ハートの海賊団『プランB』


「つもる話があるんだ……! さァ森の奥へ!」

 ペンギンが先陣を切ってキャプテンとリイムを案内する。おれは、久しぶりに並んで歩く二人の姿を、あふれ出そうになる涙をどうにかこらえながら見ていた。夢でも幻でもなくて帰ってきたんだ、二人とも五体満足で――あっ、でもキャプテンの腕の派手な包帯は大丈夫なのだろうか、リイムも少し痩せたように見えるけど、リイムらしくない、麦わらのところのニコ・ロビンっぽい服のせいだろうか。なによりさっきから、二人のあいだの雰囲気が少しだけ、柔らかく見える。ダメだ。聞きたいことが多すぎる。だが先走しるな、皆気持ちは一緒だ。

「私も驚いたのよ? ルフィ達と同盟を組むなんて」
「……お前は面白がって止めもしなかっただろうが」
「じゃあ私が止めてたらやめたの!? 絶対そんなことないでしょ」

 歩きながら、まずクリオネが同盟について聞いたみたいだ。それにしてもこの二人のやり取り、すごく懐かしい気持ちになる。柔らかい、なんて思ったけど……いつもの言い合い、これぞ我がハートの海賊団の日常って感じ、帰ってきたんだなァ〜って感じな。

「思うことがあったならさっさと言えばよかっただろう! それによっちゃ作戦は変えたかもしれねェし」
「直前まで何も教えてくれないし、ぜーんぶ一人で決めてたくせによく言う! そもそもルフィ達に作戦もクソもない!」

 いよいよ立ち止まって睨み合う二人。さすがにそろそろ止めたほうがいいかなぁとペンギンに目配せする。するとペンギンはおれの心情を察知したのか、アゴをくいっと動かして早く行けと合図を送ってくる。ならば仕方ない、このシャチ様が二人の空気、変えてみせようではないか。

「同盟といえばキャプテン、なんだかんだ麦わらんところのメンツと仲良くなったんすか?」
「……あ? ただの同盟だ、馴れ合うつもりはない」

 その割に、麦わらはずいぶんとキャプテンを友達感覚に思っているように見えた。すると、何かを思い出したのかリイムが顔を押さえて震えながら、笑いをこらえているであろう細い声で呟いた。

「フフフ、あれで馴れ合ってないとか無理がある……」

 なるほど……キャプテンのことだ、道中麦わら達のペースに流されっぱなしだったのではないか。そんなキャプテンをいつもそばで見てたであろうリイムの話を今すぐ聞きたい。いや、あとでこっそり、のほうがいいかもしれない。

「お前だってずいぶんはしゃいでただろうが」
「そりゃ、短期間でもお世話になった船なら、しかも同盟関係ならなおさらそうなるのが普通でしょ」
「……」

 リイムがキャプテンに言い返す。するとキャプテンが何か言葉を選ぶような、思案顔をしたあとに「そうだな」とだけ言うとゆっくりと歩き出したのでリイムもおれらもそれに続いた。
 ここはいつもなら「それとこれとは話が別だ」とか「そんなもん知らねェ」とか、キャプテンが引き下がることなんてない場面だと思うんだが、やっぱりちょっと、二人の雰囲気が違う気がした。とりあえずいがみ合いは収まった、ということで現状役目は果たせただろう。



「おかえり二人とも〜〜!! 宴だァ〜!!!」

 くじらの森、侠客団の居住区のすぐ近くのちょっと開けた場所。心地のよい風も感じられる絶好の祝祭空間。キャプテンは宴よりも今後の話だと言って聞かないけどそんなの無視。この国の、ミンク族達のすぐに宴をしたがるところに感化された……いや、元々のよな気もするが、とにかく準備は整って二人の帰還祝いだ。おれ達20人はずっと……この瞬間を待っていたのだ。

「じゃぁあらためて、ドフラミンゴを倒した話を聞いても!?」
「だから、あれはおれじゃなくて……」
「それにその包帯〜! どんな大怪我!!?」
「それなりにくっついてる、問題ねェ」

