ばっと、少女、――否、男の子が振り返る。
明かりの加減か、その目が赤く輝いたように見えた。視線の強さに、静雄はひるんだ。

「誰」

男の子は、長いスカートをまくって階段を登ってくる。
静雄は慌てて扉と扉の隙間を閉めた。

「ちょっと!ふざけんな!何盗み見してるんだよ変態!あけろよ!」
「女の格好してる奴に言われたくねぇ!」

男の子はものすごい剣幕で扉を開けようとするが、静雄が抑えているのだ。あけられる心配はまずない。
男の子は再び舌打ちをすると、思い切り扉を蹴飛ばした。
がん!というすさまじい音に、朽ちかけた本殿がゆれる。
静雄にとって、神社とは神様の住んでいるところだ。
蹴るなんてありえない。

「おま…罰当たり…っ!」
「忍び込んでるお前に言われたくないね!」
「しのびこんだわけじゃねぇ!」

已むに已まれぬ事情があってだ。
もちろん勝手に入り込んでいるのには違いないが、冒涜的なこの男の子と一緒にされるのはなぜか我慢ならなかった。
なにより、静雄の後ろには神様がいるのだ。
後ろめたさも手伝って、そう叫んだのだが、男の子は心底馬鹿にしきったように鼻で笑った。

「はぁ?ナニソレここに住んでるとでもいうわけ?ホームレス?」
「ちが…」
「どうせ親とくっだらないことで喧嘩して家出して、寒くてそこに入り込んだだけだろ。親と真剣に喧嘩するなんて、すっごいガキ」
「な…っ」

よくも、と思うほどなめらかに動く口に、静雄は体中の血が煮えるのを感じた。
いますぐこの扉を壊して、生意気な男の子に扉を投げつけてやりたい。
何も知らないくせに、賢しらに言う口から、悲鳴をあげさせて、ごめんなさいと謝らせたい。
静雄はもう少しでそれを実行するところだった。

けれども、ふいに鳴いたものが時を止める、――つまり、静雄の腹の虫が。

「………」
「………」

一気に頭が醒めた。

扉は不気味なほど沈黙している。
かっと、静雄の頬に血が上った。
扉の向こうで、男の子が長いため息をついた。

「……もういい、子供すぎて萎えた」

男の子は、ガラス障子の前に座り込んだらしい。外にある明かりが輪郭を淡く照らしている。

「ねぇ、もう怒らないから出てきなよ」
「いやだ」
「なら、寒いし俺もそこに入れて」
「いやだ」
「…なんでだよ」
「…お前気にくわねぇもん」

また、舌打ち。
でも仕方ない。
気に食わないのだ。つまりかっとしたら、静雄はその男の子に掴みかかってしまうかもしれない。そういうことだ。
そうなれば、骨の一本や二本簡単に折ってしまうだろう。
この扉はいうなれば安全パイだった。

男の子は「あーさむいさむい!」とワザとらしくいうと、腕をさすっている。なんて嫌なやつだ。静雄はむっとした。
「女のかっこなんかしてるからだろ変態」
「おいこら、誰が変態だって。自分からこんなものきるわけないだろ」
静雄は目を瞬いて、それから眉根を寄せた。
「誰かに着せられたのか?変態か?」
「母親だよ」
「……母さんが変態なのか?」
「いたってノーマルだよ。ただ俺が可愛く生まれすぎたのがいけなかったんだ」
「……おまえ変態じゃないのかもしれないけど、変な」
呆れて呟けば、影は肩をすくめた。
「聖母マリアの衣装だよ」
「まりあ?」
「そう。そこの教会で、明日年寄り相手にペーシェントするんだ」
「ぺー…しぇんと」
「聖劇。全部ひらがなで発音するなよ。馬鹿に見えるよ」
「……」

静雄は、扉を押さえる手に力を込めた。
おちつけおちつけ、しんこきゅう。
「お前、その聖母マリア?役なのか」
「そう。満場一致で押し付けられたのさ。『君のほうが可愛いよ』って言って誰かに押し付けようとしたって全然ダメ。まったく集団になったときの空気の流されやすさといったら反吐が出るよね。これだから人間は。面白いほどあっというまに俺に決まったよ」
男のマリアなんて信じられる?神の子供授かりましたってお腹撫でるんだよ意味解んない。と吐き捨てる様子から、よっぽど嫌なのだろう。

