爆豪 勝己の場合

―――キスしないと 出られない。


「・・・」

「・・・」


壁に記された、その恐ろしい字面を前にして・・・爆豪 勝己は、壁の文字を親の仇かのように睨みつけていた。
あまりに恐ろしい形相に、さすがの強子も怖くて声をかけられず黙している。


「・・・」

「・・・」


この部屋に来てから、何分くらい経っただろうか。その間、ただただ気まずい沈黙だけが流れていく。
いいかげん これでは埒が明かないと、強子は渋々と口を開くことにした。


「ねえ、爆豪くん・・・」

「・・・」


返事はない。
瞬きもせず、ピクリとも動かない爆豪に・・・これはただの屍なんじゃないかと不安にかられる。
しかし、強子はめげずに、再び口を開く。


「この部屋って、相澤先生の言ってたアレだよね・・・えっと、どうしよっか!」

「・・・」


少しでも場を和ませようと、笑顔で明るく言ってみたものの、彼の眉間に刻まれたシワの数を増やしただけで 徒労に終わった。


「あー・・・あのさぁ、聞こえてる?」

「・・・」

「(こいつッ・・・なんか、喋れよ!)」


なんて不毛なんだ・・・一方的に話しかけるだけで、まともなリアクションなんか一切返ってこないのだから。
ここには爆豪と強子の二人しかいないんだぞ?強子に話しかけられたなら、当然、爆豪が応えるべきだよな!?
沈黙の時間が続くほどに、だんだんと、強子の中で苛立ちが募ってくる。
よくわからない部屋に閉じ込められて・・・眉間にシワを寄せたくなるのは、爆豪だけじゃないんだよ。
こんな環境でも、一緒に閉じ込められた者が 気心知れた間柄の人間だったら、まだ良かっただろう。しかし実際には、非友好的な態度で 強子に見向きもしない爆豪である―――


「・・・チッ」


苛立ちのまま、強子は小さく舌打ちをもらした。
それとほぼ同時に、バッと目に見えない素早さで爆豪が動き、強子の顔を、正面からガシッと片手で掴みあげた。彼の握力で、強子の顔がうにゅっと潰される。


「さっきから、耳障りに、ペチャクチャと・・・うるっせぇんだよテメーは!」


めちゃめちゃ逆ギレされた。
・・・と、思ったら、彼の怒号はそんなものじゃ収まらなかったようだ。すっと息を吸って、怒涛の勢いでまくし立てられる。


「こっちは、この状況でどーすべきか頭を絞ってるっつーのに、お前と呑気に話してるヒマぁねえんだよ!ったく、クソうぜェ!!このまま お前の顔を爆破してやりてーくらいだが・・・個性が、使えねェ!!わかってんのか!?個性が使えねーっつう事からして、俺らは例の個性事故で ここに閉じ込められてんだ!それに、部屋の外に通じるもんが何もない妙な密閉構造――どう見てもこの空間自体が個性でつくられたもんだろ!物理的にここから出んのは無理だ!ついでに この部屋に来る前の記憶がボヤけてやがる・・・俺たちの現在地も、今が昼か夜かもわかんねーし、そもそも外部とコンタクトとる手段がねえ!ならっ、俺たちが最低限のリスクとデメリットでここから出る方法は!!テメーも少しは考えたんか!!?あ゛ァ!?」


爆豪の勢いに気圧され、思わず強子が後ろに下がれば、勢いづいている彼はズンズンと強子に詰めよってくる。
一歩、また一歩と、強子が下がり、爆豪が前進する・・・その攻防を繰り返しながら、彼はなおも怒鳴りちらす。


「っつうかよ!対処法が“条件”をクリアすることだとして、“それ”になんの意味がある!?そんなことして誰が得すんだ!?こんなクソみてぇな場所に閉じ込められて、誰かのいいように手の平で転がされてると思うと・・・ムカつくんだよっ!!なあ、この状況で楽しくオシャベリできると思うかァ!?ふざけてんなよ、能天気女がっ!!」

「・・・ふみまへん」


爆豪に追いつめられ、ついに後頭部をゴツンと部屋の壁に打ち付けた強子は、口がタコみたいな情けない顔のまま、素直に謝った。
調子にのって舌打ちなんかして、すみませんでした。
強子の顔が爆豪の手からようやく解放されると、強子は後頭部をさすりながら、首を傾げる。


「えーっと・・・それで、爆豪くん的には、どうすべきか 結論は出たの?」


先程はだいぶ長考していたようだし・・・もとより 彼は知略に秀でた男である。もしかすると、何かいいアイデアがあるのかもしれない。
期待をこめて強子が問うと、彼はグッと苦虫を噛み潰したような顔で拳を握った。


「・・・・・・するしか、ねぇだろ」

「えっ!?」

「・・・」


爆豪の言葉に、キョトンと呆けてしまう。
“するしかない”って、キスするしかないってこと?あれほど長考してたのに、その成果はなし?
なんだよ、手の平の上で転がされるのは腹が立つんじゃなかったのか?
というか―――爆豪という人は、自分がやりたくないことは死んでもやらないタイプだと思っていたんだが。
彼にとって、強子は怒りの対象となることばっかりだし・・・強子を相手に、キスだなんて、