 すでに酔っぱらったようなテンションのペンギン達がキャプテンにぐいぐいと詰め寄る。確かにもう、おれ達は二人が帰ってきたという事実だけで酔っ払ってるようなもんだ。腕も医者であるキャプテン本人が問題ないと言っているなら大丈夫……なのだろう。
 そして、話をするキャプテンを隣で見ているリイムの視線が、表情が……おれの大好きな横顔だ。久々に見るからか、酒が入ったからか、気のせいじゃなきゃリイムの目元が優しすぎる。
 少しだけ離れて二人を見ていたおれの所へと、イッカクがえらい速さで駆け寄ってきた。勢いがよすぎてタックルされた格好になったおれは、思い切り後ろにぶっ倒れた。すると今度は乱暴に胸倉を掴まれて起き上がらせられて……ちょ……落ち着いてくれ、頭がフラフラする。そんな状態でイッカクは小さな声で、でも興奮した様子でおれに告げた。

「シャチ、心して聞けよ? さっき、歓喜の抱擁のどさくさに紛れてリイムさんの服をちょ〜っと引っ剥がして覗いたんだけどさ」
「……いや今ちょっと脳の揺れが激しすぎて……って、リイムの服を? お前、攻めたな、すげェな」
「ここからが本題だ。リイムさんの胸に内出血と、歯形を確認した」
「えー……えーと? 待ってね、ちょっと処理が追い付かない。おれ理解できてない。ワンモア」
「キスマと! 噛まれた痕があった!」
「えっ」

 この会話、決して大声ではなくておれとイッカクのあいだでだけ行われているコソコソ話だ。待て待て、それってつまり、えっ、あっ、わ、言葉にならないこの気持ち、つまり、だ。あれだけ一緒に寝ようが裸を見ようが間違いも何も起きなかったキャプテンとリイムがついに!? いや待て、まだ相手がキャプテンだと確定したわけじゃない。まぁ旅立つ前の二人の言動を鑑みれば99%キャプテンだと思うんだけど……ただ、一瞬おれたちの中で話題になっていた『副キャプテンの元カレが同盟先にいる問題』が頭をちらついた。

「おおおおお、落ち着こう、落ち着こ? あのさ、変なこと言うって自覚はあるけど……かっ、海賊狩りの可能性は?」
「相手がロロノアだとしたら、絶対キャプテンが黙ってない、あんな空気感なわけがない。もっと険悪なはず。絶ー対! キャプテンだ!」
「え〜〜〜、やっと? やっとなん? じゃああのちょっとなんか違う雰囲気ってそういうこと〜? 尊い、おれ、泣いていい?」

 ついに、ついについについに! キスマと歯形がついててヤってないってことは考えづらいし……いい歳した二人はやっと、やーーーっと結ばれたわけだァ……しかも、痕が残ってるってことはさ、この数日なわけでしょ? そのうちおれらと合流するのわかってたっしょ? もうキャプテンったら〜! こんなの大至急ペンギンに早く知らせたい。業務連絡として全員に通達したい。

「つーわけで! プランB発動な、リイムさんに絡んでくる、ナイスリアクションのキャプテンが見れるかも」
「え、あっ、本当にそれやるの!? 捨て身!?」
「もちろん! 骨は拾ってくれ!」

 そうだ、『プランB』。二人が帰ってきたときにくっついた、あるいはそうだと思われた場合に発動する。イッカクがメインのこの作戦を実行すれば、言葉にせずとも全員に伝わる。そんな話してたことをおれはすっかり忘れていた。でも本当にイッカクはやるのか……いや、やるっつたらやる女だ、あいつは。
 イッカクは意を決したようにおれの手元にあった酒を奪い取り一気に飲み干したあと「リイムさーーーん!」と普段より半音高い声を上げながらリイムへと特攻し、ついさっけおれにしたように思い切り抱きついた。抱きつかれたリイムはおれと違って後ろにぶっ倒れはしなかったが、少しだけ驚いたような表情をしたあとすぐにイッカクの背中に手を回して、まるで泣いてる子供をあやすようにポンポンと叩いた。

