小さな幸せを。





「旦那ッ!あれはどういうつもりだ?!」





とある街の宿屋にガイの怒りを含んだ声が響き渡った。


「おや、どうしました?」
「“どうしました?”じゃない!どうしていつもいつも、ふざけたことしかしないんだ!」
「心外ですねー。
私はいつでも本気です♪」
「余計にタチが悪い!」
「ちょっと、ちょっと〜?
ガイ、何かあったの〜?」
「…それが…ルークが…ルークが…!」
「ルークがどうかしましたの?」
「大佐…、ガイ…、わかるように説明して。」





いつもの食えない笑みを浮かべるジェイドと、俯き…怒りに肩を震わせるガイに女性陣は意味が分からず眉を寄せた。




「ハァ…見てもらった方が早いか…。

…ティア、ナタリア、アニス…。

ミュウを見ても…驚かないでやってくれないか?」
「そういえば…ルークだけじゃなくてミュウもいないね?」
「…ミュウに何かあったのかしら?」
「ガイ、ミュウはどこに?」
「…ミュウ、こっちに来てくれ。」



「はいですの〜!」






ため息まじりにミュウの名を呼んだガイに今まで姿が見えなかったミュウが姿を現した。




「ミュウ、ルークをしらな…って、
Σ……え!?」
「なに、それ…?」
「あら…まあ…。」






ミュウの姿を見た3人は目をぱちくりさせ、固まった。

正確にはミュウの頭に乗っているものを見て、だが…。





ミュウ、というよりはミュウの頭に乗っているものを3人は凝視した。



「これって…まさか…。」
「…ルーク、ですの?」
「か、可愛い…VVv」


「ちゅ〜…!」




ミュウの頭に乗っていたのは朱毛の小さな小さなハムスターだった。


驚きに目を見開くアニスたちに小さなそのハムスターは頬を膨らませて怒っているようだった。



「おや、ルーク。
いけませんねぇ…、ほおぶくろにエサを詰め込んでは。
ナタリアに
『王族たるもの、そのようなはしたない真似などしてはいけませんわ!』
と怒られてしまいますよ?」
「ぢぢー!ちーちー、ちゅー!ぢぢぢー!」
「ははは。
何を言ってるか分かりませんよ〜?」




ジェイドの言葉にちーちー鳴いて怒るルーク…のようなハムスターにジェイドは笑いながら肩を竦めた。




「大佐ぁ、アニスちゃんたちにわかるように説明してください!」
「そうですわ。
これではルークと満足に話が出来ませんわ。」
「いや、ナタリア…それ以前の問題だと思う……って、ティア?」
「…可愛い…VVv

ガイ、手の上に乗せてもいいかしら?」
「Σ…ぢ!?

ぢぢー!」




ナタリアの発言に、困ったように眉を寄せていたガイはティアの言葉を聞いて、ぎょっとした。


可愛いもの好きの彼女は、どうしてこうなったのかは考えるよりもルークを手に乗せて愛でたい気持ちの方が強いらしい。

ルーク…のようなハムスターを見るその目はキラキラ輝き、頬を赤く染めていた。


対するルーク…のようなハムスターは
『げっ!』
とでも言わんばかりにミュウの頭にしがみついて頭をふるふる振って嫌がった。





「……かわいい…。

ティアじゃなくても、あれは可愛いよ〜…。
…ねぇ、こうなった理由なんて…この際、どうでもよくない?
ティアー。次はアニスちゃんにちょうだい!」
「ずるいですわ!
わたくしにも触らせてくださいまし!」
「ぢー!ぢぢぢぢー!」




きゅるんとした瞳で怯えた表情をするルーク…のようなハムスターに女性陣は考えることを放棄したらしく、ミュウの周りにわらわらと群がった。


対するルーク…のようなハムスターはミュウの大きな耳にしがみついて離れまいと必死な様子だった。



「みゅみゅー!

ご主人さまー、耳が痛いですのー!」
「ぢー!ちちちっ!ぢぢー!」
「みゅうぅ…。ティアさんたちはそんな怖いことはしないですのー。」
「ぢーぢー!」
「みゅうぅう…」
「やっぱりこのハムスターはルークだったのね。

ミュウ、ルークは何て言ってるの?」
「みゅうぅ…。

『お前は俺を殺す気か!?』
と言ってるですの。」
「だから、私達がそんな怖いことはしないって言ったんだ〜。
そのあとも何か言ってたよね?」
「そうですわね。
その後はなんと、おっしゃいましたの?」
「…『玩具にされるに決まってる!』と言ってたですの」
「ひどいわ、ルーク!
私は貴方を愛でたいだけなのに。」
「アニスちゃんたちが、そんなひどいことするわけないじゃん☆

そうだ〜!!」





疑惑のまなざしでティアたちを見るルークハムスターにアニスは大きな声をあげた。


「アニス、声が大きすぎますわ!」
「ルークが脱走しちゃう前にハムスター用のゲージを買わなきゃ!」
「そうね…。ルークも寝る場所がないと落ち着かないわね。」
「ぢぢぢー!」
「『いらねーよ!』と言ってるですの。」
「それでしたら、ちょうど私が持ってますよ。」
「ちちちーちちっちー!

