苦い恋うさぎ
すこしの間、怪我で入院していた。
高校生だからというか、みんなが勉強してるなか好きな事ができることに優越感を感じて楽しい入院生活だった。
病院の図書室には小学生くらいの子がいて、その子とよく出会って話していたのが一番記憶に残っている。初めのうちは話しかけたりしなかったけど、何度も会ううちに自然と会話が弾んでお互いに病室まで遊びにいったりして。おれは退院する前日まで、その子を励ましてたっけ。
得意じゃない折り紙で鶴やうさぎなんかつくって、林檎でヘナヘナなうさぎなんかつくって。不器用なくせにうさぎなんか作りたがるおれを、その男の子は可笑しそうにして笑顔を咲かせる。「明日で退院なんだ」といえば「また来てね」と返ってきた。
さすがにもう怪我はしたくないので、普通にお見舞いに行こうと思う。
そんなこんな、おれは高校に戻って来たわけだが。
「ギプスかっけ〜〜!!」
「ギガント砲でるんじゃね?!」
ちょっとやってよとかふざけやがる友人たち。
クラス内では静かなくせにこうやって個々のグループになると、すぐ騒ぎ出す。うるせえ!だまれ!かくいう俺もクラス内ではおとなしい方だけど、個々のグループだと大概口が悪い。まあ気心知れてる仲だからというのもあるだろうなあ。うちのクラス内で賑やかな奴らは男女交えた数人で、怖いものなんてないんだろう。
あいつらは誰にでもうるさいし口が悪い。言い方変えれば誰とでも砕けて喋れる奴ら。
羨ましいとは思わないけど、なんだか賑やかな奴らをみているとカーストが上だなって思ってしまう。
「北原、退院おめー」
下校時間、階段。
いわゆるカースト上位のクラスメートに、そう言われて苦笑する。
「ありがと」
ぜったい馬鹿にしてる。
まわりに人がいる時は話しかけてこないそいつは、悪ぶってる奴の中ではわりかし落ち着いてて女子に人気。男子にもよく「こうちゃんこうちゃん」と呼ばれていてボス猿ではないけど、確実にクラスの中心部。
こいつがイジメろ、と言ったら確実にその標的は次の日からイジメられるだろう。
まあそんなこと言う奴ではないんだけど。
「北原さあ、どこの病院入院してたの」
「医大」
「やっぱ?あの大きいとこだよな」
たんたんっと軽やかにおれと並ぶように階段を上がって、また方向を変えて一緒に降りる。
何したんだこいつ。
わざわざ上がって来たそいつに眉を下げて笑うと、なんだよと言われたから「一緒に帰るの?」と問いかけたら「玄関までな」と返って来た。
いまはギプスが目立つから、人が多い時間を避けて下校してる。運動部の声だけが外から響いてきて、まわりは冷えたように静かだった。
「もうすぐさ、吉野が帰ってくるらしいよ」
そんなことばに、へえ。と相槌を打つ。
吉野くんはおれらが入学してすぐ、体が弱くて入院して半年くらい来てなかった生徒だ。一週間も学校に来てないんじゃないだろうか?顔ももう思い出せない。だから反応が薄くなったわけだが、それが気に入らないのかギプスにチョップかましてくるから死ぬかと思った。全然痛くないのだが、びっくりしすぎて「痛っ」というと逆に相手がびっくりして笑う。にやにやしたおれの笑みに眉をひそめるそいつは、恥ずかしそうにそっぽを向くと耳が赤くなっていた。珍しい。耳だけ赤くなるとかあるんだ。
けがに響かないようゆっくり歩くおれに合わせてくれるそいつと、他愛もない話をして玄関に向かう。
「へー、弟さんも医大に入院してんだ」
「そうそう。めっちゃくちゃ可愛い弟が」
ブラコンかよこいつ。
ぽてっ、下駄箱から靴を落として、上靴を空になった下駄箱へ入れる。落として方向がまばらになったローファーを足で突きながら履いて、つま先を打ちつけながら微調整する。まだ真新しいローファーはすこし、履き心地が悪かった。
「できないことあれば、言えよ?」
おれの様子をみながら思うことがあったのだろう。
そう言ってくれた相手に苦笑いしながら、大丈夫だとギプスを振る。使えないのは左腕だし、べつにギプスがちょっと邪魔なくらいで何でもできる。
「意外と優しいんだ」
「バカ言え、いつもだ」
「あははっ」
しってるよ。
それは言葉には出さなかった。
(きみに好きって、ばれそうで)
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