「はいはい、どうしたのイッカク」
「おい! ずるいぞイッカク〜!」

 何の遠慮もなくリイムに抱きつき、しかも受け入れられているイッカクに全方位からヤジが飛ぶ。すぐにイッカクはリイムに引っ付いたままちらりとこちらに視線を向ける。リイムに見えていないのをいいことにおれ達に向けて、ニヤリと口角を上げて勝ち誇ったような笑みを浮かべた。これこそが、プランB発動のサインだ。イッカクが大げさにリイムに絡むことでキャプテンの反応をうかがい、本人達の口から話を引き出そうというもの。
 瞬間、それを見ていたペンギンの動きが止まった。そのまま目だけがギョロっと動いて、おれと視線が合う。イッカクのこの行動の意味に気付き、確信したのだろう。キャプテンとリイムの仲が進展したのだということに。

「はぁ〜本当にリイムさん不足で死にそうでしたし」
「フフフ、そうね、私もホームシックだったから」

 ぎゅっと、二人は抱擁の腕の力を強める。プランBとはいえ、イッカクの発言は本音だ。そしてリイムのホームシック発言にもみんな一斉に反応する。「イッカクずるいぞ、早くそこを代われ!」だの「そんなことしてみろ! キャプテンに久々にバラされる!」だのと大騒ぎだ。そして、多分みんなプランBに気が付いた。そわそわしている空気が伝わってくる。
 そんな騒ぎを、帽子で少し隠してはいたけれど……キャプテンは今までおれ達に見せたことのないような、穏やかな表情で見ていた。おれと同じようにその顔を見たであろう何人かが手や腕で顔を覆いながら悶絶している。さすがおれ達のキャプテン、殺傷能力が半端ない。

「それにしても、むさくるしい中で生活してきたからわかることがある。リイムさん、めっちゃいい匂いする幸せ」
「イッカクもしかしてもう酔ってる?」
「そんなこたァないっす! はぁ……柔らけー」
「あら……あらあら」

 リイムはそんなに動じてないんだけど、あいつしれっとリイムのおっぱいに顔をうずめている。羨まし……じゃなくて、どんどん大胆になってねェか、大丈夫か? そう思ってキャプテンの様子を伺うと、酒を飲みながらもピクリと眉を動かし、何とも言えないような、形容し難い顔つきに変わった。それはリイムとイッカクのやり取りになのか、それともそれに釘付けになっているおれ達に対してなのだろうか。

「くそぉぉぉ! こうなったら! おれもキャプテンに抱きついていいっすか!?」
「却下だ」

 流れを変えてみようかと思っておれはキャプテンに駆け寄ったけど速攻で断られる。ならばと「じゃぁもうあの二人に抱きついてもいいっすか!?」と聞いてみたら今度は真顔で一言「は?」と返されてしまった。え、久々のその鋭い視線、心に深く刺さるものがある。何年の付き合いですか? 仲間だよ? こわいよキャプテン。

「え〜、邪な気持ちなんてないのに、純粋にクルーと熱い抱擁を交わしたいだけなのに、そんな顔しなくても」
「そう言ってる時点であんだろ」
「それならキャプテンだって! 二人を微笑ましく見守ってるふりしてさっきからめちゃくちゃ見てるじゃないっすかリイムのおっぱい!!」

 あっ、しまった。おれ今おっぱいって言っちゃった。キャプテンの瞳がギロリと揺れたのがわかった。これもう心臓抜かれたわおれ、死ぬかもしれねェ。そこに、そんなおれに助け舟を出すかのように救世主イッカクが畳み掛けた。

