オーバーラン!




後輩の佐久早くんは不思議な子だ。

我が校で知らない人はいないであろう、全国常連のバレー部のエース。その割には体育会系らしくないというか、物静かな印象を受ける男の子。
彼のような人は部活が軸の学校生活になり、その他の活動は程々に――言葉を選ばないで良いなら、なあなあにやっていくのだと思っていた。別に悪いことじゃないし、それが自然だと思う。なのに彼は、強制的に割り当てられた面倒な掃除当番にも当然のように参加していた。井闥山は学年を超えたコミュニケーションがどうこう、みたいな理由で掃除当番が縦割りで組まれている。しかし掃除と部活動の時間は地続きだから、適当にやる人やサボる人だって多い。だが不思議なことに、佐久早くんは事情がない限り勝手にすっぽかすこともない。彼ほどの人がサボったとしても誰も文句はいわないだろう。にもかかわらず、律儀にもやってくるのだ。逆に彼以外の人は普通にサボったりしてるのに。
彼は丁寧に掃除してくれるから有難いし、あの年下の大エースと関わりが持てる、なんて優越感にも似た下心もないわけではない。とはいえ、もしこれで彼のバレーボール生活を圧迫しているなら非常に申し訳ない。「……持ちます」と私の掃除道具の一部をさらってくれた佐久早くんを見上げて、一つ伺ってみる。

「……佐久早くん、大変だったら部活行っても大丈夫だよ?」

黒目がちの瞳が私を見下ろして、少し細められた。

「……みょうじさんは邪魔ですか、俺がいると」
「そ、そんなわけない!むしろ真逆だよ、すごい助かってるけど……」
「じゃあいいですよね。半端にやるのは性にあわないだけなんで、気にしないでください」

彼の瞳にはちょっと圧があるからドキリとしてしまって、なんだか丸め込まれてしまった気がする。い、いいのかな……?まあ本人がいいなら、いいか……。彼の言葉を受け入れて、素直に感謝しておいた。

「あ、ありがとう……。そういうの、丁寧にできるのって凄いよね。継続性というか、甲斐性があるっていうのかな。私も見習わなきゃな〜」

まあそもそも2年生にして大エースなんて、継続性がないとなれないか。彼にとっては当たり前なのだろうが、私からすれば凄いことだ。年上の威厳も何も無いが、感心しきりである。
佐久早くんはそんな私をちらりと見て、ちょっとの間の後にぽつりと零した。

「……俺は昔、世話してた動物を大往生させたことがあります」



予想だにしなかった話題の飛び方で、頭に疑問符を浮かべてしまう。ん?とりあえず何か返しておこうと思い、「おお、うん、そっか……」と口に出す。というか佐久早くん、動物の世話とかするんだ。意外だな……。じゃなくて、せっかく彼の方からわりかしパーソナルな話題を提供してくれたのだから、話を広げたい。脈絡は分からないけど、ペットの話ってことでいいのかな?

「私は昔飼ってたハムスター、構いすぎてハゲさせたことあるよ」

大往生とは程遠い大失敗エピソードだが、私から提供できるペットの話といえばこれくらいしかない。過剰に構いたくなるじゃん、可愛い生き物って。そう言い訳をしつつ、平均的な寿命で星になったハムスターを思い返しながら返すと、佐久早くんはこちらをじっと見つめてきた。

「俺は祖父も毛量多いんで大丈夫です」

??

またも予想外の話題の飛び方だ。大丈夫って、何が?佐久早くんが?動物の可愛い話が聞けるかと思ったら、何故だか佐久早くん自信に話がすり変わってしまって、困惑が加速する。

「そ、そっか……」

やっぱり佐久早くんは不思議な子だ。でも、悪い感じはしない。もっと彼のことが分かったらいいのにな、となんとなく思った。





従兄弟の聖臣は、一見謎の多いようで意外とわかりやすい男だ。
『嫌だ』と思ったら露骨に顔に出すし、面識の無い奴にも言いたいことは割とズケズケ言う。一方的に。それによってどう思われるかにはあまり興味がなく、自分の信念に沿って生きている。口数自体は少ないから誤解されやすいが、わかりやすい人間なのだ。
そんな聖臣に、なんと気になる人ができたという。同じ掃除区域を担当している先輩で、いつも丁寧に一生懸命掃除しているところに好感を持ったのだとか。まあ聖臣本人から『気になる』や『好感』といった言葉を直接吐かせたわけではないが、その様子を見れば“そういうこと”なのは言われずとも分かる。他は誰も分かってなさそうだったけど。

掃除を手早く終わらせて部活へ向かおうとしたところに、その聖臣と例の先輩らしき人が見えて、思わず角に隠れる。陰からこっそり様子を伺うと、聖臣が先輩の掃除道具を引き受けるところだった。やるじゃんか!

「……佐久早くん、大変だったら部活行っても大丈夫だよ?」
「……邪魔ですか、俺がいると」

あ、ちょっとショック受けてる。そうだよな、この時間を逃したら先輩との繋がりは無くなるもんな。でもその目じゃ睨んでると思われるぞ。

「そ、そんなわけない!むしろ真逆だよ、すごい助かってるけど……」

ほら、先輩も慌てちゃったし。

「じゃあいいですよね。半端にやるのは性にあわないだけなんで、気にしないでください」

上手く丸め込んだようだが、なんつーか、全体的にぶっきらぼうだな、と思った。今に始まったことではないが、もうちょっと上手く甘えられないもんかね。

「あ、ありがとう……。そういうの、丁寧にできるのって凄いよね。継続性というか、甲斐性があるっていうのかな。私も見習わなきゃな〜」

お、意外と高評価。お世辞かもしれないが、気になる人に褒められて嬉しくない奴はいないだろう。流石の聖臣も気分がいいんじゃないか?さて、どう返すだろう。

「……俺は昔、世話してた動物を大往生させたことがあります」



一瞬疑問符が浮かんだが、すぐに思い至る。これ、聖臣なりのアピールだ。甲斐性と一途さのアピール。確かに奴が世話を始めたトラは大往生だったし、全く嘘はついていない。聖臣のやめられない質を甲斐性とするなら、それは売り込むに値するものではあると思う。が、それにしたって脈絡が無さすぎる。しかも小学生の時の話だし。もうちょっとこう……話の流れをさあ……!

「おお、うん、そっか……。私は昔飼ってたハムスター、構いすぎてハゲさせたことあるよ」
ほら先輩も困ってる!そんでペットの話題だと思われた!もう仕方ねえ、ここからペットの話として、意外と動物を大事にできる様子をそれとなくアピールして――

「俺は祖父も毛量多いんで大丈夫です」

何がだよ!!

確かに聖臣の母方のじいちゃん――つまりは俺のじいちゃんでもあるが――は歳を感じさせないほど毛根が強い。隔世遺伝とされる薄毛の心配は必要無さそうだが、と考えてハッとする。つまり、そういうことか。翻訳すると、「俺はハゲないんで好きなだけ構ってもらって大丈夫です」ということか。いや言葉足らずすぎるだろ。

「そ、そっか……」

明らかに腑に落ちてない先輩の声を聞いて、声を上げて笑ってしまいそうになった。当たり前だが、何にも伝わってねえ!ここからどうにか、彼の思いの数パーセントでも伝わる日が来るのだろうか。来ても来なくても面白そうだから、こうして横から観察するのもアリだな、と思った。





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