小説 のコピー | ナノ
雑用を頼むな
プリントの束を先生から渡された。
つぎの授業までに教室に運んで、配っといてくれ。
そんな雑用を押し付けられることなんてよくある話、先生ってみんな言い返さない生徒に強いよね。かく言う俺がその言い返さない生徒なわけだけど。
はあ、ため息をつく。
何故だかなにもない廊下で転んでしまった。
ひらりひら、窓からの風で床を舞うプリントたちが憎い。しゃがんで地道に一枚一枚と拾っていると、くしゃりと足元で音がした。あ。どうやら一枚踏んでしまったようだ。特になにを思うでもなく踏んだプリントを手に持って、少しだけ握りしめる。紙特有の音で悲鳴を上げたプリントは、捨てられる前のように無残になった。俺はそのプリントのシワを無言でのばすと、綺麗なプリントとプリントの間にしまい込む。まるで何もなかったかのように拾い集めて、またはじめの通り束をつくる。
汚いプリントは紛れてしまえば他となんら変わりはなかった。
「先生ぇー!俺のプリントだけ汚いっす」
なにこれ、いじめ!
クラスのお調子者が嬉しそうにプリントを掲げる。なにあれ、まぞなの。
ちょっと気持ちひきながら綺麗なプリントに視線を落とす。
周りの何人かが、日頃の行いが悪いからだろとかまじだ汚ねーとか構う。構われたいがためにあいつも調子良く先生を責めたり被害者ぶって笑いをあおぐ。いつもと、なにも変わらない日常。
聞き慣れた雑音にまぶたが重たくなる
「こがねいくん」
また先生に雑用を頼まれた。
クラスの引きこもりの小金井君の家へ、プリントを届けろ。
なんて、俺よりもっと近い人居るだろ。俺よりもっと適役がいるだろ。俺よりもっと先生の言うこと「はい かしこまり」って行儀よく聞いてくれる奴、ごまんといるだろ。何でおれ。
そう心で愚痴りながら小金井君の家の、さびれた白いポストにプリントをねじ込んでいると、ポストの横の門が開いた。ふわり花々の香りも漂ってそちらをみれば、同い年くらいの少年が立っている。
「あ……」
むこうが先に声を出したので、俺は眉間にしわを寄せながらそいつを観察した。
あちこちに跳ねた髪と長ったらしい前髪、だっさい眼鏡。
見るからに暗い、ああ小金井君かと遠い昔の記憶をたどってなんとか思いだす。
「おはよう」
「………」
しかとかよ
もう夕方だよとかツッコミくれてもいいと思うんだけど。
まあいいけど。そう諦めて、郵便物だらけでポストに挟まるだけだったプリントをわざわざ抜きとり、小金井君にずいっと手渡そうとする。
小金井君は驚いたり狼狽えたり、とにかく視覚的に騒がしい。終いには深々とお辞儀をしながらプリントを両手で受け取ったから、ちょっと笑った。
「……っ」
「小金井くん、また明日」
会えるかわかんないけど、なんて捨て台詞わざわざ吐かなくてもいいのに。届ける手間をかけさせた嫌がらせにぺっと吐いてみた。小金井くんは長ったらしい前髪で表情が見えないけど、ちょと驚いたんじゃないだろうか。ざまあみろ、いつまでも引きこもってるからだ。
引きこもった理由なんて知らない。
知ろうとも思わない。
どんなに辛い過去があったとか苦手があったとかでも、今実際じぶんが行動していることがすべてなんだ。かわいそうだね、でも君もいままわりに迷惑かけてるね。じゃあ五分五分、みたいな。
つま先を方向転換して小金井くんの家から、また来た道を戻る。
おれの家はもっと学校から近い。
ほんとうに手間な届け物という任務を終わらせたおれは、はやく帰って小腹を満たして親が帰ってくるまでなにしてようかとスマホをかまった。
「あ…あああのっ」
あさパンを咥えながら玄関をでたらイケメンがいた。
思わずぽろり落としそうになったパンを右手で押さえながら、頭だけおじぎした。
「お、おはようございます」
「おおおほやうざいまつ!」
噛み過ぎてもはや何語なのかわからない。
宇宙人ですか?ときくにはイケメン過ぎてなんだか向こうの言葉のほうが正しい気さえしてきた。おれが何語喋ってたんだ?あれ?
まだ起きて10分もたってないおれの脳味噌はゆっくりしか動かないらしく、うまい言葉がでてこないままとりあえず玄関のカギを閉めた。
「じゃあ、おれ学校なんで」
手をあげてそのイケメンの前を通り過ぎようとしたら、ふわりとそいつから花々の香りがした。いい匂いまでする…あれ、これって。昨日の帰り、寄った家の匂いを思い出す。そうだ小金井くんの家のとびらが開いたとき……このひとお兄さんか?兄弟そろって挙動不審とか救いようがないな。
「あああの!名前っ、なんて言うんですか!」
「え…佐藤です」
「さ……とう、くん」
なんで名前聞いたのかな、と思って足を止めてその人をみてたら目が合う。
視線をあわせるのが苦手なのか、伏し目がちに目を逸らされたからなんだか妙な色気に男のおれでも見惚れた。綺麗な二重に黒髪白肌のコントラスト。まるで人形みたいなそのひとは、生きてる感じがしなくてなんか怖かった。
「じゃあ」そんな短い言葉で逃げるように学校へ向かう。
そのひとは追いかけてきたりはしなくてホッとする。
「聞いたか?保健室に眠れる森の美男がいるらしいぜ」
「だっっさ」
なんだその美女の取ってつけた版は、もういっそ眠りの美男子とかのほうがいいんじゃないか。我ながら名案に満足していると、先生に呼び出しをくらった。
こいつまた俺をこき使う気か?信じられない、と思っていたら雑用とかじゃなく「おまえ、良くやったな」と褒められた。ぽかーんと褒められ慣れてないおれは口を開けたまま先生を見やる。
「お前のおかげで小金井が登校するようになって、先生は嬉しいよ」
「え?小金井くん来てませんよね」
「ああ、まだ教室には来れないが保健室登校してるぞ。会いに行ってないのか?」
「はあ」
なにが保健室登校だ。教室に来てこそだろーが。
とくに仲良くもないので保健室行ってみようかなという気もせず、適当に先生からの感謝に相槌を打って逃げた。
眠れる森の美男ってまさかあいつ?いやでもあいつもっさいイメージしかないしな。ふざけて美男とか呼ばれてるのかな。可哀想に……不登校なんかなるから異色な目でみられめいじめられるんだぞ、おれは助けてやれないからな。
とかいって、周りをうろつかれると、面倒を見ている未来がみえた。
(くそ……引きこもりの癖に満点だと!?)
(あ、た、たまたまで)
(やかましい!)
雑用を頼むな
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