「学校でね、クリスマスに上演したやつをそのままやるんだ。チャリティーだかボランティアだかしんないけど、こっちの都合も考えろよな。ただでさえ学校の連中に似合うだの付き合ってだのぎゃーぎゃー騒がれたのに。年寄りにもみくちゃにされたってちっとも嬉しくないよ」
「……おまえ、口悪いな」
「そう?腹が立ってるからかな」

男の子は、口が悪いなんて久方ぶりに言われたね、と肩をすくめる。

「普段はもっといい子なんだけど」
「嘘つけ。ぜってぇ性格悪いもん、お前」
「…何も知らないくせにいうね」
「お前だって、俺のこと何も知らないくせに散々言ったじゃねぇか」
「つまりおあいこだっていいたいわけ?」
男の子は鼻を鳴らす。
こいつ、人のこと馬鹿にし慣れてないか。静雄は呆れた。これでいい子だなんて、どの口が言うのか。友達になりたくないタイプだ。
「それにお前、今も衣装きてるじゃねぇか。実はやりたいんじゃねぇの」
「そんなわけないだろ。これはここに棄てに来たんだよ」
静雄はぎょっとした。
「は…?なんで」
「だって腹が立ったから」
「でも、あした劇なんじゃ…」
「衣装がなかったらできないだろ」
「だからできなきゃだめだろ!」
「したくないからいいんだよ!」

お年寄りが楽しみにしてるのに、しかも一回引き受けたのに、投げ出すなんて信じられない神経だ。
「リハの後近くで前夜祭しよう、なんて親が勝手に盛り上がってさ。そこでもペーシェントを演じさせようってんだから、よくも勝手に計画できたもんだよ。お人形にされるなんて真っ平ごめんだね」
「…それで抜け出してきたのか」
「ほんとは脱いで袋に入れてくるのがベストだったんだけど、生憎手ごろなのがなくてね。ここで脱いで棄てて帰ろうと思って」
「素っ裸で?」
「ちゃんと下に服着てるに決まってるだろ。バカじゃないの」
影がうごいて、スカートを捲り上げていた。うつった足の影は、確かにでこぼこしていて、布をまとっている。
「まあ、紙袋に入れたら足がつくかもしれないし。素のまま地面に棄てられてた方が、嫌がらせうけたって真実味がでるしね」

静雄は気分が悪くなってきた。
こいつ、自分がいやで劇を投げ出す上、衣装を棄てるのさえ人のせいにしようとしている。
見さげはてた悪党だった。

「…おまえ、ほんっと、サイテー」

男の子は顔を上げて、すこし笑ったようだった。
「安心しなよ。皆アリバイがあるから、誰だって言う特定まではされないさ。ただ、劇が上演されなくなって、メンバーの雰囲気が最悪になるだけさ」
「そういう問題じゃねぇだろ…」
力なく呟くと、男の子は首を傾げた。どうも、静雄がいっている意味が判らないらしい。
けれど暫くして、何か自分で納得したのか、ふん、と鼻を鳴らす音がした。

「まあ、こんな風に正直に洗いざらいぶちまけるなんて俺にしては最悪な方法かもね。君がどこの誰とも知れないのに」

こんな嫌味な口調で「君」なんていう奴。絶対絶対、トモダチになれない。
「やっぱりここが神社で、君が神様の家に閉じこもって姿もみせないせいかな」
「はぁ?」
「神様に話してるみたいな気分になる」
意味が判らない。

「それで?」
静雄が顔を上げると、影が身を乗り出すところだった。
「家出少年は、なんでこんなところに忍び込んだわけ」
「…関係ねぇだろ」
「関係はないけど、興味はあるよ」
「みせものじゃねぇ」
「ママに部屋をかたずけなさいっていわれたの?」
「そんなことで…!」
そんなことで、怒ったりしない。そんなのは当然の事だ。
「…ただ、誕生日プレゼントが……」
「誕生日プレゼント?」