「うーん、適度に弾力もあってかといって大きすぎず、いいおっぱいっすリイムさん!!……って、あれー? なんか赤くなってますよ?」

 おれを殺りそうな視線で見ていたキャプテンが、ちらりとリイムに視線を落とした。イッカクがついにぶっ込んできたからだろう。さらっと爆弾を投下した。「虫刺されっすか〜? んーでもこれって……よく見ると内出血してません?」と続けたことでキャプテンはもちろん、全員が一瞬動きを止めた。リイムは「えっ、あー」と少しだけ動揺した様子で、イッカクによってずらされた胸元の服を引っ張りあげようとする。そこでだ、どでかいため息を吐きながらキャプテンが顔を手で隠すように押さえたのをおれは見た。これはそう、内出血させた犯人が自分だからという、そういうリアクション以外ないだろう。ヤベェ、おれの口元がどんどん、だらしなく緩んでいく。

「それに、なんか新しめの傷もあるみたいっすけど……あ、キャプテンに見てもらったほうが」
「イッカク、全然大丈夫だからちょっと一旦落ち着きましょ? ね?」

 リイムの目が誰が見てもわかるほど泳いでる。「えー、本当に大丈夫なんすか?」と引き下がる様子のないイッカクの後頭部に手を添えると、ぐいっと自らの胸に押し付けた。逆にイッカクの視界を遮断する苦肉の策なんだろうが……あまり意味はないように思う。
 そして「ずびっ」と誰かが……たぶんペンギンが鼻をすすった音が響いた。あいつ、ずっとキャプテンとリイムがくっついたら泣くって言ってたけど、ずいぶん早いな、本当だったな。今、みんなの反応は二分している。ペンギンのように感極まっている者と、おれみたいににやけ顔を隠せていない者。

「あ〜〜〜っと! もしかしなくても、吸引性皮下出血じゃないっすか!? そりゃそうだ、リイムさんみたいな、こーんなにいい女絶対放っておかないっすもんね、当然っちゃ当然」
「……あ〜、うん、あのね」

 再び顔を上げたイッカクはついにキスマークだと口にした。たじたじだ。あのリイムがなすすべなく、諦めたようについにキャプテンのほうをチラッと見た。助けを求めたのだろう。みんなもそれに気付いた。ほぼ確定した。
 おれ達も、一斉にキャプテンへと視線を向けた。するとキャプテンは負の感情を隠すこともなくおれ達に向けて「チッ」と舌打ちした。

「……絶対お前らわかっててやってんだろ、特にイッカク」
「え? 何がっすかキャプテン、むしろキャプテンはリイムさんが誰かと寝ても気にならないんすか!? ほら、麦わらん所の元カレとより戻してたりしたら」

 ――絶句。尊敬する。おれだったら舌打ちされた直後にそこまでキャプテンを煽れない、すげェよイッカク。全員が、キャプテンが何と返すのか、それだけに集中していた。キャプテンが帽子のつばを持って、ぐっと下げた。怒りなのかわからないが震えていた。ギリッと唇を噛みしめ、そして意を決したように口を開いた。

「そのことだが、お前らに、言っておくことがある……リイムと、麦わら屋んところのゾロ屋は」

 え!? 待ってなにその話の切り口! 全員がキャプテンの口から海賊狩りの名前が出たことに動揺をかくせていない。もしかして、この空気感でほぼ0%だと思ってた『よりを戻したルート』に進んだ可能性があるの!? と誰しもが思っただろう。おれの心臓がばくばくと、過去一番と言ってもいいほど激しく打つ。聞きたくないけど、早く続きを、聞きたい――

「……義姉弟ってことで話はついた。いいか……もっ、元彼じゃなくてリイムの姉弟だからな、情報を修正しておけ。でもってさっきからイッカクがバカみてェに騒いでいるリイムが吸引性皮下出血を起こしている原因はおれだ。傷もおれがすでに診た。なんの問題もない。わかったな、この話はこれで終わりだ」

 ……あっ、え? 海賊狩りのくだりだけちょっとどもったけど、さらさらーっとおれがキスマーク付けましたって言ったなキャプテン。傷もおれが診たっていうか、つけたんだもんな、それ。なに話終わらそうとしてるんすか? 終わるわけないじゃないですか。姉弟の話もかなり強烈なのにそれが完全に薄れてる。何事もなかったかのようにすました顔で酒飲んでるけど、みんなキャプテンをガン見してますよ?

