「ねえ静雄。明日、時間があるなら僕の家によってもらえないかな」

ストローから口を離す。
顔を上げれば、新羅が満面に笑みを浮かべていた。
「かまわねぇけど、セルティがどうかしたのか」
「君に誕生日プレゼントを渡したいって。っていうか何もいってないのによくセルティのお願いだってわかったね」
「……おまえの顔みりゃな」
呆れた呟きは、胸の前で陶然と手を組む新羅には聞こえない。

「親友の誕生日だからって何週間も前からプレゼントを迷って、高校生の男の子が欲しがるものがわからないからって困って僕を頼ってきたセルティの可愛さといったら、天使が舞い降りたかと思ったよね!まあそれが他の男のためっていうのがいささか複雑ではあるんだけど…誕生日だしね!今日くらいは目をつぶるよもちろんセルティが一生懸命選んだんだから渡せないなんて事になったら悲しむだろうからね!」

最後の「からね!」に、鈍い衝撃音がかぶさる。
静雄の拳が、新羅の右即頭部を襲撃した音だ。
のどかな昼休みの教室に、ざわめきの波紋が浮いて、端から消えた。

「脳みそが飛んだかと思った…」
「手加減はしたぞ」
「ごめんなさい」

笑う静雄の口元が、獰猛である。新羅はその場で土下座した。
門田が側から「ほどほどにしとけよ」という。新羅に向けてだ。
静雄がほどほどにしていなかったら、脳みそどころか首から上が吹っ飛んでいる。
フンと静雄が鼻を鳴らし、パンにかぶりつく。新羅が頭をかいた。
それで収めればいいのに、笑い交じりの声が横から差し込まれた。

「愛しのハニーとお揃いでも、さすがに首なしは嫌なのかい?新羅」
「お揃いと言う言葉は魅力的だけど、脳みそと視覚を別の器官に収納できるようになってからにするよ。セルティの愛らしい姿を見られなくなるのは悲しいからね」

想像したのか、静雄が「げぇ」という顔をした。
それをみた臨也が、鼻で笑う。静雄の視線が尖った。
2人の間で、火花が散る。
教室に戦慄が走った。
なんでこいつら、仲悪い上にクラス違うのに、昼飯一緒に食べてるんだ、と誰もが思う。
静雄、臨也、新羅、門田4人の昼食は決してこの来神高校では珍しいものではなくなっている。疑問は尽きないけれども。
静雄のこめかみがぴくりと震えたのをみて、すかさず門田が動いた。

「そうか、静雄誕生日だったな。家族で過ごすのか?」
「ああ」
「夕食はりきるんだろうな、おふくろさん」

静雄は自分の弁当箱に目を落として、「多分」と頷いた。静雄の弁当箱はいつもボリューム満点なのに栄養バランスまでバッチリだ。
料理上手で料理好きの母は、息子の誕生日には必ずそれぞれの好物をめいっぱい食卓に並べる。
ケーキまで自作という気の入れようだ。
「静雄の時は生クリームいっぱいのショートケーキ、幽君のときは甘めのガトーショコラって、昔から決まってるんだっけ」
こんなとき、新羅が小学校からの幼馴染だと思い出した。
こくん、と静雄の頭が上下する。その頬が、ショートケーキを思って、赤くそまった。門田が苦笑する。

「俺からのプレゼントは去年と一緒でいいか?」
「え、門田君、静雄に何かあげてるの」
何も言わず、もくもくとパンを齧っていた臨也も、驚いて顔を上げていた。
「そんな大げさなものじゃないさ。金欠だからな。昼飯にプリンをつけてやれるくらいだ」
「ガキじゃねぇんだし、いいっていってんのによ」

静雄がわずかに頬を染めたまま、つぶやく。それなのに尻尾があれば盛大にふっているだろう。「プリン、プリン」とその目が嬉しそうに口ずさんでいる。門田が苦笑した。
新羅が生暖かい微笑を浮かべた。

「へーそうなんだぁ」
「ドタチン、面倒見いいのも大概にしとかないと、飼うつもりもない犬に懐かれるよ」

犬って言うか、ゴジラ?