そう。
誕生日プレゼントだ。

何がいいかと聞かれたから、静雄はずっと欲しかった流行物の玩具をねだった。手に入れたら壊さないように箱に入れて飾っておいてもいい。それくらい大事にするつもりだったのに。
いざ今日になって、そろそろ必要だと思ったから、と英語と漢字の辞書セットを手渡されたのだ。
幽のときは幽が望む玩具だったのに。
それでつい、カッとなって……。
(よくかんがえりゃ、もうすぐ中学生だし。辞書も必要になるし。玩具じゃ、すぐ壊しちまうし…父さんがそう考えてもおかしくないんだよな)
思い起こせば起すほど、馬鹿みたいな理由だ。
父親だって、静雄のことを考えてプレゼントをくれたのに。
自己嫌悪で胸がつぶれそうになる。
あんなに欲しかった玩具に、何の執着も沸かない。

でも、静雄がただの子供なら、――きっと癇癪を起こして部屋に閉じこもって、頭が冷えた頃にもう一度誕生会をやり直して…ごく当たり前の、普通の思い出ができたはずだった。
テーブルごとひっくり返して、ごちそうもケーキも台無しにしてしまうなんてこと、なかったはずだ。
今頃、腕によりをかけてつくったのに、ぐちゃぐちゃになってしまった料理を、母が雑巾でふき取っているのだと思うと、申し訳なさで目の前が真っ暗になった。

「もしもーし?」

こんこん、とすりガラスを叩く音で我に返る。
「自己嫌悪に浸るのはいいんだけど、話の途中で黙らないでよ」
「……おれ」
自分の声が泣きそうだ。
「何で母さんの子供に、生まれたんだろう」
影が意表を突かれた様に動きを止めた。
「それはつまり、君のお母さんから生まれたくなかったってこと?」
「ちがう!」
首を振った。

「もっと普通の子供だったら、俺じゃない子供だったら、母さんも父さんも、もっと…楽だった」

普通に、子供を慈しめる幸せを手にしていたはずだった。

「俺の親なんか、もっと乱暴で、どうしようもない奴でよかったのに…」

影はすこし黙った。
「君のどこがどう普通じゃないかは知らないけど…。楽が幸せに直結するというのはちょっと浅薄だとおもうよ。まあ、それも俺の知ったことじゃないけど」
男の子のいうことは、静雄には早口で難しくて、理解がむずかしい。
静雄は目を瞬いた。影は肩をすくめて、笑ったようだった。

「なるほど?まあつまり、両親が誕生日を祝ってくれたのに、それをめちゃくちゃにして飛び出してきたってところかな。そして君は自己嫌悪でつぶれそうになってるってわけだ」
「……」
実際にはそんなに軽い問題ではないと、静雄は思っている。
けれどそれを、この気に食わない男の子に言う必要はない事だ。いっても多分、信じてはもらえないだろう。
「ねえ、ところで、今日が誕生日なの?」
「え?ああ…うん。そうだけど」
「ふうん」
影はとても軽い調子で「おめでと」といった。決して誕生を祝われたい気分ではなかったが、そういわれた以上返さないわけにいかなくて、静雄はぶすくれた声で「ありがとう」と言う。
影が笑った。

「……よし、じゃあ。俺からプレゼントをあげるよ」
「は…?」

影は立ち上がると、スカートを翻して階段の下に降りた。
そこでごそごそと、何かをしている。戻ってきたときには、影は大きく膨れていた。
百合の花を抱えているようだ。

「花…?」
「まさか。男に花なんかおくって何が楽しいんだよ。これは君の両親に」

影は扉の前に花束を横たえたようだった。

「必ず『マリア様から』っていって渡すこと」

意味が判らなくて、静雄は影が立ち上がるのをみつめた。
「なんで父さんと母さんにプレゼントなんだよ」
「これは君へのプレゼントの一環。君へのプレゼントは」
影は言葉を切って、両手を広げた。

「この俺だ」
「……は?」

何を言ってるんだ、この子。
間抜けな声を上げた静雄に、影は楽しそうに笑って、両手をひろげたままひらりと回った。

「明日、君のためにマリア様をやってやるよ。決して見にこないこと」
「逆じゃねぇの…?」
「きたら魔法がとけちゃうだろ」
「まほう…」

影は腰に手を当てて、仁王立ちしている。どうやら気分がいいらしい、得意げな顔をしているのが、空気でわかった。
「母親をとりかえたいんだろう?俺が君のマリア様になってあげる」
「意味がわからねぇ…」
「わからなくていいよ」
影はくるりと背中をむいた。
「今はね」
「あ、おい…!」
階段を降り始めた気配に、静雄は声を上げた。
「もうここに用もなくなったから帰ることにするよ。風邪引きそうだし」
男の子は機嫌のいい声でいった。

