんどん傾き、燃え尽きようとしている船は最後に『今まで大切にしてくれて どうもありがとう』『ぼくは 本当に 幸せだった』と、そう言葉を残した。

「メリィ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」

 辺りにはルフィの声が一番よく響いていた。ルフィ達はメリー号と海面をしばらく見つめたままだったが、ひとしきり泣き終えたナミが涙を拭う仕草をしたところで、私はそろそろかな、と気配を潜め、この場から立ち去ることにした。


 
 素早く一味から少し距離を取り身を隠して耳を澄ませると、案の定聞こえてきたのは私を呼ぶナミの声だった。

「ねぇ……リイム、って、えっ? リイムは!? 聞きたいことがあったのに」

 ナミはキョロキョロと辺りを見回している。聞きたいこと、とは何だろうか。気にならなくもないけれどそれはまた今度でいいだろう。
 何も言わずに去るのは少しだけ申し訳ないと思ったけれど、ひっそりとナミのスカートのポケットにビブルカードを忍ばせておいたことで、彼女がそうだと認識するかはわからないけど……その気があればまたそのうち会えるだろう。だから今日のところはこれで許してほしい。

「これは……?」
「え!! なんだよリイム、もう行っちまったのか!? 助けてもらったお礼言ってねェ!! 仲間にもなってもらってねェぞ!!!」

 仲間……なんとなくルフィに誘われる気はしていた、だからそうなる前にあの場から離れたのだ。ルフィ達が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。でも私にも色々と思うところが、ある。
 ルフィは鼻水を垂らしながら、近くにいたゾロの腕を掴むとぶんぶんと振り回している。いつまでたっても落ち着きそうにないルフィの頭をゾロがごつんと小突いているのが見えて、私は思わず綻んだ口元を、誰に見られているわけでもないのにふさいだ。

「え〜! リイムちゃん! いつの間に!?」
「そう騒ぐな、どうせアイツもおれと目的は一緒なんだ、そのうちまた会うだろう……」

 目的は一緒。そんなゾロの言葉を最後に、その先の彼らの会話を聞くのを私はやめた。ゾロの言うとおり、私達はきっと、またどこかで会うことになる。そう思いながら、振り返らずにゆっくりと歩き出す。
 偉大なる航路後半の海、新世界、そしてその先……最終目的地“ラフテル”へと向けて。目指すは世界一の、大剣豪。



 言霊が本当にあるのはかわからないけれど「あなた達みたいな仲間に、早く会いたい」と私は口にしていた。雪の降る空を見上げる。色々なものに触れて感傷的になっているのかもしれない。そしてほんの少しだけ彼らが羨ましいと思ったんだと、気がついた。

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