その言葉だけで、臨也のいう「犬」が静雄のことだと知れる。
静雄のこめかみに青筋が浮いた。今にも「誰がゴジラだてめぇ」と凄みそうだ。それを新羅の能天気な声が邪魔をした。(彼の場合、門田とは違うごくごく普通に空気を読まないで発言しただけだが)

「なら僕も何か君に送ろうかな。ほんとはセルティの贈り物をセルティと僕からってことにしたかったんだけど断られてしまってね」
「セルティが?」
「だってほら連名で物を送るとか夫婦みたいでいいよねっていったら、そんな不純な動機はお断りだって」
「……」
とことん正直な男だ。
「プレゼントはその人のことを考えて一生懸命選ぶから価値があるんだと思うから、僕も何か送りたいなら自分で選べって言われたんだけど。静雄、ハエの卵とか特にいらないよね?」
「窓から棄てる」
「うん。僕はどうもセルティ以外の人のことを考えるのが絶望的に下手のようでね。そんなわけで、明日セルティが贈ってるそばで僕が何も渡さないというのもセルティが気にしそうだろ?それに幼馴染の誕生日だ、どうせなら喜ぶものをあげたいしね」

とことんセルティが世界の中心にいる理屈だったが、それでも最後の言葉は嘘ではないだろう。

新羅はお茶のパックで喉を潤しながら、首を傾げた。
「それで静雄、なにか欲しいもの、してほしいことはあるかい?」
静雄はちゅるちゅるといちご牛乳を飲みながら、天井を見上げた。険しく眉根が寄っているのは不機嫌なんじゃなくて、困っているからだ。
吸われすぎたいちご牛乳が、べこべことヘっこみ、静雄がストローから口を離すと、大きく深呼吸をして膨らんだ。

「花瓶」
「……は?」
「花瓶がいい。でけーやつ」
「花瓶って、花を飾る?」

静雄はこくんとうなづいた。

「百合ってでけーから、小さいのだとすぐ倒れんだよ」

新羅が目を瞬き、門田が怪訝に首を傾げ、そして臨也が、目を瞠って固まった。
新羅がわずかに身を乗り出して静雄の目を見た。
「百合って、他に思いつかないんだけど、もしかして花の百合?」
「それ以外になんかあんのかよ」
「レズビアンの異称としても使われるよ」
「……んなもんもらってどうしろっつーんだ」
静雄が呻くと、新羅が曖昧な表情で「そうなんだけど」と頷いた。
門田が感心したように目を丸くする。
「なんというか、意外だな。花を観賞する趣味があったのか」
「ああ?あー…まあ、な」
「もしかして、お母さんが好きな花だとか?」
「いや、そういうわけでもねぇんだけどよぉ…」
歯切れの悪い口調で目をそらす静雄に、どうやらこれ以上深く突っ込まない方が良いらしい、と門田は好奇心の矛先を納める。その空気を読まない新羅が、
「まさか静雄に花を愛でる情緒があるだなんて思いもしなかったな!」
と満面の笑みを浮かべて、静雄の拳を左即頭部に受けていた。
「あー、もういい、ナシだナシ。今のは忘れろ」
やっぱり言わなけりゃよかったと、そっぽを向けば、ふと臨也と目がかち合った。
そういえば、真っ先にからかってきそうなこいつが何も言わないままだったな、と気がついた。
臨也は、まだどこか驚いたように、じいっと静雄をみつめていた。
(――そんなに変かよ)
睨み返しながら思って、いや確かに変か、と思い直した。
新羅がセルティ以外の女の下着を欲しがるくらいの違和感ではないが、女優の写真集を欲しがる程度には違和感がある。
つまり、全然らしくない。
だが、百合の花は静雄にとっては特別な意味がある。

あの6年前の誕生日から。


***



その神社は社務所も神主もいなかった。
住宅地の中に小さな林が浮島のようにぽかりと浮かび、神社はその中にあった。林は綺麗な円形をしており、歩いて5分かからず周りをぐるりと回ることができる。
入り口には見上げても本殿が見えないほどには長い石段があり、それが一層、神社の薄暗さを増している。
昼間から濃い闇が葉の裏に宿り、さわさわと林の揺れる音は住宅地の静けさをいや増した。
参拝する人も、散歩にくる人すらもいない。
だから静雄は、家を飛び出してすぐこの神社に逃げ込んだ。
1月の冷え込みは11歳の柔肌には針のようだ。
コートも着ないで飛び出して、いっさん神社を目指したはいいけれど、境内には風除けになる壁すらない。
寒さに耐えかねて、とうとう本殿の中に飛び込んだときには、指の先も鼻の頭も、真っ赤に染まっていた。
(神様に怒られるかな…)
罪悪感がちら、と胸を刺したけれど、本殿のすりガラスの障子窓を閉めてしまえば、もう外に出ることは考えられなかった。
それにどうせ、いたとしても神様には嫌われている。
(じゃなきゃ、こんな体にしたりしねぇもんな)
静雄は目を上げて、そっと辺りを見回した。
本殿は6畳ほどの小さな木の建物で、あらゆるところから隙間風が忍び込んできていた。ご神体はきっと、真中を仕切る屏風の向こうにでもあるのだろう。
とうに日が落ちているのにそれらが見て取れるのは、本殿の前に備え付けられたただひとつの街灯が機能しているからだ。
細く赤い柱の先につけられた、ふるびた街灯は、不健康なほど青白い明かりを賽銭箱と本殿の中に投げかけている。
虫が飛び交っているのでもないのに、時折明かりが途切れた。
そのたびに、静雄は細い肩を揺らす。
(こ…こわ…っ)
壁にもたれながら、膝を抱える。
何も見たくなくて、目を固く閉じれば、その瞬間、ふっと先ほどの光景が浮かんだ。
横倒しになったテーブル。
綺麗な床の上に散らばった、ごちそうとケーキ。
母の顔も、父の顔も、弟の顔も、覚えていない。
誰かが振り返るよりさきに、静雄が飛び出したからだ。

