(※kito's story よい来世を after side meguru)













ティーポットと、二人分の真っ白なカップ。
注いだ紅茶の薫りでゆっくりと肺を満たすように息を吸い込みながら、 私は甘さが控えめになるよう意識して作った焼き菓子を滑らかな所作で口へ運んだ。
しっとりとした口当たりと、口内に広がる絶妙な仕上がりのビターテイスト。
今まで作った中で最高だと言えるだろうその出来に、私は相好を崩しゆうるりとティーカップへ手を伸ばす。

「ねえ、縞子。今日はあなたの好きなアッサムティーですのよ?」

白く、清潔なテーブルクロスに品良くに並べられた食器と、それから、その上で美しく飾りつけられた幾つものお菓子。
色とりどりの花に、対で揃えたカップにはお砂糖とミルク。
私とあなた、二人でひっそりと開く秘密のお茶会。
何もかも完璧に配置されたはずのテーブルの、その向こう側から、けれど、どうしてかいつも柔らかく笑い返してくれるあなただけが、今日は世界からすっぽりと抜け落ちている。
――なんだか、とても不思議な気分だわ。
遅れたことを詫びるように、少し困った笑みであなたが現れて、空いた椅子にゆったりと腰掛ける姿がこんなにも容易く目に浮かぶのに。
いつまでも、いつまで経っても、あなたが現れることはない。
カチン、カチン、と柱時計が刻む針音は、耳の奥に必死に纏わりつこうとするかのようにやけに大きく、うるさかった。
カチン、カチン。
一定のリズムを保って鳴り続ける、煩わしいばかりの針の響き。
それを聞きながら、一体、どれほどの時間が経ったのだろう。
ふと意識が浮上して、辺りを見回すと、すでに日は暮れ、室内は薄暗くなっていた。
長く同じ体勢でいたせいか、固くなった身体は身動ぎに微かな痛みを覚えて、自分の顔が小さく歪むのを感じる。
…いつの間にか、かなりの時間が経過していたらしい。
用意したティーポットは冷えきって、焼き菓子は乾燥してパサつき、硬くなっていた。

「あら……。もう、お開きの時間ですわね、」

どこか苦笑するように微笑んで、つぶやく。
私だけが取り残された、たった一人きりの秘密のお茶会。
そっと、胸に疼くのは寂寥感。
それは緩やかに、ぬるま湯に身を浸すように、時折淡いあの子の笑みを思い出させようとしながら、私の身の内のどこか柔らかな場所へ消えない跡を残していこうとする。
ただ、いつまでも、健やかに。
あの子の笑顔がそこで咲き続け、あの子のすべてが美しい光に満たされ、祝福されますように、と。
そう、祈った、平穏で、私のいとおしかった日々。

今はもう戻らない夢、。

美しいだけの、幻 。


( あ あ、 )


思いを馳せる、ただ、それだけで、私の目の奥には痛みを伴うような熱が走り、縞子、囁くようにあの子の名を呼ぶと、その声は不様に震えて、掻き消えていく。
あら、なぁに?
そんな、どこか甘やかすような響きを含んだ声が今にも聞こえてきそうな気がするのに。
あの子が現れることは、もう、ない。

(、そう)
(もう、ない)
(もう二度と、ないのだわ、)

ぎりぎり、ぎりぎ、り、と、締め付けられるように少しずつ苦しくなっていく呼吸。
それを誤魔化すように、私は仄かに濡れた睫毛をゆっくりと下ろしながら、カップに手を伸ばす。
深く息を吸い込み、吐き出して、緩やかな速度で入れ替わっていく空気。
鼓動。
脈を打つ心臓。
そのすべてを感じながら、カップの中に残った冷たい紅茶を静かに飲み干す。
窓の外にぽっかりと浮かんだ月を眺めて、ゆうらり、目を細めて。
あの子を思い、私は、いつものように笑みを浮かべる。

「……ねえ、縞子。今夜は月が綺麗ですわね、」

ひどく穏やかな、自分の声。
けれどそれに返す声がここに響くことはもう、ない。

(あ あ)
(しま、こ、)

こんなにも広くて、静かで、静かすぎる部屋の、真ん中で。
私はずっと、一人きり。
ずっと一人きりの、ままだった、。
たまらなくなって、震える目蓋をそっと閉じると、あの子の名を、もう一度だけ呼んでみる。

「     、」

(し まこ、)

(ねえ、しま こ、)

けれど、それは音になることも出来ずに空気中へ溶けだして、私は、くちびるを噛み締めながら声を殺す。
誰かに掴まれたみたいに、ぎゅうぎゅうと喉がくるしくて、いたい。
肺の奥が、震えている。
あ あ、。
だって、あの子が好きだと言ってくれたこの目の色は、私の、本当のそれじゃない。
美しいと言ってくれたこの髪は、本当の、疎ましくて仕方ないあの真っ赤な色の髪じゃない。
私はあの子に、。
私は、あの子、に 。


「、  し ま、」




(なに も、伝えることができていない まま、だ、)



































「…隊長、準備が整いました」
「……ご苦労さま。総員待機、合図後に突入用意を」
「了解しました」
「…………」
「……隊長?」
「………あら、なあに?」
「……あの…大丈夫、ですか?」
「…ええ、大丈夫ですわ。心配なさらないで」
「、あ…すみま、せん。出過ぎたことを、申しました、」
「あら…どうして謝るんですの?」
「い、いえ、その…」
「ふふ、貴方、そう堅くなるのはもういい加減におよしになったら?」
「も、申し訳、ありません、」
「…本当に、申し訳ないと思ってらっしゃる?」
「っ、も、もちろんです!」
「では、そうね……くれぐれも、」
「はい!」
「…今日の奇襲では、死者など出さないようになさって。ね?」
「あ……隊、長、」
「…ねえ、飛塚。約束よ?」
「、了解、しました」

こく、り。
気遣うような表情で頷く飛塚に、私は、緩やかに微笑む。
汗ばむような晴天。
美しすぎるこの世界。
それでも貴方の居ない今日は時を刻んで、正しく私にやってくる。



















▽childfood's end/巡と縞子(*)

2013/01/26 22:19


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