あなたの傍で息をしたい




来る3月20日。

一年に一度しかない恋人の誕生日という一大イベントに、私は露骨に浮き足立っていた。聖臣と迎える恋人としての初めての誕生日、さてどうすれば聖臣の記憶に残るものになるのかと柄にもなく考えて、……特にこれといった案は出なかったのだけれど、とりあえず有給を取ったことを本人に伝える。

「は?いや、俺は仕事だけど。はしゃぐような歳でもねえし……」

し、失敗した……!
この計画を進めるにあたって、まず一番に行うべき本人への根回しを完全に失念していた。そりゃ、聖臣は何も言わなければ誕生日なんて確実にスルーするに決まっている。完全にこちらの落ち度である。
早く帰ってきてくれればいいのだが、絶対に木兎さんとかその辺りに捕まるに決まっている。なんならチームをあげたお祝いをして、公式SNSにその様子が上がるかもしれない。それはそれで凄く見たいが、今日ばかりは強大なライバルだ。

「ち、ちなみにさ、早めに帰ってこれたりする…?」
「さあ……」
「そ、そうですよね……」
「……」

ダメだこれは。自分の計画性の無さに肩を落とす。いくら試合日ではないとはいえ、私よりも背負うものが多い聖臣を無理矢理付き合わせるわけにもいかない。明らかにテンションの下がった私を、聖臣はもの言いたげに見つめていた。言わんとしていることは大体分かる。すみません、計画性が無くて。





休みとはいえ、聖臣本人がいないのでは特にすることが無い。普段よりゆっくり睡眠をとって、撮り溜めていたドラマを見て、普通にゴロゴロしていた。視界の端にチラチラと映っている、部屋の片隅に鎮座した聖臣に買ったプレゼントは、きっと今日は出番はない。
そんな風に自堕落に過ごしていたら、もう6時をとうに回って、7時近くになっていた。まだ空の向こうの方はほんのり明るい。日が落ちるのもだいぶ遅くなってきたことを実感した。
カーテンを閉めたところで、インターホンが鳴る。誰だろう、とモニターを見ると、よく見慣れた黒い男性が映っていた。聖臣だ。慌ててロックを解除した。
ややあって部屋のドアを潜った長身にかけた声は、自分で思っていたよりも驚きの色を孕んでいた。

「聖臣、どうしたの!?定時すぐじゃん!」
「は?」

イラ、という効果音が聞こえるような返答と共に、聖臣の眉間に皺が寄る。

「なまえが、早く帰って来れるかって言ったんだろ」

もっともだ。いやでもまさか、多忙であろう聖臣が聞き入れてくれるなんて思わず、普通に驚いてしまった。チームの人にも捕まらずに、ここまで真っ直ぐ来てくれたんだろうか。……気を遣わせたかもしれない。

「なんかごめん、わざわざ来てもらっちゃって……」
「……いや、別に。お前のせいにするつもりじゃない。来たかったから来ただけ」

これまた予想外の返答に、目を丸くする。今日はいつになく私を喜ばせるようなことを言う。私の誕生日だったっけ?というくらい、私が嬉しい気持ちになってしまっている。これで良かったのだろうか。……あまり良くはない気がする。どうにかここから挽回したい。

しかしもう完全に来れないものだと思っていて、ディナーの予約も何もしていない。単純に普段と変わらない、家で過ごすだけになってしまう。どう取り繕うこともできないので、素直にそう伝えて今からでもどこか空いているところに食べに行くか伺うと、聖臣は首を横に振った。

「ここでいい」
「そう?」

欲がないね、と返すと、じとりとこちらに視線が向けられてため息を吐かれた。

「……欲しかねえよ」

聖臣が小さく何か言った気がしたが、聞き返す前にスタスタと部屋の奥へ向かってしまって、知ることは叶わなかった。





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