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《強化素材ください》
早朝のだれも呟かないチャットに書き込まれたメッセージ。
寝惚け眼でみつめながら、サイト全体に発信されたそのことばに返信する。
《いいよ》
オンラインゲームとは、顔も知らないだれかと共闘できる。
こうやって見ず知らずのひとに馴れ馴れしく話しかけるのも、ゲームの世界だからだ。
《まじで言ってんの?はやく》
だれでも見れる全体チャットだったのが、切り替わってダイレクトメッセージが来た。
そもそも強化素材というのは渡したりできるものではないので、はなから冗談なのを知ってるおれは適当にゴミみたいな武器をあげる。
《くっそwww要らねえww》
こんなしょうもない絡みをするためだけに、オンラインRPGに登録してる。
そこからちょっと初めましてのそいつと絡んで、欠伸をしながらベッドから起き上がった。じゃあ落ちるね、なんて書いて相手の返事を待たずにゲームを切る。スマホアプリだから簡単な作業で、気が付くとついゲームを開いてたりするから病気予備軍かな。
「西野!これ五番テーブル」
「はい」
覇気のない声でへんじをしたつもりはないが、店長が煽るような声で「はい!」と大声を出すから真似して大声を出す。
穏やかなカフェバーだというのに恒例の暑苦しいやりとりに、常連さんはくすくすと笑っていた。
「こちら牛タンスモークサラダです」
わらっていた常連さんのテーブルにサラダを置くと、今日も楽しそうだねと一声かけられて頷く。
高校をでてすぐ会社に勤めて三年。せっかく会社にも一人暮らしにも慣れてきたというのに、叔父が倒れたとのことで一番近くにいた俺が駆けつけるとあれやこれやで叔父の面倒をみることになった。
会社を辞めて、叔父のカフェバーの社員として働いている。
「おじさん、西野さん困ってるよ」
爽やかなバイト君が気づかってくれるが、おじさんは荒療治だという。
おれはあまり接客向きではなかった。もう過去形だ。
まだすこし覇気がないものの、慣れというのは自然とやってきてお客様に気を使える程度には接客が上達している。
「こいつは自分から声出せるようにならねえと、彼女の一人もできやしねえよ」
「失礼な…」
「あはは!西野さん、そもそも女に興味ないだろ」
さらに失礼なバイトにトレーで肩を殴る。
痛ぇと騒ぎながらもけらけらと笑ってるのが、ほんと馬鹿にしてる。
でも確かにそうなのだ。いまは特に何にも興味がわかなくて、唯一続けていたりするのがゲーム。それもオンラインRPG。周りには特に言ってないから、俺が暇なときなにしてるのか謎だとよく言われる。
カフェバーの店員をするにあたって、見た目にすこし気をつかっているし。がっつりオタクなわけでは無いのでゲームをする印象はあまりないのかもしれない。
「あ、また来てるあの団体」
爽やかバイトが顔を明るくしたのは、みるからに年齢層がばらばらでどちらかというとオタクっ気のつよい集団。
おれは少しだけ、どきりとしたけど別に“リアル”では知り合いなんかじゃない。
「あれがオフ会ってやつっすよね」
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