ちちちーぢぢー!!」
「『わざとらしいんだよ!
早く俺を元に戻せ!』
と言ってるですの。」
「3日ほど経てば元に戻れますよVVv」
「ぢぢ!?ぢぢちー!」
「『3日!?ふざけんなっ!』
と言ってるですの。」
「さ、ルーク。
ここがルークのおうちよ。
良かったわね♪」
「ねぇねぇ、そこの回し車を廻してー!」
「ひまわりの種を食べてるところが見たいですわ!」



ジェイドにブチ切れていたルークは女性陣によって準備されたゲージに入れられた。
いきなりのことに抵抗する暇もなく、ルークが気づいたころには遅く…。

ルークは思わず固まった。



「おい!!」
「あ、アッシュ。」
「何かあったの?」
「レプリカと回線が繋がらねぇが、どうなってやがる!?」




ルークがハムスターにされてから2日目の朝…、回線が繋がらないことを不審に思ったアッシュがルークたちが滞在する宿へと姿を現した。




「ルークでしたら、貴方のすぐ近くにいますよ」
「……なに?」



ジェイドの言葉に辺りを見回してはみるものの、近くにあるのは小動物が入ったゲージだけ。



他にめぼしいものもなく、アッシュは眉間にシワを寄せながらジェイドに詰め寄った。


「人をバカにするのも大概にしろ!

どこにレプリカがいるんだ?ああ?」
「ですから、そこに。」



笑みを浮かべながら指を指した先に視線を向ければ、そこにあるのはゲージだけで…。

アッシュは苛立った様子でジェイドの胸倉を掴みながら言葉を発した。




「貴様…、人をどこまでバカにすれば気がすむんだ!?

だいたい…旅の途中にあんな薄汚いネズミなんか買ってんじゃねえ!」
「ぢ!?ぢぢー!!」



アッシュの言葉に反論したのは、ゲージの中にいるハムスターだった。


まるで「薄汚いネズミ」と言われたことを怒っているような反応にアッシュはちらりとそのハムスターを見た。





そしてアッシュはそのハムスターを見て妙な違和感に襲われた。


見覚えがあるようでない、そのハムスター。


毛色は朱という、珍しいそのハムスターにアッシュは眉を寄せた。



「…おい、コイツの種類はなんだ?」
「種類はハムスターですV」
「見ればわかる!
何ハムスターか聞いてんだ、このクズ眼鏡がッ!
ゴールデンハムスターとか、いろいろと種類の名があるだろうが!」
「そうですねぇ…。

しいて言えば、ファブレハムスター、というところですね♪
因みに名前はルークですV」
「貴様ぁあぁぁ!
まさか…このチビがレプリカだとかぬかすんじゃねぇだろうな!?」
「そのまさか…ですわ…。」
「旦那がまた…妙な薬をルークに飲ませたらしいんだ…。」
「でも…可愛いわV」
「ふざけんなっ!

人のレプリカで遊ぶんじゃねぇ!」
「ちょっとした遊び心です♪」
「『遊び心です♪』じゃねえ!
すぐに元に戻せ!だいたい、人のレプリカをこんな場所に閉じ込めるな!
出てこい、レプリカ!」



怒りを露にしながらアッシュはハムスター用のゲージの中にいるルークを出して肩に乗せた。

対するルークも天の助けと言わんばかりに差し出されたアッシュの手に乗り、肩に飛び乗ったあと、小さな手でアッシュの耳をつかんだ。




もう離さない、とでも言いたげに。




「早くレプリカを元に戻せ!」
「それが…明日にならないと戻らないらしくてな…。」
「…自由に部屋の中を歩いてるルークを何回か踏みかけて…危ないから、とりあえず元に戻るまではハムスター用のゲージで生活してもらってたんだー。」
「…よく今まで無事だったな…。」
「常にミュウがルークを見ててくれたから、私達が踏みそうになる度にミュウが教えてくれたのよ。

そのミュウも気疲れしちゃって…。
それもあって、ゲージに…。」
「面白がって1回は入れちゃったけどね…。」





事細かに説明した仲間たちの話をアッシュは目を閉じて眉を寄せ、聞いていた。



「…理由はどうあれ、コイツは俺のレプリカだ。

元に戻るまで、俺が預かる。
これ以上、そこの陰険眼鏡の好き勝手を許すつもりはない!

じゃあな!」
「あ、アッシュ!

……仕方ないな…。アッシュに任せるか。」






制止の声を発したガイの声も無視し、アッシュは身を翻した。






「良かったの?」
「なにがだい?」





アッシュの背中を黙って見送るガイにティアはそう声をかけた。

対するガイは笑みを浮かべながらその意味を問うた。


「ハムスターになって、不自由な様子のルークをずっと見てたのに…アッシュに簡単に任せて…良かったの?」
「…仕方ないさ。


ルークの顔を見たら…止められるわけないさ。」
「ルークの顔…?」


ガイの言葉にアニスが首を傾げながら先の言葉を問いかけた。



「…アッシュが来た瞬間、嬉しそうな顔をして…、アッシュが元に戻るまで、一緒にいてくれることを知った時の幸せそうな顔を見て…、止められるわけがないからなぁ…。」




ガイはただ、ルークの気持ちを優先したようだった。

アニスの問いかけに答え、アッシュとルークが消えた方を見つめるガイは苦笑はしつつも、目はとても優しさをはらんでいた。





「なんだかんだ言って、アッシュもガイもルークに甘いよね〜」
「…それは否定できないな。」
「では、わたくしたちは、旅の準備をしておいた方がよろしいですわね」
「そうね。」



旅の準備をしておかなければ、と言う他の面々もどこか優しい目をしていた。


小さな小さな朱が少しでも幸せだと笑っていられるように…。

仲間たちはそう強く願った。

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