「じゃあね神様。二度とは会わないと、思うけど」

砂利を踏む音がする。
やがてその足音が消えた頃、静雄はそっと扉を開いた。
扉の前に、百合の花が横たわっていた。レースの布に包まれている。青白い明かりの中、それはひどく清らかに見える。
静雄はとまどって膝を折った。
こわごわと花に触れる。
気をつけなければ握りつぶしてしまいそうなそれを、慎重に慎重に抱き起こし、腕に抱く。
そのときだ。
「静雄!」
夜の境内に、きんとした甲高い声。
神社の鳥居の下、肩で息をした母親が仁王立ちでたっていた。


***


結局、母親には「子供がこんな時間に外に飛び出すなんて」とそのことだけをこってりと絞られた。
そしてテーブルをひっくり返したこと、ご馳走を台無しにした事には「ごめんね」と謝られたのである。
神社からの帰り道、おいついた父親と3人で川の字になって歩いた。誕生日なのだから、お前が欲しがっているモノをやればよかったな、と父は苦笑していた。静雄は必死に首を振って、もう玩具はいらない事を伝えた。
小さく辞書をありがとう、というと父親は困った顔で笑った。
当然百合の花について聞かれたが、どう説明していいか困った静雄は、結局あの男の子のいうように「マリア様から」といって母親に手渡した。
母親は首を傾げていたけれど、ページェントの役柄で、マリアをしてる子が母さんにっていってくれた、といささか納得の出来ない顔でいうと、ちょっと笑ってこういった。

「百合の花はね、マリアが神様がお腹に宿った時に、それを本当に心の底から喜んでくれたエリザベトっていう女の人に渡す花なのよ」

静雄は目を瞬いた。
神様が生まれることを喜ぶ、花。
耳の奥に男の子の言葉が反響する。

――じゃあね神様。

静雄は母の手を引いて、「やっぱり返して欲しい」と百合の花を指差した。
「あら、どうして?」
「……だって、それ」

静雄が生まれたことを、心の底から喜ぶ人に送る花。

静雄の顔色から何かを読み取ったのだろう、母親は首を傾げて、それを静雄に手渡した。俯いて受け取った静雄の前に、母の右手を差しだされる。顔を上げれば、母は当然と言う顔をしていた。

「もちろん、独り占めにはしないのよね?」
「そういうことなら、父さんもほしいな」

もらってくれるのだろうか。

百合の花は全部で12本もあって、静雄は母と父に4本ずつ、それから恐る恐る幽にも手渡した。
誰からもつき返されなかったし、百合の花はそれからできるだけの延命措置をとられて、まとめて玄関に飾られる事になった。

高価だろうに、静雄の誕生日には必ず飾られるようになったのも、この年からだ。



***



「すいません、これもらえますか」

横から割り込んで言えば、すぐ側にあった肩が思い切り揺れた。
店員が戸惑った顔で臨也と静雄を見比べる。
臨也は目にうっすらと焦りを浮かべて静雄を見上げていた。
住宅地にほどちかい花屋は、来神高校からはすこし離れている。
ここまでは2人の悪名は轟いていないのだろうが、どうにも不穏な空気を察しているのか、周りには店員の他には人っ子一人見当たらなかった。

「シズちゃん…」
「やっぱりてめーだったんだな」
「……何の話?」
「とぼけんなよ」

静雄の言葉に、臨也はするりと焦りを消してしまう。
いや、隠しただけだ。内心はどうしようと算段をつけているのに違いない。
静雄は店員を振り向いていった。

「それ、全部包んでください」
「ちょっと!」
「なんだよ。百合がなくなっちゃ困る事でもあるのかよ」
「……」

臨也は悔しそうな顔をして、静雄を睨んでいる。
店員は重たい空気に耐えかねて、少々お待ちくださいというと百合を抱えて奥に引っ込んだ。

「どうせてめーも同じ注文するつもりだったんだろ」
「意味わかんないんだけど」
「とぼけんなっていってんだろ」

沈黙が落ちる。
否、にらみ合いはじりじりと音を立てて、互いの内側を探りあう。先に目をそらしたのは臨也のほうだ。
小さく舌打ちをして、そっぽを向く。
右足が引かれたのを見て、静雄は慌てて臨也の腕を掴んだ。

