嗚呼愛しき役立たず




「…………」

 み、見ている……。恭さんが、ブライダルリングのカタログを……。

 学生時代から長く続いたすったもんだの末、ようやく籍を入れることになった恭さんとみょうじ。収まるところに収まってこちらも一安心だが、いざこういう場面を見ると少し動揺してしまう。恭さんと、ブライダルリング。なんともまあ見慣れない光景だが、恭さんは十分にセンスが良い。こちらが心配せずとも、きっとしっかりと――

 「哲」

 「!へ、へい!」

 ふう、と静かに息を吐き、恭さんはカタログをパタリと閉じる。こちらを呼ぶ声に背筋を伸ばし、続く言葉を待った。

 「腕のたつリング生成師をいくつかあたっておいて」

 「……は、はあ。戦闘用の、ですか?」

 「うん」

 これはまた話が飛んだな……。リングのカタログを見ていたら、そちらのことも思い出したのだろうか?恭さんはその強さの代償と言うべきか、リングの消費がとにかく激しいので、別に不思議な話ではないのだが。

 「予算の上限はつけないから、精製度Aか、それ以上を作れる者が望ましいな」

 ……不思議な話ではないかと思ったのだが、またとんでもない無茶振りだった。
 精製度A以上といえば、ボンゴレリングに匹敵するレベルの代物だ。それを作製できる者なんて、そうそう転がっているわけもない。大抵は既に何らかの組織に抱えられていて、切り崩すのは至難の業だ。理由くらいは聞いてもバチは当たらないだろう。そう思い、恐る恐る口を挟んだ。

 「い、一体何のために……?」

 恭弥さんは訝しげに目を細めて、口を開く。

 「?何言ってるの。見ていたじゃないか、今」

 「は……」

 「結婚指輪だよ。どうせ着け続けるのなら、実用性のある方がいいだろう」


 
 そ、それは流石に無いだろう……!
 自分も女心が分かっているとは言えないが、いくらなんでもそれはどうかと思う。
 確かに効率は良い。指輪が戦闘において非常に重要な役割を果たしている昨今、機能を持たない指輪で一枠を埋めてしまうのが勿体ないと言われれば、それはそうなのだ。或いは、一見結婚指輪に見えるデザインのリングであれば、隠し弾として働くだろう。
 だがそれは、感情を全て無視した上での話だ。あくまで理論上の話であり、普通であれば机上の空論でしかない。……普通であれば。
 恭さんはセンスは良いが、そもそもセンスに行き着く前に乗り越えるべき課題があったのだ。重度のバトルマニアという課題が。
 もちろんやんわり諌めたのだが、こちらの言葉で意見を曲げるわけもなく。果たしてどうしたものか、頭を悩ませていた。 

 「あ、草壁さん」

 そうこう考えていたら、渦中の片割れであるみょうじが向こう側から歩いてきた。彼女は自分の結婚指輪がこんなことになろうとしているのを知っているのだろうか?横から口を挟むのもアレだが、預かり知らぬ所で結婚指輪が戦闘用にすり変わり、それで早々に破局危機にでもなろうものなら色々と不憫だ。彼女も、恭さんも、気を揉んできた我々も。それとなく話を持ちかけてみようと口を開きかけたが、それよりも先に彼女の方が口火を切った。

 「恭弥さんのお眼鏡に適う生成師探すの、大変ですよね」

 「……し、知っているのか!?あの件!」

 「?ええ、私も恭弥さんから頼まれました。結婚指輪……って言っていいのか分からないですけど、ここの指輪ですよね?」

 ここの、という言葉と共に、彼女は左手の薬指をもう片方の指でトントンと示した。特に認識のの食い違いもない。自分と彼女は、間違いなく同じものを指している。恭さん、本人にも伝えてしまったのか……!?包み隠さずに……!?
 しかしそれにしては、みょうじは随分と冷静だ。この事実を知ってなお全く食らっていないように見える。むしろヘラヘラしているようだ。普段よりも。

 「い、嫌じゃないのか?一生モノの指輪が、戦闘用になろうとしているのに……」

 「え?いえいえ、全然。むしろ嬉しいですよ」

 こちらの質問に動揺することもなくさらりと言い放った彼女に、嘘を言っている様子はない。不思議そうな顔をしているであろう俺を見て、そのまま言葉を続けた。

 「恭弥さん、『どうせつけ続けるなら』って言ったんですよ。例え炎が出ない指輪でも、それで左の薬指を埋めるつもりだったってことですよね。まさか、あの恭弥さんが!?って。私、本当にびっくりしちゃって」

 それから彼女は自らの頬を手のひらで包んで、にへ、と笑った。

「こんなにしあわせなことってあるんだな〜って……」

 その仕草は、年甲斐なく映るかもしれない。まるで中学生の頃に戻ったような、彼女らしくない幼い仕草と表情だ。けれどこれ以上のない、幸せの破顔だった。こちらまでむず痒い幸せを感じてしまうような、そんな表情だった。

 「……あ、いけない。ダメですね。恭弥さんから言われた日も、うっかり本人の前でこんなだらしない顔しちゃって」

 手のひらでそのまま頬をぱちんと軽く叩き、彼女は恥ずかしそうに笑ってから咳払いをした。

 「……恭さんは、その時何と?」
 「え?別に、なんにもですよ」

 『別に、なんにも』。それだけ聞けば冷たいリアクションのようだが、きっとそうではないのだろうと思った。
 


 ◆


  
「哲」

 数日後、財団の廊下ですれ違った恭さんに呼び止められ、振り返る。恭さんはこちらを向くことなく、その声だけが凛と響いていた。

「指輪の件だけど、気が変わった」

 思わず背筋の伸びる思いをした。脳裏にあの、彼女の破顔が思い浮かぶ。

「戦闘用を見繕うのはやめにした。リングの生成師は要らないから、直営店を調べておいて。店員が口うるさくなければどこでもいい」

 恭さんはこちらを振り向くことは無く、その表情は分からない。分かったところで、きっと普段と特段変わらないそれなのだろう。
 しかし、あの彼が意見を変えた。そうさせるまでの"理由"が、彼女にあった。その事実がきっと、想いの揺るぎない証明だと感じてやまないのだ。

 「……お任せ下さい!」

 自分の声は思ったより弾んでいて、第三者の癖にはしゃいでいるようで少し恥ずかしい。だがそれを咎めることも無く、恭さんは歩を進め、角を曲がりその姿を消した。そうして誰もいなくなった廊下で、一人大きなガッツポーズをしてしまったのも、許してほしい。





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