「ロー……あなたバカなの?」
「は? おれのどこがバカなのか言ってみろよ」
「そこまで言って、しかもそんな言い方してこの話が終わるわけないでしょ? むしろ火に油注いだし」
「船長のおれが終わりっつったら終わりなんだよ」

 よだれを垂らす勢いでニヤニヤしているイッカクを抱き抱えたままのリイムが不満そうにキャプテンに正論をぶつけた。そのとおりだ。完全に燃料が投下されておれたちは今にも感情が爆発しそうだ。っていうかもう、無理だ。みんな震えてる、もうこうなったら一斉に行くぞ、おれらはハートの海賊団だ。みんなと視線を合わせ、それぞれが大きく頷いた。気炎万丈、時は来た……!!

「プランB、大成功〜!!」
「キャプテ〜ン!!! それって! ついにってことっすか!?」
「つまり! やっ〜と偽装カップル卒業したんすか!」
「おれも言ってみたい! さらっと!『吸引性皮下出血してる原因はおれだ』って言いたい!」
「あー! だからキャプテンからリイムの匂いがしたんだね」
「さすがの嗅覚だなベポ!」
「この話はキャプテンの命令でも終わりにゃァできねェよ!」

 ドッと地鳴りをともなったような歓喜の声が上がる。わらわらとキャプテンに抱きつくおれ達。キャプテンは「うるせェ黙れ! 終わりだっつっただろ!」と払いのけるけど、そんなのお構いなしに次々にキャプテンに群がる。さっき再会したときよりももみくちゃになってる。
 そんな中で、一人だけキャプテンのそばで動かないままでいた男。ペンギンはゆっくりと腰を上げると神妙な面持ちで、もみくちゃにされているキャプテンと向き合うようにして足を止めた。

「キャプテン、おれ……二人は絶対に両想いだと、ずっと、思ってたんだ、思ってたんだけど……でも最近ふと、二人とももしかして、何か思うことがあって、お互いに好きなのわかってて踏み出さないでいるのかもとか、そんなことが過っちゃって……一回そんなこと考えちゃったらもうさ! 余計なお世話だろうけど、すげー心配してたっつーか……だから!」

 ペンギンは普段から目深にかぶっている帽子をさらに顔を隠すように下げた。それでも隠し切れないほど、顔をぐしゃぐしゃにして泣いている。「だから、いっ、今! 本当にっ、嬉しぐでェ……!!」とむせび泣きながら、感情をコントロールできない子供みたいに、ローさんに……キャプテンにダイブするように抱きついた。
 それはみんなにも伝染して、ぐしぐしと涙ぐむ人数が増えていく。わかるよ、ペンギンの気持ちもすげェわかる。二人があえて気持ちに蓋をする理由があったのかもしれないし、別にそんなのなくてただのタイミングだったのかもしれない。どちらにせよ、今はただただ、嬉しいんだ。
 キャプテンもそんなペンギンを、リイムがイッカクにしていたように抱き寄せ、少し強めにバシン! と背中を叩いた。

「いってェ!!」
「わかったから……泣き止めバカ」
「……いつどこでどうやってどっちから告白してどんな返事でどういうシチュエーションで初めての夜を過ごしたのか話してくれたら泣き止みます、ぐすっ」
「……! 一生泣いてろ!!」 

 せっかくキャプテンがちょっとだけ嬉しそうに対応していたのに台無しだ。確かにペンギンが聞いたことは全員気になってるところなんだけど……キャプテンの優しさで調子に乗りすぎたペンギンは思いっきり蹴飛ばされて無残に地面に転がった。