「待てよ」
「ちょっと、なに」
「何で去年は送ってこなかったんだよ」

臨也はじっと静雄を見上げてくる。

「……理由が必要なの」

みとめた。
静雄はほっと息をついた。

「毎年、あの神社に百合を置いてたのは、お前なんだな」
「だったら何?俺はあの神様が君だなんて知らなかった」
「嘘つけ」

静雄の確信を持った声に、臨也は心底忌々しそうな顔をした。

「気づいたのは2年たってからなんだ。誕生日の2週間後くらいに、たまたま、あの神社に行ったら枯れた百合の花が置いてあって、絶対にお前だって」
「あっそう」
「それで、次の年に待ち伏せた」

臨也はむりやり笑みを浮かべた。

「情緒がないね。思い出は想い出のまま置いておけよ」
「あの日、帰ったように見せかけて俺のこと見てたお前が言うのかよ」

呆れた顔をすれば、臨也はいささか驚いたようだった。
「…俺が残ってたの、きづいてたの」
「わかんねぇけど、お前性格悪いし、俺の顔見たがってたから、そうあっさり帰るわけねぇって思って。母さんに同じくらいの子供とすれ違ったかって聞いても、見てないって言ってたからな」
臨也は衝撃を受けた顔をした。

「うっわ、いくら子供の頃とはいえシズちゃんに行動読まれたなんてショック。小癪な…」
「んだと」

低く唸ったが、臨也の顔を見ているうちにゆっくりと落ち着いた。もちろん臨也の顔をみてると落ち着く、という意味ではなく臨也が静雄の怒りを煽ろうとしているのに気がついたからだ。
平然とした静雄の顔を見て、臨也は再び悔しげな顔をした。

「それで?それを暴いて、シズちゃんは何がしたいわけ」
「いってんだろ。何で去年はなかったんだよ」
「…言ったと思うけど、理由が必要なの」

去年は初めて『神様』と『マリア』が『平和島静雄』と『折原臨也』としてであった年である。

「俺たちの間柄で花をおくるってほうが、そもそも背筋が凍りそうなもんなんだけど」

静雄は黙っていた。
そのとき、丁度店員が戻ってきて、恐る恐る百合の花を差し出してくる。
ちらちらと、静雄と臨也をみていることから、どちらに渡せばいいか迷っているのだろう。
静雄は、臨也を捕まえるのとは逆の手をのばした。
店員はおそるおそる、その腕の上に、花を横たえる。
赤子を渡すような、優しい手つきだった。
静雄も優しく抱き取って、それから臨也をみつめる。

「やる」
「……は?」
「いらねぇのかよ」
「……ちょっと、それ」

百合は神様の誕生を祝う花。
静雄の誕生を喜ぶ花。

それを受け取れと、いうのか。

臨也はものすごく戸惑った顔で静雄をみつめた。
静雄はわずかに顎を逸らし、いう。

「受け取れよ」
「……」
「去年も、家に持って帰ったんだろ」

臨也が大きく息を吸い込んだ。
息を、とめる。
相当な驚きを与えたらしいとしって、静雄は得意げに笑った。

「やっぱりな」
「なんで…」
「そうじゃねぇかと思って、おまえの妹達にきいた」

うあ、と臨也が呻いた。最悪だ、と。

静雄が生まれた花を、誰に渡すでもなく自分で持ち帰るようになったその理由を、静雄はこの一年考えなかった日はない。
頭を抱えた臨也を見て、静雄は満足げに方眉を上げる。

「なあ」

臨也の目が腕の隙間から静雄を見た。

「コレを受け取るなら、俺もお前の誕生日に同じ花をうけとってやってもいい」
「―――…の、っ!」

臨也の顔が、怒りからか別の理由からか、真っ赤に染まった。
歯軋りしそうなくらい牙を剥いて、それでも憤然とのばされた手を見て、静雄は喉を鳴らして笑った。


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