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前の会社は嫌いじゃなかった。
でも大きな組織であるだけに、個人を個人の性格としてみないところが冷めてるなあと思ってた。
「いやぁ久し振りだな西野」
「あはは…」
おれはこんなに肩ばんばん叩かれるほど、同期と仲良くなかった気がする。
そもそも入ってすぐ部署が違ったりして先輩としか話す機会がなかったし、ある程度の付き合いで寮で何度か集まったけど会社愚痴大会みたいになるから避けていた。
「ほんと、久しぶり」
ただ一人、同じゲームをしてるからという理由で仲良くしていた奴もいるけど。
にっこり営業スマイルを向けつつも、目が笑っていないそいつはよく俺を毒付けにする。毒付け、といっても物理的なものじゃなく、とにかく毒舌で最初こそなんだこいつと思っていたけど慣れたら可愛いもので今では笑って交わせるもんだ。
「会社から逃げてのうのうと生きてるじゃん」
ああ、懐かしいこの笑顔。
「逃げたんじゃないからね」
「あはは!こいつ西野居なくなって仕事増えたこと怒ってっから」
「そうなの?それはごめん」
「仕事増えたことより引き継ぎ下手で怒ってる」
「LINEしてよ」
ていうか、毎日ゲーム内でいまでも会ってるんだからいつでも言えただろう。
はじまりもほぼ一緒の同期は、一番最初につくった小さなグループで今でも遊んでいる。おれが仕事を辞めてからでも変わりなく接してくれてるこいつは、きっといい奴なんだろうけど、なにぶん口が悪いし態度もでかい。
「それで、ご注文は?」
昔話にあまり花を咲かせるわけにもいかないので、メニューをとんと人差し指で叩いてみせる。
「なんだよ冷てえなあ」
「もうすぐ取引先向かうから、コーヒー2つで」
なんだ仕事中でこっちに来てたのか。
かしこまりました。とわざとらしく棒読みで頭を下げてキッチンへオーダーを通すと、後ろから文句みたいな野次が飛んでくるが無視だ。
知り合いとはいえ客なだけに、キッチンとホールのあいだに立って待機しないといけない。面倒だなあと息を吐いたと同時に、もう一組来店の鐘が鳴る。
「よお」
そんな呑気な挨拶で入ってきたのは助さんだった。
「いらっしゃい、1人ですか?」
「もー少ししたらありすも来るってよ」
ありす、その名前に同期の1人がこちらを見る。
ただ動いてるモノを目で追ってしまう習性でこちらをみているのか、それともありすの名前が気になったからなのかは知らないが、とりあえず視線を合わせて微笑んでおく。
今度はカウンターに座った助さんがおれの視線の先を追うから、すかさず邪魔するように「ご飯ですか?」と問いかけた。べつに2人が認知し合ったところで何ともないが、何ともないからこそ認知しなくてもいい。
ちょっと面倒くさいと思うだけだ。
「じゃあいつものでー」
「ローストビーフ?」
谷やんがいつの間にかホールの入り口に立っていて、助さんのいつものに反応する。
そうそれ!と言う助さんに指で輪っかを作ってオッケーなんて仕草をする谷やんは、すぐにキッチンへと姿を消した。カウンターの中で、オーダー取りの仕事を取られたおれは手に持ってるペンを置く。
「ああ、そうだ最近カイドウみねえな」
「……確かに」
ふと、言われて思い出してみれば姿を見てない。
大規模なオフ会までは何度も定期的にここへきていたが、あれ以来は2、3回来たかなという感じだ。
「俺らが通ってること知ってるみてえだから、来づらいのかもな」
「なんで?何したの、こわ」
「何もしてねーよ!」
ほんとかなあ。
なんて冗談交じりな声で笑えば、助さんは何か言おうとしていたのを止めて固まる。
不思議に思ってカウンターごしに助さんを眺めれば相手も同じようにこちらをまじまじと眺めるから、眉間にシワがよった。
それをみて助さんは驚いたように口を開く。
「なんか、喋るとゆゆと雰囲気違うよな」
「……そりゃ文面とは違うだろ」
「だよなあ表情もつくと尚更だよな」
「あんま見ないでくれる?」
シャットアウトです、と助さんとおれの間を掌で遮ると「そーゆーあほみてえな所はゆゆのまんまなんだけどなあ」と馬鹿にされた。なんなの?何がどうゲームのゆゆと違うって言いたいの。そりゃ女アバ使ってるんだから、男の今のおれじゃ違和感あるだろうけど。
むむむ口を一文字に結びながら首をひねっていたら、注文の品が出来たと声がかかり助さんに一礼する。
キッチンには2つのコーヒーカップが並んでいて、ああこっちの注文かと思い出した。
「熱いのでお気をつけ下さい」
業務的な言い方でカップをおろすと、同期もわざとらしくありがとうございますと頭を下げる。
可笑しくてはにかんでしまう俺に、一緒にゲームしているほうの同期が意味深な視線をぶつけるから、なんだよと意味を込めて目を細めた。
「なあ、オフ会行かないって言ってたよな」
「オフ会?」
そう疑問を浮かべたのは、ゲームなんてしない同期で。
おれに疑問をぶつけてきた同期は、おれからの返答しか待ってないようにシカトするからとりあえず頷く。
「行ってないよ」
あとオフ会はぐぐれ。と答えてあげると、冷えな。と何度も言われた言葉を返される。
ふーんとだけ返した毒舌野郎はたぶんおれと助さんのやり取りが聞こえていたのだろう。だからと言って今説明するのも難しいし、なんならどこからどう説明するべきなのかも分からない。
とりあえず立ち去ろう、と視線を合わせるために曲げていた腰を伸ばすと カラン。ちょうど来店の音が響く。
「いらっしゃいませ……あ」
その人物は、助さんをみるなり構っていたスマホをポッケにねじ込んで迷うことなく隣に座る。
「よお、わたる遅ぇぞ」
「いやそーちんと時間の約束してないからね」
今日はスーツでも着物でもなく、無難な私服なのか。
おれはお客様がきたからと同期のテーブルを離れて、カウンターに座ったありすちゃんの背中をぽんと叩く。
「いらっしゃいませ」
笑ってそういえば、背筋を伸ばしたありすちゃんがおれを視界に入れてすぐに逸らす。
「こ、こんにちは西野さん…」
「お前なんなのそのキャラ」
ほんとにな。
助さんの言葉に全面同意しながら、謎の照れるありすちゃんに慣れてきたのでもう触れないでおく。
しばらくしたら普通に話し出すから、出会い頭だけいつもこうみたいだ。
「わたるもいつもので良い?」
「はい……ってえ、そーちんいつものとか言ってんの」
「いやだからお前その西野に大人しいキャラ、なんなの」
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