卑怯者と罵られようとも

 夏の終わりを感じながら、エドマンドは窓の外を眺めた。まだ日差しは強いが、ある時と比べると柔らかくなった気がする。隣にいる恋人をそっと引き寄せ、エドマンドは彼の癖がある髪に触れた。
 同棲を始めた日から、半年以上の月日が経った。恋人の無造作に伸ばされた髪が、時間の経過を伝えているようだ。ここまで長い付き合いになるとは思わず、よくもったものだとエドマンドは考える。今まで、恋人は1年もてばいいほうだった。だからだろうか、妙に感慨深かった。
 このままいけば結婚の話も出てくるだろが、エドマンドは結婚に積極的ではない。むしろ、忌避しているほうである。
 しかし、ニールはそうではない。すでに添い遂げる相手をエドマンドと決めているからか、知り合いの結婚の話になるとそわそわしているところがみられた。
「ニールは、結婚したい?」
 不意に、言葉が出る。言うつもりはなかったのだが、なんとなく、口に出てしまった。ニールは急に言われたからか、顔を赤くしながら戸惑ったような声が聞こえる。どこか嬉しそうな声が聞こえるが、エドマンドの心は冷めていた。
 そして、ニールが何か言うより早く、エドマンドは告げる。自分にはその意思がないということを。
 わかっていたことだが、先程まで明るかった空気が重くなる。沈黙が耳に痛い。それでも、やっと吐き出せた言葉に心が軽くなった気がした。
 なんで、とぽつりと聞こえる。そう思うのは当たり前だろう。結婚が終わりというわけではないが、一つの区切りである。恋人たちが最終的に目指す形でもあるのだ。エドマンドはそれを、拒否したことになる。彼の想いを踏みにじったことになるのだ。
 理由はいくつかある。嘘をつくこともできるが、それで彼が納得するとは思えない。一つずつ、エドマンドは言うことにした。
「俺の母さんはね、結婚してたのに浮気したんだ。しかも、その浮気相手も結婚してて。それで、俺が生まれた」
「それは親の話じゃないですか」
 確かにニールの言うとおりである。しかし、エドマンドはニールを何度か裏切って浮気したこともある。それでもニールは離れず傍にいてくれるが、いつか嫌気がさしてくるかもしれない。結婚すれば変わるかもしれないと言われたが、エドマンドは自分が変われるとは到底思えなかった。
 また、人の心は移ろいやすい。恋人の『今』の愛を疑っているわけではないが、先のことなどわからない。今は大丈夫でも明日、明日大丈夫でもその先の1か月後や1年後、同じ気持ちでいるとは限らない。エドマンドの裏切りと合わせて、彼が気持ちが離れていく可能性もあるだろう。
 そして何より、エドマンドは自分が信じられなかった。確かに、ニールのことは好きである。大事にしたいと思っている。彼への想いは、誰にも負けないつもりだ。それなのに、大事にできないのだ。恋人を傷つけてばかりだった。もし、自分よりニールにふさわしい相手がいたら手放してしまうだろう。自分よりいい相手がいるかもしれないのに、縛り付けたくない。そして、そういった想いを抱きながら結婚生活を送りたくない。自分のわがままであるのはわかっているのだが、どうしても気が引けてしまうのだ。
「ニールは、恋は3年で冷めるって聞いたことある?」
 自分の気持ちを言い終えてから、エドマンドは恋人に尋ねる。何を言い出したのかわからない様子で、エドマンドのことをじっと見た。
「俺は別にそういうの信じてるわけじゃないけど。ただ、俺は長くても恋人と三年続いた試しがなくてね」
 この生活がずっと続けばいいと思う。だが、それが終わるときがくるかもしれない。まだ同棲を初めて8か月くらい、付き合っても2年経っていない。お互いのことを、まだちゃんと知っていない。
 全てを知り尽くせるわけではないけど、もう少しお互いを知ってからでも遅くはないはずだ。ニールがどう思っているかわからないが。
「だから、もし5年後まだ一緒にいたら、結婚してくれる?」
 まだ先ではあるけれど。それでも、まだ自分と一緒に居てくれるのなら。その時には二度と離れないと、固く誓うことをエドマンドは告げた。

 

 







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