わがままオートグラフ



「佐久早選手お疲れ様です!今日もかっこよかったです!」
「どうも……」

差し出された色紙を受け取りペンを走らせる。不特定多数と接触するこの時間は正直あまり得意ではない。
応援の声があればある程テンションを上げる奴らとは違って、俺は声援はあってもなくても構わない。ただ自分にとって納得のいく試合ができればそれでいいと思う。それに元々の社交的ではない性格が合わさって、チームメイト曰く「塩対応」な受け答えに終始している。それでも俺たちを、バレーを好きだという人の存在があるからこそ、俺はこうしてこの球技を続けることができているというのは分かってるから、完全に突っぱねるようなことはせずに大人しくサインに応じている。……握手は、まあ、断るけど。
サインに一応は応じるといっても、差し入れは受け取らない、愛想も振り撒かない、受け答えは一言二言。そんな俺が逆に物珍しいのか、それとも俺の中身には大して興味が無いのか、特に取り繕わなくても軽いファンサービスを求める人は減らなかった。現に今、小さくサインを書いた色紙を無言で返しても、目の前の高校生くらいの男は「ありがとうございます!」と嬉しそうに帰っていった。自分の態度を直さずに言うのもなんだが、不思議な世界だと思う。


次、と近寄ってくる人影に視線を移す。現れたのは若い女だった。だんだんとはっきりしていくその輪郭を認めて、一瞬息を詰まらせた。見覚えのあるなんてものじゃない。
「お疲れ様で〜す」
「うわ……」
「ほんとに引くのやめて」
にやにやしながら寄ってきたのは、親族を除いて最も俺に近しいであろう女、みょうじなまえだった。チケットを取った素振りも見せなかったし、来るなんて聞いていない。辺りを見渡すが、彼女の周りに友人らしき人も見当たらない。こいつ、一人で来やがった。押しに弱いくせに、絡まれでもしたらどうするつもりだったんだ?
「来るなら先に言えって言ってるだろ」
「言ったら言ったで嫌そうな顔するじゃん。佐久早選手サイン下さいよ」
こちらの文句をあっさりと叩き落とし、すっと色紙を差し出される。こっちの気も知らないで。眉根を寄せ軽く睨んでみても彼女はヘラヘラと笑ったまま。むかつく。これみよがしにため息を吐いた。
「……わざわざ来なくても、いくらでも書くタイミングあるだろ」
「それはなんか、ずるい感じがあって。やっぱ正規の手段で貰いたいじゃん?」
変なところで真面目な女だ。普段の俺と好きに接する権利がいくらでもあるのに、それを行使してサインを貰うのは不正にあたるのか?俺は別に構わないのに。よく分からない感覚だ。
しかしぐだぐだ考えてここで彼女と長居するわけにもいかない。仕方なしに差し出された色紙を受け取り、いつもと同じように書いてやろうとして――

「まああと、宮選手とかのサインも貰いたいし」

彼女の一言に色紙につかんとしたペン先がピタリと止まる。……は?

「今日の宮選手、サーブもセットもキレッキレでかっこよかった〜!日向選手のジャンプ力もやっぱ生で見ると迫力段違いだし、木兎選手も―」
俺が黙っているのをいいことに、今日の試合の感想をベラベラと語り出す。始まった。こいつはいつもそうだ。俺の試合を見たいだなんだと言っておいて、気づいたら他の奴に目を向けている。宮のセットアップに、日向の跳躍力に、木兎さんのスパイクに、果ては対戦相手のプレーにまで湧いている。試合の楽しみ方として、それは至って健全なのだろうが、どうも面白くない。
わざわざ試合会場に足を運んだのも、ここまでやってきたのも、色紙を買って差し出してきたのも、ハナから俺だけが目当てってわけじゃ無かったわけ。これから宮たちにも声をかけるってわけ。ふうん。ふーーん……。
いつものように色紙の端に添えたまま止まっていたペン先を、中央に移動させる。そのままの勢いで、今までで最も荒っぽく一角目を書き出した。


「……ん」
最後の文字を書き終わり、色紙を返す。楽しそうに笑っていた彼女は、返されたそれに記された文字を認識した途端、驚愕に顔を染めた。
「ありがとう!……って、え!?なんでこんなド真ん中におっきく書いてるの!?」
たった今渡した色紙に書いたのは、何の捻りもない正真正銘俺のサイン。しかしいつもとは違う点が二つ。書いた位置と大きさだ。普段、俺は端の方に小さくサインをしたためる。元々字が小さい方だし、慣れないことをしてバランスの崩れたものを提供するのも癪に障る。最初の方はチームメイトやファンもこれでいいのか、と困惑していたらしいが、今となってはこれも味だと思われているみたいだ。
そんな俺が、主張の強いサインを書いている。俺を知っている人ほど信じられないことだと思う。現に普段から俺が書く字の小ささを知っている彼女は目を剥いている。
「何か文句あんのかよ」
「いやだって……ええ!?聖臣、いつもサイン端の方にめっちゃ小さく書くじゃん!知ってるよそのくらい!」
「お前が悪い」
「なんで!?」
俺をこうした原因が自分の言動にあることにも気づかず、彼女はただただ驚くばかりだ。余程予想外だったのか、信じられないものを見るように俺と色紙の間で視線を行ったり来たりさせている。動揺しながら「聖臣どうせ小さく書くしと思って、これ一枚しか用意してないんだけど……」と唸っている彼女を見て鼻で笑う。いい気味だ。これで他の選手のところには行けない。俺の名前でいっぱいになったその色紙のように、俺しか見えなくなってしまえばいい。





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