「も〜リイムさん顔真っ赤っすよ! さすがにおっぱい触りすぎました? 照れてるんすか?」
「誰のせいだと……!?」
「それにしても、あれだけ人前でイチャイチャしてたのに照れるなんて今更なのでは?」
「別に……外でだけだろ」
「いや、今だから言わせてもらうと船内でもしてたように見えた」
「は?」
「えっ?」

 自覚がなかったのは知ってたけど、ウニとジャンバールの言葉に二人とも鳩が豆鉄砲食ったような顔しちゃって。うん。二人ともナチュラルにイチャイチャしてたよな、そんなことばっかりだったよな、お酒の席だと特に。本当に面白いなぁ。

「じゃ! みんなが期待してたのに、鋼の精神だか鉄の意志でそんな間違いが起こるはずもないまま旅立ったいい歳したクールぶった二人が、ようやくやることヤって帰ってきた記念祝賀会を始めるぞー!!! 会場はここだー」

 意気揚々と酒を持った手を挙げて宣言したイッカク。そのとおりなんだけど、言い方な。ほら、さすがのキャプテンも鬼哭振りかざして……と思いきやその前にずっとイッカクとくっついてたリイムが素早く頭を手で掴むと流れるように地面に叩きつけた。容赦ねェな……怖ぇ、めり込んでる。

「イッカクは……もう少しオブラートに包むってことを覚えたら!?」
「リイムさんはもっと素直に包み隠さずキャピキャピ、ラブラブオーラを全面に出していいと思う。それが我々クルーの幸せに直結するってことよ!」

 リイムの手にはさらに力が入りメリメリと音を立てているが、イッカクは笑いながら「キャプテンもそう思いません?」とまだ鬼哭を震えながら握りしめているキャプテンに同意を求める。強い、こいつマジで強すぎる、イッカクこそ真の鋼の精神の持ち主なのでは。
 呆れ顔のリイムから解放されたイッカクはやれやれ、といった表情で「じゃ、早速見せてもらいますかねー」と、髪を整えながらも何事もなかったかのように起き上がった。メンタルが、強すぎる。
 何を見せてもらうのかと観察していると、イッカクは素早くリイムをキャプテンのほうへと押し付けていて、その姿を見て察したであろうペンギンが、反対側からキャプテンをリイムのほうへと押す。なるほどな。二人を密着させて座らせたおれたちは、あらためて酒を注ぎ直して二人の対面に並んで座った。

「さあ! どうぞ遠慮なくイチャイチャしてください!」
「あほか、しろって言われて素直にするやつがいるか。それに……お前らが思ってるほど浮ついてねェよ、今までと変わらねェ」
「そんなこと言って、リイムに吸引性皮下出血痕付けちゃうキャプテンかわいい、見たい」
「お前らの! 前で! するかよ!!!……あともうその回りくどい言い方やめろ、もう普通にキスマークでいい、悪かった、頼むから」
「え、もしかして二人っきりにしろっていう指示?」
「どこをどう取ったらそんな指示になんだよ!!」

 照れたり怒ったり、ちょっぴり堪えてるであろうキャプテン。感情の起伏が激しくて、こんな姿をおれ達に見せてくれるなんてお兄ちゃんほっこりしちゃう。一方キャプテンの横では体育座りで顔を膝につけたまま小刻みに震えているリイムの姿。対照的だ。どんどん口数が減っていく。こんなリイム見たことねェ。どうしたんだ、そんなにこのやり取りのダメージがデカいのか。

「リイムさんが息してない件について」
「……」
「そういえばキャプテンも内出血してたの、言われてみたらキスマークだね! そういうことだったんだー」

 死体蹴りとはこのことだ。おれの、そしてみんなの口元がぐにゃりと歪んだ。ベポがいつどうやって見たんだかわからんが、キャプテンにもキスマがあったことを暴露した。グッジョブ。はー、尊いぜ……これだけで酒が何杯飲めるだろうかと考えていると、伏せたままのリイムから弱々しい声がした。

