「……ってマジで国じゃねぇか」
「そうだよ、そういっただろう?」
今回限り特別だよ、と馬にのる許可をもらったデリックは、日々也の腰につかまってその景色を眺めた。
常日頃は自分の命など結構どうでもいいとおもっているデリックだが、いざ命の危機がありそうな絶壁を目にすると防衛本能が働くらしい。
それくらい、その絶壁はすさまじかった。
眼下にのぞむ森は、緑の坩堝のように深く淡い緑がひしめいている。
そしてその、緑の竜巻の目のなかに、聳え立つ白亜の城と、煉瓦の積み上げられた城下町が見える。
遠目にも、美しい光景に、デリックはさすがに目を瞬いた。
「よく、ファイルん中にこんなもの作れたな。容量ばかにならねぇだろ」
「感想がそれ?」
「なんだよ…」
「情緒が欠如してるね」
「うるせえ」
喉で笑うと、日々也は馬を走らせた。
木漏れ日が差す緑の森の中を疾駆する。
馬の背に揺られながら、めいっぱい木漏れ日を浴びたデリックは思う。

(――やっぱりメモリの無駄だろう、これ)

この森だってそうだ。
デリックは「俺の国にいこう」と誘われてから、このファイルに入り、もう3回ほど太陽が沈んで登る様をみている。
つまり、――三日たっているのだ。
ありえない。
(どんだけ深いんだ、この森)
ちなみに野生の動物も生息し、そのうちの何匹かは、日々也にうちとられ、デリックと日々也の腹に収まった。
狩りも野宿もしたことがないデリックは、正直あらゆる意味合いでドン引きだったが。
もう、しばらく兎にはさわれないだろう。
捌かれた血みどろの肉の塊を思い出してしまう。
――日々也が捌いている間、デリックは平然とした顔をしていたが、さくさくと切り分けられた肉の塊ができるたびに、肩をそびやかしたり青ざめたりしていたので、そのうち日々也はデリックの前で肉を捌かなくなった。
正直、助かった。
なきそうだった。
きまずくはあったが、日々也が何もいわないので、こちらも何も言わないまま流してしまっている。
そのかわりデリックは焚き火の不寝番を何も言わずつとめるようにしていた。
……が、実を言うと寝られなかっただけだ。
いつ虫がわいてでるかもしれない場所で、よく寝られる。

(こいつ、意外になんつーか…生命力つよいよな)

デリックは自分よりも幾分低い位置にある小さな頭と細い体を見た。
背筋はピンと伸び、衣類は多少汚れているものの、くたびれた様子はない。
ありえない。
ほんっと、ありえない。
「こちとら、半分くらい意識とんでるっつー…」
「ん、何か言ったかい」
「これでやっとベッドで寝れるって、いったんだ」
「ああ…なるほど」
忍び笑い。
デリックは舌打ちをした。
放っておいて欲しい。
これでも情けなく思っているのだから。
―――とにかくも、ベッドで寝られることを歓迎する気持ちに変わりはない。
白亜の城はつまるところ3日馬でかけて抜けるほど深い、広大な森にかこまれていた。
日々也の管理するセキュリティスイートの心臓部に近い場所である事に違いはない。
徐々に近づく城下町への城門をみながら、日々也がいった。
「このPC全土が俺の国だけれど、中でもこの城下町はいっとう美しいんだ」
「へえ」
「お前も気に入ると嬉しい」
「…どーだかな。ここにいる連中は全員ウイルス退治のための人員だってことだろ?」
居心地がいいとは思えない。
デリックは無感動にいった。
「まあ。命令だっていうなら、なじむよう努力はするぜ」
日々也は何も言わず肩をすくめた。
かわりのように、彼の愛馬がふんと鼻息を荒くつく。

「ところで」
これからいざ王国に足を踏み入れようと言う場面なのだが、日々也は胡乱気にデリックを振り返った。
「おまえ、本当に持ち物はそれだけでいいの」
「あ?」
文句あんのか、というように顔をしかめたデリックの耳には、かなり大き目の白とピンクのヘッドホンがついている。
ピンク色のコードは、彼が大事に抱え持つレコードプレイヤーに繋がっているらしい。
「わるいかよ。臨也が標準カスタマイズした衣装だ。ないと落ちつかねーんだよ」
「なるほど、俺のカテリーナみたいなものか」
「……カテリーナ?」
「この子の名前さ」
デリックは自分の尻の下にいる白馬をみてやった。
(…メスだったのか)
馬など見たことのないデリックには雄雌の区別などつくはずもない。
というか、カテリーナって、ものすごいネーミングセンスだ。
「生まれたときから一緒にいる。体の一部のようなものだからね」
「ああ……」
デリックは頷いた。
「――その感覚ならわかる」
素直なデリックの同意に、日々也は肩をすくめた。

二人と一匹は、それから特に会話もなく山道を下った。
急な山道をものともせず降りていく馬は、確かに優秀なのだろう。
やがて森は川の流れる音が大きくなるとともに、消えていく。
城下町は川に跳ね橋を渡した場所にあった。
日々也が橋の前に馬を進めると、川を渡す跳ね橋が、一人でにおりてくる。
金属の擦れる音と、橋が地面についたときのため息のような地響き。
「……見事なもんだな」
馬が跳ね橋を渡る間、デリックは薄いながらも素直に感心していった。
「感心するのはまだ早いよ」
「ぁ?」
すると、城下町のほうからわらわらと人が出てきて、口々に日々也に「おかえりなさい」と満開の笑顔をくれる。
おこぼれにあずかるデリックは、眠そうな目をしばたいた。
「日々也様!今日の遠征はどうでしたか?」
「お一人でウイルスを退治にいかれたんでしょう、お怪我は」
「おれたちも連れて行ってよ、ひびやさま!」
子供達がゆっくり歩く馬に並んで走りながら、きゃあきゃあとはしゃいでいる。
中には兎の耳が生えたのや、耳がとがっているの、不思議な肌の色をしたものもいた。
これがウイルスを退治するシステムの一つなのだろうか。