「爆豪くん・・・できるの?」


眉を下げ、心配そうな顔で問えば、


「なめんなァ!!ンなもん、余裕だわクソが!!」

「ええ!?」


また急に怒ったかと思えば、勢いよく、強子の背後にある壁に拳を叩きつけた爆豪。その拍子に、耳元でドスッと痛々しい音が響いて、強子はヒェッと声をもらす。
強子を見下ろす爆豪は、これでもかと目をつり上げ、ギンッと鋭い眼光を向けてくる。
そんな爆豪を恐ろしく感じ、強子は顔を青くして 身を縮こませた。
なにせ、今の強子は・・・個性が使えない。今の強子には、威圧的にブチ切れている男を前にして 堂々と振る舞えるほどのふてぶてしさはない。


「え・・・待って、本当に するの?」


そんなに殺気を滾らせた状態で?
ヒーローを志す人間とは思えない形相で 強子を見下ろしている爆豪・・・恐ろしさのあまり、腰が引けてしまうんですけど。


「・・・じゃあ お前は、外に出られないまま、死ぬまでここに居座るってのか?」

「そっ、それは嫌だ、けど・・・」

「―――で?それなら・・・お前は、どうしてぇんだよ」


うっ、と言葉につまる。
強子の答えなど一つしかない。最初からやるべきことは一つと決まっている。
爆豪もそれをわかっているだろうに、わざわざ強子に言わせようとするなんて・・・人が悪いぞ!
熱くなる顔を隠すように俯けて、強子は小さな声で答えを紡いだ。


「―――爆豪くんと・・・キス、する・・・」


・・・なんだコレ、恥っず!!
言葉にした直後から、強子の頬はさらに熱を帯びていく。
こんなこと・・・恋人でもなんでもない人に言うようなセリフじゃないのに。とりわけ、今まで切磋琢磨してきた“ライバル”に向けるには、あまりにそぐわないセリフである。


「・・・ハッ、決まりだな」


爆豪がニヤリと口元を歪めた。


「(・・・あれ?)」


気がつくと、先ほどまでの怒りも殺気もすでにナリを潜めており、今となっては、彼の機嫌はたいへん良さそうである。
・・・なんだか、嫌な予感がする。捕食者のうろつくサバンナに放り出されたときのような、おっかない気分だ。
本能的に、いったん爆豪から距離をとろうとしたのだが・・・強子が行動に移す前に、爆豪に先手をとられた。
彼は、逃げ道をふさぐよう強子の背後の壁に両手をつき、彼女を囲いこんだのだ。


「なに逃げようとしてんだ・・・互いの合意のもと、だよなァ?」

「・・・っ」


強子の考えは、彼に見透かされていたようだ。
彼から逃げるのは無理そうだと悟ると、強子は諦めて、おとなしく壁に体重を預けた。
それを見て、爆豪は「俺の勝ちだ」と言わんばかりに、意地悪い笑みを浮かべる。
・・・いや、こんなときにまで、張り合うなよ!まあ、彼らしいといえば、彼らしいけど。
呆れたように脱力しながら、至近距離で爆豪を見ていた強子は、ふと・・・彼の瞳に目を奪われた。
熟れたザクロのように赤い瞳が、燦々と光彩を放っている。


「(・・・きれい)」


これまで嫌というほど顔を合わせてきた爆豪だが・・・彼を、こんな間近でじっくりと観察する機会なんて今までなかったから、知らなかった。
彼の瞳は、まるで宝石みたいだ。ガーネットのように神秘的な光を放ち、力強く輝いている。
今、その宝石のように綺麗な瞳の中に、強子の姿が映っている・・・なんというか、妙な心地だ。


「(・・・って、何考えてんだよ 私は!!)」


自分の思考回路に恥じ入り、サッと顔を俯かせた。
あの爆豪の瞳を・・・“きれい”て!!
バカヤロー!相手はあの、爆豪だぞ!?言うに事欠いて、それかよ!!ヴィランみたいな顔したこの男に、“きれい”なんて言葉・・・もっともかけ離れた言葉だろうが!


「なぁ、オイ・・・」

「!」


爆豪の声に、はっと我に返る。


「よそ見してんな・・・こっち見ろ」


そう言いながら、彼は強子のあごに優しく片手を添え、すっと彼女の顔を上向きに持ち上げた。
強子の目が、爆豪の目と、カチリと視線が合わさる。
彼の顔には、もう意地悪な笑みもなければ、かといって怒っている様子でもない。
いつもの見慣れた、目をつり上げたり 眉間にシワを寄せた顔・・・ではなく、いつになく真面目な顔でじっと強子を見つめていた。
力強くも美しい瞳が、強子だけを捉えている。
こうして黙っていると・・・彼は、イケメンと称される部類なんだったと、嫌でも思いだす。