「……っ」

ごしごしと、袖で目元をぬぐった。
自分に泣く資格なんてない。
ただ、後悔と焦燥が胸を焼いてたまらなかった。
(何で俺は、幽みたいにちゃんと我慢が出来ねぇんだろ)
自分のほうが、お兄ちゃんなのに。
落ち込みの無限ループにおちた静雄は、そのとき背中で聞いた音に再び肩を跳ねた。
砂利を踏む足音だ。
(ななな、なんだ…!)
こんな時間に、誰かがきたというのだろうか?ありえない。
けれど足音は確実にこちらに近づいてきて、そしてあろうことか本殿の軒先でとまった。足音はそれから砂利の上をうろうろとしているようだ。静雄ははっとした。
(もしかして、賽銭泥棒か…?)
すりガラスの扉の下のほうは、幸い木の板張りだ。
近づいて、扉の隙間から、そっと外をのぞいた。
(…?誰も、いない)
てっきり黒い大男の影でも見えるかと思ったが、外の景色は先ほどとあまり変わらない様に見えた。
けれど、一瞬小さな影がみえる。
(え…)
静雄は目を瞬いた。

砂利の上には、小さな女の子が立っていた。

こんな寒い日に、くるぶしまで隠れる真っ白なスカートと、淡い水色のストールをまき、頭の上からレースあみの白い布をかけている。
それに、腕に大量の白百合の花を抱えている。
静雄は目を瞬いた。
そのレースに縁取られた顔は、小さく、黒い髪にうずもれそうなほどだ。そのくせ目はレースに隠れていて見えない。
ただ、綺麗な子供であるという事だけはよくわかる。
泥棒、というにはあまりに現実味のない存在だった。
ふとあることに思い至り、さっと、静雄の血の気が引いた。

(まさか、ゆ、ゆゆ…幽霊…!)

女の子は、あたりを見渡しているようだった。
しかし、何かを探し出せなかったのか、やがてこちらに近づいてきた。砂利を踏む足音が、どすどすと、どうにも乱暴だ。
静雄は戸惑った。
足音がする、ということはつまり足があるということだ。
それに、どうにも荒っぽい足音は女の子の幻想的な空気を著しく損なった。
女の子は憤然とこちらにくると、あろうことか本殿と賽銭箱の間にある小さな階段に腰をかけた。罰が当たるかも…というような不安な様子は一切見受けられない。
小さい、と思っていたが、静雄の視界の一つ分下にある頭は、どうやら自分と同じ年くらいのようだ。

(このあたりのやつ…じゃないよな。みたことねぇし)

静雄は女の子の後姿をじっとみつめた。
女の子は、階段の脇に白百合の花をほうりなげた。ぐったりと階段に身を預ける白百合は、静雄がみても可哀相に見える。
なのに女の子はそんなことにも一向に構わず、「ちっ」と舌打ちをした。

(え、ええええ、し、舌打ちした…!女なのに!)

静雄にとって女とは、きゃーきゃーと甲高い声で鳴くくせに、『女らしい』ことに命をかける生き物だ。
やたらひらひらしたスカートや、長い髪の毛がその証だ。
クラスメートにはそんなのをきらって、黒い服やズボンばかりはいている女の子もいたけれど、その子供だって舌打ちなんていう柄の悪い事はしなかった。
ましてや、こんな綺麗で可愛らしい女の子が。
衝撃を受ける静雄の前で、女の子は頭からレースをむしりとり、白百合の上に投げ捨てる。
長めのショートカットが襟足で揺れている。

「納札所もないなんて、どんだけ寂れてるんだよ…しけすぎだろ」

心底忌々しげだ。
その声を聞いて、静雄はぎょっとした。

「お、男…!?」


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