あなただけ



3月20日。恋人の誕生日は卒業シーズンの真っ只中にやってくる。

大学生活の終わりを迎えた私たちの卒業式は、丁度まさにその日だった。2人でゆっくり、とはいかないのは残念だが、これなら多少華美なプレゼントをあげたって不自然じゃないんじゃないか?例えばそう、花束とか。ただ誕生日なだけなら「はしゃぎすぎ」なんて咎められるだろうが、卒業祝いを兼ねるならむしろ自然な贈り物だ。スーツを着た聖臣が花束を抱えている姿を想像して、一人頷く。うん、似合う。

そんな思いから、ミニブーケを手配することにした。一応私も卒業する側なので、あまり大きなものは持っていられない。サプライズ性もないし。袋に収まるくらいの大きさで、適度に華やかなもの。カスミソウやスイートピーで、白を基調に作ってもらった。聖臣はなんとなく、白が似合うと思った。



一通りプログラムが終わり、友人と写真を撮ったり別れを惜しんだりした後、人でごった返す構内の中から聖臣を探す。流石に人が多すぎるから、連絡を入れてどこかで落ち合うのが現実的だろうと、スマホを操作するために人波から離れようとする。
が、聖臣はすぐに見つかった。なんだかやたらと大きな人たちの集団――バレー部と、その中でも存在感というか、威圧感を放つ黒髪。多分、早く人混みを抜け出したがっている。
後輩や監督たちが見送りに来たのだろう。スーツ姿の卒業生たちは卒業祝いと思しき袋と大きな花束を抱えて――大きな、花束を、抱えて?
なんとなくふわふわとしていた思考が、すっと覚める感覚がした。そりゃそうだよな。聖臣に花束を送りたい人なんて、私だけじゃない。実際に渡している部活の後輩たちはもちろん、許されるなら送りたい女の子だっていっぱいいるはずだ。卒業式と誕生日が被っていることで、これ幸いと何かを渡す子だっているかもしれない。私がそうであるみたいに。

聖臣の抱えている花束は、私の用意したものよりずっと大きくて、ずっと華やかだ。なんか、勝手に盛り上がってたみたいで恥ずかしい。そうだ。聖臣はこれから、Vリーグのトップチームと一員となって、私には想像もつかないような大きな舞台で戦うことになる。私の尺度では、到底合うわけがないのだ。彼に渡したかった袋の取っ手を持つ手に力が入ってしまう。聖臣って、ほんとにすごい人なんだ。本来なら、私じゃ手の届かないくらいに。


「……いたんなら声かけろ」

頭上から降ってきた声にハッとして、顔を上げる。やや疲れた顔の聖臣がいつの間にか目前に立っていて、過剰に驚いてしまった。集まっていたはずのバレー部の人たちは各々好きなように動いていて、知らないうちに解散していたようだ。
いざ相対した聖臣は、憎いくらいにかっこよかった。身にまとったスーツが脚の長さとスタイルの良さを引き立たせていて、一見そういうモデルかと思わせられる。

「うん、ごめん。……聖臣似合うね、スーツ。かっこいい」
「……あっそ」

湧いていた劣等感を隠しつつ、思ったままを口に出すと、彼はふい、と僅かに視線を落とした。ぶっきらぼうな仕草に見えるが、機嫌を損ねたわけではないことは分かる。「私は?袴似合ってる?」と茶化すように絡んでみると、僅かな間の後に「うん」と小さな声が返ってきた。淡々とした声だったから、面倒くさがったが故の肯定かもしれないし、もしかしたら「ううん」だったかもしれないが、都合良く解釈しておく。

「……それは?」

聖臣は私の手元の荷物を覗き込んで、訝しげに尋ねてきた。聖臣にあげる予定の、小さなブーケ。聖臣が持っているそれより、余程小さな。比べてしまうと悲しくなるが、こう指摘されてしまっては出さない訳にはいかない。おずおずと袋からそれを出し、彼へと差し出した。

「聖臣、その、卒業と……誕生日おめでとう。小さいけど、よかったら貰ってほしい」

私は関東に残るが、聖臣は大阪に拠点を移す。こうして直接彼の顔を見て誕生日当日を祝うことは、来年以降は難しくなるだろう。ならば、もう恥じている場合では無い。これが最後になるかもしれないのだから、尽くした手は出しておくべきだと思った。

私から花束を差し出された聖臣は目を丸くして、ゆっくりと瞬きをする。その後、我に返ったように近くにいたバレー部らしき人を捕まえて、持っていた大きな花束を託した。託された人は花束が突然2つになってなんか大変そうだったが、聖臣は気に留める様子もなく私へと向き直り、大きな手で私からの花束を受け取った。

「……いいの?」

豪華な花束をあっさり託したことと、私の花束が先程のものと比べたらどう考えても見劣りしてしまうことと、託されて大変そうな彼のこと。色々含めてそう尋ねたが、聖臣は何に対してか「いい」と短く答えるだけだった。しげしげと私からのそれを見つめた彼は、小さくため息を吐いた。よくなさそうじゃん。

「お前、よりにもよって……」

そうボヤいたかと思えば、彼は提げていた袋の中を探り出す。誰かからのプレゼントかと思っていたけど、違うのだろうか。しばらく彼を見つめていると、そこから取りだしたものを、ずいとこちらに差し出してきた。

「……え?」

私の目前に現れたのは、一輪の花だった。オーソドックスな赤いバラが一輪、シンプルだか綺麗なラッピングと共に聖臣の手に握られている。
聖臣は何も言わない。だからこちらも黙ってしまって、花と彼の顔を交互に見やると、焦れたように軽く手の中のそれをこちらへと揺らした。ほ、本当に私に?

「な、なんで……?」

混乱のままそう聞くと、聖臣は眉根を寄せる。

「何でって……卒業生だろ、そっちも」

ああ、そ、そうだよね。卒業祝い、だもんね。私だってそれにかこつけて渡してるんだから、不自然じゃないよね。聖臣は一応体育会系コミュニティの人だし、義理堅いところもあるから。過度に跳ねる心臓を無理矢理納得させて、手の震えを必死で押さえ込み、ようやく受け取ろうとする。

「というか、俺が……恋人に花をやるのがそんなにおかしいか」

え。花に手が触れようとしたところで、そんな声が聞こえて思わず彼の顔を見上げる。聖臣は少し拗ねたような表情で私を見つめて「……おかしいのか」と念押しのように尋ねた。そ、空耳じゃない。

「オ、オカシクナイデス……」

やっとの思いでそう返す。目測が狂って、震える手が彼の手に触れてしまった。は、恥ずかしい……。私の手の震えはばっちり伝わってしまったようで、聖臣はちょっと驚いた顔をしする。それから吐息を漏らすように笑った。ちょっと満足気な、小さな笑い声。私の好きな笑い方だった。





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