愛とは怪物




!湿っぽいです 雲→夢主→了の割と一方通行 了平が結婚しています



 笹川君が結婚した。
 お相手は、あの可愛い妹ちゃんのお友達。1つ下とは思えないほど大人びている綺麗な子。思ったことはバシッと言う子のようで、沢田君がタジタジになっている様子を見たことがある。胆力があるっていうのかな。終ぞ彼を『笹川君』としか呼べなかった私とは、大違いだ。
 笹川君は白いタキシードが良く似合っていた。ステンドグラスから差し込む陽光を纏って、痛いくらいに目に眩しい。眩しいから、少しだけ涙が零れた。
 
 仕事が溜まっている、とか適当な理由をつけて、二次会には行かなかった。沢田君たちは、私のそんな適当な嘘にもちろん気づいていたのだろうけど、何も言わなかった。「また明日」と、優しい声で送ってくれる。振り返って手を振る余裕だけは、歳上としてどうにか持っていられた。

 
 
 「荒れているね」
 拠点に構えた自室で1人お酒を煽っていると、後ろから無遠慮に低い声が投げられた。ノックも何も無い。振り返ると案の定、和風に身を包んだ雲雀君がそこに立っていた。「君の部屋は白や暖色ばかりで居心地が悪い」とか文句を言いながら、私の方へと歩を進める。じゃあ帰ってください。黒はあまり好きじゃないので。
 「笹川了平の結婚式に出たんだってね」
 「……雲雀君は出なかったね」
 「行くわけないだろう。他人の結婚を何故わざわざ群れをなして祝うのか、意味が分からない」
 相変わらず容赦のない言葉だが、なんだかんだで草壁くん伝いに御祝儀は渡されたと聞いた。受付がざわめきと謎の緊張感に包まれたあの感じは、二度と経験できないのだろうと思う。
 その言葉と同じくらいに遠慮のない足取りで、私の目の前まで来た雲雀君は、そのままそこに腰を下ろした。居心地悪いんじゃなかったのか。
 
 
 「愚かだよ」
 私の批難じみた視線を気にも留めずに、雲雀君はそう発した。主語が無いが、その目は真っ直ぐに私を貫いている。
 「君は笹川了平を神聖視し過ぎるきらいがある。昔からね」
 「……」
 「あれの何を信仰しているのか、僕には全く理解できないけど。あれは人だよ。煩くて暑苦しい、ただの人間だ」
 「信仰なんて、」
 「信仰に違いないさ。あれは誰のものにもならないと、あれはたった一つを選びはしないと、どこかで思っていたんだろう」
 違う。そんなわけない。思い切り否定したいのに、喉に何かがつっかえたように言葉が出ない。そんな、彼の言った通りなら、それはなんという傲慢と怠慢なのだろう。恋心という言葉で覆っただけの、身勝手極まりない信仰だ。そんな、そんなの。
 
 そんなのって、サイテーじゃん。

 
 「酷い顔だね。ようやく気がついたかい」
 雲雀君は、何故だか少し楽しそうに"酷い顔"の私を見ている。なんなんだろう。突然こんなところにやってきたかと思ったら、容赦なく私の浅ましさを暴いて、口角を上げている。元々掴みどころのない人だけど、今日は特に彼の真意が読めなかった。
 「……雲雀君、何がしたいの?」
 絞り出した質問は、負け惜しみのように映っただろうか。雲雀くんは薄ら笑いのまま、私の言葉に答える前に、こちらに身を乗り出して胸ぐらを掴んできた。え?これやばい、殴られ――。
 
 「――っ、!?」

 身構えたような、骨を揺らす衝撃は来なかった。代わりに、唇に触れている。柔らかい、何かが。雲雀君の手は私の胸ぐらを掴んだままで、そのせいで私は彼の方に引っ張られて、彼の顔がすぐ目の前にあって。……それ、って。
 理解が及んだ瞬間、反射的に重ねられたそれを噛んだ。加減なんて考えずに思い切り。そうして力いっぱい彼を押しのけ、なんとか呼吸を手に入れる。その衝撃で傾いたのか、カラン、と日本酒の空き瓶が転がった音がした。
 
 「……なに、なんなの。なにして……」
 「何がしたいのか、と聞いたのは君だろう」
 「は……?」
 
 雲雀君は唇の端を軽く拭いながら、平然とそう答えた。彼の冷静な様を見ていると、動揺する私の方が間違っているかのようで、混乱に拍車がかかる。拭ったそばから、彼の唇の端には赤い血がじわりと滲んでいて、今度はそれを舌で拭っていた。その赤が、先程の出来事が現状であることの証左だった。
 
 「僕は君とは違うから、間違っても君を信仰したりなんかしない」
 
 血を舐めとって笑みを深める雲雀君を、呆然として見つめる。なんなの。なんなんだよ。わけのわからない震えが起こる。雲雀君って、まるで。
 
 「ここまで落ちてきなよ」
 
 まるで怪物だ。
 
 
 
 「……ひばりくん」
 「何だい」
 「きらい」
 そう言って睨み付けたのに、雲雀くんは愉快そうに笑みを深めるばかりだった。
 やっぱり黒は嫌い。何もかもを覆い隠して、蹂躙する色だから。脳裏に焼き付いた彼の白いタキシードが、朧気になっていくのをぐっと堪えた。





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