「『恋はいつでもハリケーン』ってことわざが東の海にはあるけど……私は、ハリケーンには……なれない」
「あっ、副キャプテンがついに壊れた」
「そのことわざは知らねェが、そもそもリイムそのものがハリケーンだろ、能力的に」
「精神論よ……ロー、私はしばらく姿を消すから、あとはどうにかしておいて」
「は? お前まさか逃げる気か、ふざけんな」

 よくわからねェことを口走ったあと、ガバッと勢いよく顔を上げたリイム。キャプテンがとっさにリイムの腕を掴もうとしたけどもう遅かった。すっと、リイムの輪郭が霞がかったようにぼやけて、あっという間に薄暗い森に溶けて消えた。美しくも感じられたその身の隠し方に「おおお〜!」とどよめきが起こる。よほど恥ずかしかったんだろう、今まで見たことない言動を繰り返すリイム、キャプテンが絡むとめっちゃ乙女だな。
 そんなことを思っていたら仏頂面のキャプテンが久々に見るポーズを取って「ROOM」と呟いた。そしてこれまた久々に見る円を展開して「スキャン、シャンブルズ」と一言。あっという間にリイムはキャプテンの横に強制送還。
 面白い、この人達本当に好き、大好き。何が大好きかって、キャプテンがまたぴったりと隣に密着させた状態でリイムを戻したところ。で、リイムも頬をむっと膨らませて不服そうな表情だけど、くっついたままだ。おれ達に強制的にされたんだから適当な距離に座り直せばいいものを……なんて思ったけど、無意識だろうからこのままありがたくニヤニヤさせてもらうことにする。

「……本当にバカじゃない? これじゃぁますます離れたくないたいみたいでしょ」
「こうなったこいつらはバラそうが何しようが無駄だ。諦めろ、お前も道連れだからな」
「もっと普通に、ナチュラルに報告したほうがこんな面倒なことにならなかったんじゃないの?」

 こそこそと小声で話す二人。聞こえてるけど。そんな姿でさえおれ達にとってはもうご褒美のようなものだ。最高だ。

「例えば普通に報告するとしたらどうやってしたんすか!?」
「…………」

 素朴な疑問にキャプテンとリイムが無言のままお互いを見た。見つめ合ってる。ひゃー、そのままとりあえず一回キスしてくんねェかな。あれだな、偽装してるときには何度も何度も見てきたのに、今となっては全然見え方が違うもんだなぁ、なんてしみじみ思っていたら同時に質問の答えが返ってきた。

「しない」
「しねェな」

 つまり最初からおれ達に報告しないか、今みたいに派手に自爆気味にやらかすかの二択だったわけだ。不器用なのかなんなのか……恋人のフリして紙面を賑わせてきた二人とは思えねェ。最高すぎるぜおれ達のキャプテンと副キャプテン!

「そういえば! リイムとロロノアが姉弟ってことは、ロロノアはキャプテンの義弟ってこと? 何がどうなってそうなってるの!?」

 ペンギンがハッと思い出したように海賊狩りの話題を出した。確かに、これ普通に話してたけどかなり重大発表だった。しかもキャプテンの口から語られたことには驚いた。でもそれは、ちゃんと関係性に決着がついたことを、キャプテンも第三者ではなくて当事者として知っていたからなんだろう。同盟ではしゃいでるって話のときの、キャプテンがリイムに対して言った「そうだな」ってのはそういうことなのかもしれないと思うと、すごく納得できた。
 やっぱり、キャプテンは思ったよりも麦わら達と交流してたんじゃないかな、なんて思えてきた。

「待て、別に結婚したわけじゃねェからそうとは」
「けっ、結婚……そうか、もう二人は結婚したようなもんっすね。キャプテン、副キャプテン、おめでとうございます」
「えっ! じゃあ今から結婚式しますか? 麦わら達も呼びます?」