「(くやしいけど・・・ビジュアルだけはいいんだよなぁ・・・中身はアレだけど)」


強子がボンヤリと見惚れるくらいには、見目がいいのだ、この男は。中身はアレだけど。
そんなことを考えていれば―――爆豪が、強子のあごに添えていた手をするりと滑らせ、ゆっくりと頬を撫でていく。
そのやけに色気のある動きに、強子は頬を上気させ、ごくりと唾を飲みこんだ。
強子の頬を撫でていた手が、頬にかかる横髪を掬うと、優しい手つきで耳にかけた。
そして爆豪は、自身の額を、コツリと、強子の額にくっつける。


「「・・・」」


互いに言葉はなく。
二人はおでこをくっつけたまま・・・ただ 向かいあう相手を確かめるよう、じっと見つめ合う。
まるで恋人同士がするような体勢、甘ったるい空気。あとほんの数センチでキスできるその距離に、ドキドキと胸が高鳴っていく。
ふいに爆豪が唾を飲み、喉を鳴らす・・・そんな些細な動きで、察してしまう。


「(ああ、私・・・今から爆豪くんと、キスするんだ)」


・・・だが。
その前に、一つだけ言わせてほしい。
これからキスするという時に、ばっちり目を見開いたままなのは、少々・・・不躾ではないだろうか。


「・・・目、閉じてよ」


たしなめるよう、爆豪に指摘する。
キスする相手の顔をガン見だなんて、マナーがなってないぞ!というか・・・その力強い瞳でじっと見つめられていると、落ち着かないからやめてくれ。


「あ?・・・お前が先に閉じろや」


・・・いや、だから、こんなときにまで、そんなことで張り合うなよ!
爆豪の返答に、強子が思わず眉を寄せていると、彼はさらに言葉を続けた。


「ンだよ・・・そんなことも出来ねぇのかテメーは」

「余 裕 で す け ど!?」


噛みつくように返してから、はっと我に返る。
つい、いつものノリで、余裕だなんて強がってしまった。
余裕と言ったからには、強子が先に目を閉じるのが、当然の流れだろう。それに、どうせ 彼のほうが折れることは無いだろうし。


「・・・わかった」


諦めたように小さく息をつくと、強子はようやく覚悟を決めた。
そして、彼女は・・・ゆっくりと目蓋を伏せていく。
目蓋が完全に閉じきる前に、爆豪がグッと体をかがませるのが見えた。


「(ああ・・・今度こそ、本当に・・・―――)」


彼を受け入れるよう、強子が僅かに顔を傾けると――――二人の唇が、優しく重なった。












「っっって、何でだあああぁぁ!!」


ガバッと布団を跳ね除けて上半身を起こすと、ぜぇはぁと呼吸を乱しながら、ぐるりと部屋は見渡し・・・ここが自分の部屋であり、自分はベッドの中にいて、今まで眠っていたことを把握した。
途端に、強子はふるふると小さく震えだして、


「おまっ・・・もう、なんっつう夢みてんの!私ぃぃ!!」


盛大に叫び声をあげた。


「なんで、爆ごぉお!?よりによって、爆豪ッ!!」


真っ赤な顔で頭を掻きむしるが、それでも気持ちは収まらず、強子は自分の枕をポカポカと両手で殴りつけた。


「ってか、なんかデジャブなんだけどぉ!」


似たようなことが 体育祭直後にもあったような気がする。
あのときは体育祭の疲労が原因だったが・・・今回は、きっと相澤が変な話をしたせいだ。うん、そうに違いない。
その日、どっと疲れた様子で登校すれば・・・爆豪はいつもと変わらない不遜な態度で、ヒーロー志望と思えぬ形相で強子を睨んできた。


「(ほらね、やっぱり夢だったんだ・・・キスした相手を こんな鬼のような顔で睨む奴、いるわけないもん!)」


思えば、部屋の中にいた彼は、まるで別人のようだった。そう・・・言うならば “きれいな爆豪”といったところか。
夢の中だったとしたら、別人みたいに男前な あの爆豪にも説明がつく。
そう納得すると、強子は変な夢のことも、唇に覚えている柔らかな感触も・・・さっぱり忘れることにした。
そうして、日常に戻っていった強子に、恨めしげな視線を送る者がひとり―――


「―――・・・なっんで、アイツは!あんなことがあった後だっつうのに、いつも通り、何も変わんねえんだ!!?」


わなわなと震え、強子を視線で射殺さんばかりの爆豪。
そんな彼の様子に、上鳴は事情を知らないながらも 何やら察したようで、慰めるよう爆豪の肩に手を置いた。


「身能が思い通りにならないなんて、今さらだろ!それより、惚れた女をそんな恐い顔で睨むもんじゃないぜ?爆豪クン」

「ッ・・・、うっせんだよ黙っとけや アホ面!!!」










==========

爆豪が相手なら、困難にぶつかったって・・・張り合いながらも、最短ルートで最適解を導けそうな二人。

まあ爆豪のほうは、色々考えた末、キスするしかないと気づいてから・・・ここぞとばかりに、今回のシチュエーションを楽しんでそうです。夢主が目を閉じたあとも、彼はちゃっかり目を開けたまま、夢主のキス待ち顔を堪能してそう。


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