手首の輪




付き合ってから初めての私の誕生日、聖臣くんは腕時計をプレゼントしてくれた。
とても嬉しかったけれど、意外だったのはそのデザイン。黒を基調としたそれはかなりしっかりしたもので、有り体にいえばごつかった。イメージだけど、スポーツをする人がつけていそうな感じのもの。確かに格好いいが、私が持っていたら見掛け倒しというか、名前負けならぬ時計負けをするのではと一抹の不安を感じるくらいのものだった。それこそ、聖臣くんがつけたらとっても似合うんじゃないかと思う。
しかし他でもない聖臣くんがくれたものだし、はちゃめちゃにはしゃいで大いに浮かれた。家に帰った後もしばらく眺めてニヤニヤしていた。それはそれは浮かれまくっていた。
 

数週間後、聖臣くんが私の家に来た。勝手知ったるという風にくつろいで、本棚にある小説をパラパラ読んでいる聖臣くんを横目に二人分のコーヒーを入ると、「おい」と低い声がかかった。何事かと振り返ると、彼の視線はベッドの方、枕元にある小さな収納スペースに向けられていた。あ、と心の中で声を漏らす。何を隠そう、そこには彼が私にくれた例の腕時計がケースに入ったまま鎮座しているのである。
私は未だにあの腕時計を身につけていなかった。聖臣くんがくれたんだ、と思うと心の奥がむずむずして、外に出すのが勿体なくなってしまったからである。枕元のスペースに保管して、夜な夜な眺めてはニヤけた面で就寝していた。色々あって大変な日でも、それを見ればいい気分で一日の終わりを迎えることができた。
振り返ってみればまあとんでもない浮かれようである。いっそ気持ち悪いまであるかもしれない。気恥ずかしさと焦りとで体に変な汗が伝った。

「……つけてないの?」

至極真っ当な疑問だ。何故枕元にあるのかは触れられなかった。よかった。

「うん、なんかその…嬉しすぎてつけるの勿体なくなっちゃって」
「駄目。つけて。明日から絶対」

照れを隠そうと曖昧に笑いながらそう答えると、食い気味で強い否定が返ってきた。へ、と思わず気の抜けた声が出る。彼がこんなに勢いよく、自分の意見を通そうとしているなんて珍しい。聖臣くんの真っ黒な目は真っ直ぐ私を射抜いていて、言葉以上の圧を感じた。

「……気に入らなかったかよ、これ」

黙ってしまった私に、少し刺々しいトーンの声が刺さる。ちょっとだけ細められた目の奥に不安の色を感じ取って、慌てて否定した。

「違う違う!そういうことじゃなくて、ほんとにすごい大事にしたくて……!」
「じゃあいいだろ、つけろ」

結局、私が折れて要求を呑んだ。一度こうなった聖臣くんは相当のことじゃないと意見を変えないし、他ならぬ贈り主の彼の意向に頑として従わないのは不義理だとも感じたから。……汚れたらすぐ拭こう。すぐ。



 


その次の週末は友人と出かける予定が入っていた。忘れ物はないか確認して、最後に例の時計を身につける。既に数回着用はしたけれど、未だになんだか謎の緊張をしてしまう。手首に感じる僅かな重みに、だらしなく口角を緩めた。

「ごめん!お待たせしました!」
「お、なまえやっほおつかれ〜〜」

待ち合わせ場所には友人が既に待っていた。こちらに気が付くと彼女はひらひらと手を振って微笑む。

「私もさっき着いたとこだし大丈夫よ。まだ全然時間前だし」
「あ、ほんとだ。よかった…」

時間を確認してふうと息を吐く。友人も私の腕時計を覗き込んで、あれ、と零した。

「時計変えたんだ。……それ、貰い物?彼氏から?」
「……え!?なんで分かったの!?」

時計の変化に気づいただけでなく、これが貰い物であること、更に贈り主が彼氏であることも見事に言い当てた彼女に目を丸くする。まだこちらからは何も言っていないのに、どうして。エスパーか……?まさかこちらの心を……?
困惑している私とは違い、みるみる口角をあげた彼女はからかうような声色で楽しそうに続けた。

「いやだって…それ、もろ男物じゃん。なまえが選ぶようなデザインでもないし、むしろちょっと浮いてるっていうか。でも多分それを狙ってるんでしょ?ついそれに目がいっちゃうし、あれ男物っぽいな、多分彼氏いるんだって一発で分かるって!」

けらけらと笑いながら告げられた理由が脳の中で大渋滞を起こす。必死で言葉を処理してじわじわと意味が染み込んできた頃には、身体中の熱が顔に全部集まったんじゃないかというくらいに熱くなっていた。触れなくても自覚できるくらいだ。きっと面白いくらいに赤くなっているのだろう。そんな私を面白がるように、彼女は更に笑みを深くした。

「牽制も牽制だよね!彼氏、相当独占欲強いんだ?」


『駄目。つけて。明日から絶対』

聖臣くんの言葉がリフレインする。あの強い語気は、真っ直ぐな眼差しは、そういうつもりでのことだったの?脳内の聖臣くんに問いかけてみても答えてくれるわけがなくて、どういう気持ちになればいいのか分からない。恥ずかしい、嬉しい、……もっと、そういうことをされたい。色んな感情が襲ってきて衝動のままに顔を覆う。時計をつけた方の手首がやたらと重かった。





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