「例えで結婚っつったおれが馬鹿だったな……式は挙げねェし! 麦わら屋達も呼ぶな!!!」


 リイムの顔が酔ってるとき以上に真っ赤だ。湯気が見える、潜水してるときのベポを余裕で上回る湯気。それにしても……そうだな、結婚式か。どこかのタイミングで挙げられたらいいのになァ。二人ともちゃーんと自覚したら一変して素直にイチャついたりのろけられない性格だろうから、おれ達が率先してそういう流れにしてあげないと。
 それにしてもキャプテン、麦わら達と同盟組んだせいでちょっとアホっぽくなったかな。リイムと両想いになった影響かな……いや、元々おれ達も含めてこんな感じか。
 ともかく、キャプテンとリイムにはずっと、一緒に笑っていてほしい。今日は最高に、酒がうまい……おれがそんな至高の瞬間を噛みしめていると、ひそひそと会話していた二人が座っていた場所にカラン、と音を立てて木の枝が2本落ちた。ついに羞恥に耐えきれなくなったのだろう、キャプテンとリイムが二人そろってシャンブルズでその場から消えたのだ。しかも消える寸前、キャプテンはしっかりとリイムに腕を回して抱き寄せて、一瞬だったけど……なんだかんだおれ達を挑発するかのような笑みを浮かべたようにも見えた。キョロキョロと辺りを見回すと、仲良く並んで居住区のほうへと歩く二人の後ろ姿があった。

「……麦わら屋達ん所へ行く」

 かろうじて聞き取れたキャプテンの声。え、麦わら達は式に呼ぶなって言ったそばから麦わら達の所に行くの? どういうツンデレなの? と全員で頭にハテナを浮かべながら首をかしげると、それを察したのか「ルフィ達の気配がしたから、こっちに来たと思うわ」とリイムが続け、キャプテンは鬼哭で居住区の方角を指した。おれ達にもついてこいってことだ。
 しれっと、麦わらを理由にこの話を終わらせようとしてるんだろう。しょうがない、また後でゆ〜〜〜っくり聞くことにしようではないか。ほかにも聞いてないことがまだまだたくさんある。おれ達は雑に片付けを済ませ、急いで先を歩く二人のあとを追った。



「急にどうしたんです? 結婚の報告ですかー?」
「違ェよ! 今後の話だ!!! それと、一応お前らを麦わら屋達に会わせておこうと思ってな」
「あ、ルフィ達の前で絶対に結婚ってワード使わないで、すごく面倒なことになるから」
「リイム、キャプテンと結婚したくないの?」
「そっ! そんなわけ……って! 何言わせるのよベポ!!!」

 結婚したくないわけがあるか、と言ったような状況に持ち込まれたリイムは、誘導したベポに対して華麗にジャーマン・スープレックスを決めた。ベポはなすすべなく沈む。リイムがデレた時の攻撃が容赦ねェってことはわかった。そんなやり取りを真横で見ていたキャプテンはというと、たぶんリイムの言動がクリティカルヒットだったんだろう、歩きながらもプルプルと震えながら帽子ごと顔を押さえてる。冷静に考えて、こんなキャプテンとリイムをこれから毎日見れるのってやばくねェか!?
 
 そういえば……おれはシャンブルズで消える寸前のキャプテンがほくそ笑んだような表情だったことを思い起こす。基本的にはクールぶってるところを見るに、あれは無意識の行動だったんだろう。つまりは潜在意識にちょっとだけど浮かれてる感情っつーか、リイムへの独占欲つーか、とりあえずそういった類の何かはあるってことだろう。面白れェ。自分からどんどんおれ達をいじってくれって言ったようなもんだ、これはクルーへの宣戦布告……違ったとしても、おれはそうとらえる。
 すぐにペンギン達にも確認する。するとやはり全員があの顔を見ていたと証言した。おれの勘違いではなかったのだ。要所要所で素直にデレて照れてるリイムには悪いが……すでにベポによって先制攻撃はされた。もうおれ達が止まることはない、絶対にいじり倒してやる――ハートの海賊団の心は今、あらためて一つになっていた。

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