「な……臨也てめぇ!」
声を上げたのは、デリックだ。
「何考えてやがるっ!いいか、一歩でもここから俺をだしてみやがれ、すぐにこのPC内を……」
「できないよ」
日々也がぱちん、と指を鳴らす。
口元には不思議な笑みが浮かんでいる。
怪訝に眉をしかめてデリックは、自分の首元に違和感を感じて、ぎょっとした。
「な……っ!」
銀色に光るわっかが、デリックの首元に纏わり付いている。
「これっ」
「さっき触ったときにつけさせてもらった」
「てめぇ……!」
デリックの目が燃えるように光り輝いた。
「騎士になるために、まずはよい犬になってもらう」
首にわずかな圧迫感があった。
降って湧いたような感覚は、恐る恐る触れると、滑らかな皮の感触がする。
……悪い予感しかしない。
指で伝っていくと、案の定冷たい金具にふれる。
金具は、どう考えても外す部分が癒着している留め金だ。
「赤でもいいかと思ったけれど。黒が正しいね。似合ってるよ、その首輪」
「…っ!ころす!」
その前に忌々しいこれを外してしまえと、首に纏わりつく黒皮の首輪を両手で引きちぎるように引っ張る。
しかし、
「……!?」
首輪を両手で引っ張りながら、目を瞠ったデックに、日々也が笑う。
臨也のような、ひっそりとした笑い方だ。
「外れるわけがないだろ?それはおまえのウイルスとしての能力を制限するものだ」
「な…っ」
「試してごらんよ。無限に垂れ流していたお前の『分身』<は自由に作り上げられないはずだよ」
なんの変哲もなく見える首輪は、日々也が瞬時に組み立てた立派なシステムの一つだ。
といっても、もともと日々也が出現させる事のできるサンドボックスの応用なので、そこまで複雑なものではない。
サンドボックスとは、ウイルスをその中に閉じ込め、エチュード、仮実行させることで、ウイルスかどうかを判断する、仮想空間のことである。
ウイルスはもともと自己を無限に増殖させるシステムだ。
その特性を生かした検出システムであるといえた。
つまり、デリックの自己増殖によってできた増殖分はすべてサンドボックス内に放り込まれ、ブラックホールに飲み込まれた芥のごとく消え去るのだろう。
事実、猟犬一匹作り出せず、デリックは愕然と目を瞠る。
「無力になった気分はどうだい」
「……っ」
そっとのばされた日々也の手を、デリックは叩き落とした。
ウイルスとしての能力を奪われたとしても、彼自身に付随していた力は残る。
俊敏に、デリックは日々也と距離をとる。
「近づいてみろ…かみ殺してやる」
「……仕方がないね」
日々也はふと考えた顔になると、ふいに人差し指をたてた。
その指先が、大小さまざまな星粒の輝きを集め、ピンク色の銀河のように流れを描いた。
なんというか、
「…魔法少女?」
「独特の発想だね」
低く笑うと、日々也はそれを地面に放った。
凄まじい雷撃が地面を走り、語尾だけつくろうように可愛らしく星が散る。
「……」
「王子たるもの、どこでも夢と希望を与える存在でいたいじゃないか」
ウインク。
指先から星が散る。
デリックはそうっと青くなった。
同じ雷撃系の攻撃がくる。
「すこし大人しくなってもらうよ。つれ帰れないからね」
「……!」
武器の傷みは、扱うものが一番よく知っている。
デリックは表情を硬くし、日々也を睨む。
『こら!苛めるのもそのくらいにしなよ。可愛そうでしょ?』
天から矢印が降ってきて、二人の間に割り込んだ。
ちっ、と全く彼らしからぬ舌打ちが日々也から聞こえた。
「マスター、そこをどいてください。しつけは最初が肝心です」
『だぁめ』
いって、臨也はデリックの側に寄った。
デリックは険しい顔で臨也を睨んでいる。
臨也はやれやれとため息をついた。
『いつまでも君一人ここに閉じこもっているわけに行かないだろう?デリック、聞き分けて』
臨也はすり、とデリックにすりよった。
『日々也のいうことをききなよ。それが君のためにもなる』
「……命令か」
ようやく口を開いたデリックは、ひとことそう聞いた。
聞きながら、その目がすでに、答えを予期して暗く翳っていた。
『デリック』
「命令かって、聞いてる」
デリックの言葉に、臨也はすこしだまって、それから肯定した。
『そうだよ、デリック。命令』
従いな、と。
それは日々也に従えというよりも、臨也に従えというように聞こえた。
事実、日々也が舌を打って苦い顔で臨也とデリックをみつめている。
デリックは、逡巡もしなかっただろう。
なんのことはない、
(――鳥かごが変わるだけだ)
世話をする人間が、臨也から日々也に替わっただけのこと。
ただ、それだけのことだ。
何も感じない。
主人がいるのも、自由でないのも以前のままである。
かわらず籠の鳥。
―――デリックはゆっくりと、ひとつ瞬きをした。
そうすると、まるで先ほどまでうねうねと胸の中を泳ぎまわっていた気鬱が信じられないほどアッサリと晴れた。
否、晴れたわけではない。
なくなったのだ。
なかったことになった。
忘れてしまったのである。
デリックはわずかに伏せていた目を、そっとあげた。
その目の中には無表情な、無機質な光が宿っている。
「―――……わかった」
すとん、と。
本当にそれくらいあっさりと、デリックの体から力が抜けた。
(余計な事を……!)
デリックの心からの忠誠が欲しい日々也は、心中そう思わざるを得なかった。
画面の向こうでは、臨也が心底意地の悪い笑みを浮かべているに違いない。
つまり、これからデリックが日々也の命令を聞こうとも、それは通じて臨也の命令をきいているのに等しい。
デリックに「臨也に命じられたから」という逃げ道を与える事になるのだ。
臨也ははなから、デリックのすべてを日々也にやるつもりなど、欠片もなかったのである。
『さあ、これで事は解決したね』
あとは頼んだよ、と臨也はいっそ清清しいほど潔くそういって、その場を去った。
といっても、このファイルはいつでも覗ける状態になっているだろう。
日々也の苦い顔をみて楽しむつもりに違いなかった。
(……我が君ながら、まったく困った下種だ)
頭が痛い。
重たくため息をついた日々也は、突っ立っているデリックを見た。
警戒も拒絶もしていない。
その代わり、日々也になんの興味も持っていないのが痛いほどよくわかった。
デリックは、臨也の命令をきき、日々也のものになるのだ。
(これからが大変だな…)
だが、それを嫌だとは思わない。
むしろ、生まれたての馬を自分の手で戦友に育てるような、高揚があった。
日々也は、デリックに手を伸ばす。
「いこう」
「……?」
日々也は、デリックに微笑んだ。
「これからのお前のすみか。俺の国へ」




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