(ファンタジーな不思議生物にしかみえねぇな)

デリックはまとわりつく彼らを淡々と見下ろしながら、ひとりごちる。
ふわふわもこもこの、この生物たちがウイルスを殺す兵器にはとても見えない。
何かもっと、戦いとは別のところにある補佐的な機能を持つのだろうか。
「彼らはバックアップだよ」
デリックの思考を呼んだように、日々也がいった。
馬上から人々に笑顔の大盤振る舞いをしながら、「きちんと親の戦闘データを更新し、受け継いでいる。それぞれ特性を生かしていずれ戦闘職種につく…彼らも立派な兵士だよ」
「……へえ、こいつらがねぇ」
馬のまわりをころころと走っている姿は、無害な草食動物そのものである。
「私はインストールされてひと月だといっただろう?」
「ああ」
「でもここにいる子供達は回数の多い者ですでに4・5代目の戦士になる」
「……」
それは、それだけ多くのものが犠牲になっているということだ。
デリックの考えを読んだのだろう、日々也が幾分声を和らげた。
「もちろん、そういう痛ましい理由がほとんどさ。けどね、もうひとつは純粋に代替わりしたものもある」
「代替わり?」
そう、と日々也がうなづいた。
「この世界の時間はね、現実のものと少し違う」
「時間が?…時計がずれてんのか」
「正確にはずらしている、かな」
いいながら、日々也はある場所を指差した。
それは王城から見て東にすこし離れた、城下町内に立つ時計塔だ。
王城の本宮と同じくらいの高さをほこるそれは、四方につけられた大きな時計が城下のどこにいても見渡せそうだ。
王城に向かってひとところせり出したデザインは、日時計にもみえる。
「あれ…」
「この世界を支配する時計だよ。今は現実世界で24時間刻む間に、720時間を刻む」
「ななひゃ……?」
「……つまりひと月だよ」
わかってるよ、と文句を言いかけたデリックは、はたと動きを止めた。
「ひと…?ってことは、ここじゃ現実の一日がひと月になるってことか」
「うん。時間は自在に変えられるんだけどね。一日を、一秒にでも1年にでも十年にでも。戦がひどいときは一日をよく一年にかえたりしたんだよ。だってそうしなきゃ、傷が治る暇もないからね」
PCの外敵は意外なほどに多い。
それこそ四六時中不眠不休であらゆる種類のものが襲い掛かってくる。
それだけハードな仕事なのだ。

「そりゃ、親も必死で戦うだろうさ」
呟きが風に乗って届く。
「自分が死んだら次はコイツラの番なんだろ。悪趣味なシステムなこった」

日々也は目を瞬いて、振り返った。
「……なんだよ?」
「いや、驚いただけだ」
そうして満足げに唇を横に引く。
「自分の目利きに脅威すら覚える」
「はあ?」
「覚悟はしているさ」
声がふいに冷えたように感じられ、デリックは前を向いてしまった日々也の後頭部をながめた。
「彼らは、『そういうもの』だから」
「……」
デリックは肩をすくめた。
「…まあ、こいつらがどうなろうが俺の知ったことじゃない」
その言葉に、日々也が何か言おうと振り向いた時だ。

「――ひびやさま、そいつだれ?」

ふいに足元からはっきりとした声が聞こえ、二人は同時にそちらを向いた。
みれば、子供が大きな目でじいっとデリックを見上げている。
デリックは、そっと眉をしかめた。
子供の目の中に、外見とは不似合いな、鉛のような、鈍い硬質な光が見えた。
どことなく、不快感を覚える色だ。
しかし、デリックが何かを言うより先に、日々也がにこやかにこたえた。
「今日の戦利品だよ」
「せんりひん?」
「そう」
「お姫様?」
「いいや、毛並みのいい犬だよ。魔王から奪い取ってきたんだ」
とたん、子供の目が尊敬にきらきらとひかった。
「すげーひびやさま!魔王と戦ったの!」
「尊敬してもいいよ」
「一番は父ちゃんだから二番にする!」
「いい子だ。嘘をつかない」
いって、日々也は笑いかけると、馬の足を速めた。
城へ向かう一本道を、笑顔を振りまきながらかけのぼる。
「頼もしいな」
「は?」
「おまえがウイルスであることを見抜きかけていた」
「……冗談だろ?」
デリックは目を細めて鼻で笑った。
だってありえない。
デリックのウイルスとしての『誤魔化し』の能力は、どのウイルスにとってみても最高峰のものだ。
例えばウイルスは無限に増大する事で容量を増していく。
しかしそれをそのままPCのユーザーに知らせていたのでは、ウイルスは早々に撲滅されてしまう。
そのために容量を誤魔化し、視覚的にもPCのセキュリティを惑わして難を逃れるのである。
その技術は、サイケデリックドリームシリーズのデリックにとっては何の難もない。
息をするほど簡単にしているものだ。
それをバックアップ程度のこわっぱに見破られてたまるか、というのである。
だが、―――ふいにデリックの脳裏に、子供の無機質な目がうかんだ。
「……」
「たのもしいだろう?」
日々也が喉で笑ったようだった。

「これからは共に戦う仲間だ」

背筋の凍るような低い声を乗せて日々也の馬は城門に向けてあっというまに城下町の小さな星になったのだ。




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