同じ阿呆なら



宮侑は恋多き男であった。

いや、こう言うと本当は語弊があるのだけれど、まあ世間一般の認識はそんな感じだった。というのも、奴は数多くの美女とのツーショットを事あるごとにすっぱ抜かれるのだ。
侑は私という彼女がありながら、いや私なんぞが彼女だからこそなのか、顔とスタイルの良い女にはまあまあ甘かった。特に胸が大きい女には一等甘かった。性格がお気に召さないと途端に塩対応になるにはなるのだが、それでも胸が大きい女には甘かった。
最初に記事が出た時はちゃんと誤解であると説明してくれたし、まあそういうこともあるよなと軽い調子で流した。それがいけなかったのか、奴は気を引き締めるどころかより軽率になっていった。週刊誌も途中から面白くなってきたのか、最後の方はもう『宮侑、またやった!』みたいな見出しが踊っていた。奴は「はあ?ヤッてへんわ」と興味なさげに呟いていた。そこじゃなくない?
なんだかんだ言ってもやっぱり侑が好きだった私は、何回も記事が出ようと彼を許した。許してしまった。それが続いて、奴はもう弁解も省略しヘラヘラしていた。
ちなみに、私と侑が歩いてても1回もゴシップは寄ってこなかった。追う側も感覚が麻痺して「あれはスルーでよくない?」みたいになっているのかもしれない。イラついた。


堪忍袋の緒が切れたのは3ヶ月前。いつものように出た記事といつものように「実際ヤッとらんし」とヘラヘラしている侑に尋常じゃないほどイラついた。丁度その時期キツい残業続きだったことと、生理前で気が立っていたことが災いして、奴の頬を引っぱたいてギャーギャー騒いだ。色々罵詈雑言をぶつけた気もする。侑はしばらくぽかんとしてから、急にオロオロして私を宥めにかかった。勿論今更そんなもんで治まっていればここまで怒ってないので、勢いで別れを告げて連絡をガン無視して、今に至る。


世間を賑わしていた侑の恋愛絡みの話題がぱったり耳に入らなくなったのも手伝ってか、私の生活から侑がすっぽり抜けた。数年ぶりに訪れた侑に振り回されない人生は想像以上に平穏だった。拗ねた侑の機嫌をとることも、男と会う時に逐一侑に報告することも、その他彼に関する諸々のことをしなくてよくなった生活は楽すぎてびっくりした。数年の付き合いだったわけだから悠々自適な暮らしにまだ慣れないけれど、これからこれが"普通"になるのだ。なんだか変な感じがした。



プライベートで何があろうと仕事は待ってくれない。忙殺されていたらあっという間に月日は流れていた。ウン連勤を終え寒空の下1人寂しく家に帰る。明日はようやく休みだから、とウキウキでちょっとお高めのお酒を引っ張り出した。
テレビを眺めながらさあ一杯、と手をかけようとすると、スマホが軽快な音を立てて震えた。画面を見ると、角名からのメッセージが浮かんでいる。何かの動画と、『見て、爆笑動画』という文。角名の持ってくる動画は本当にいい感じのやつかろくでもないやつかの振り幅が激しいから怖い。恐る恐るアプリを開くと、どうやらトイレで撮っているようだった。なんで?
まあとりあえず見ておこう。法には触れてませんように、と祈りながら再生ボタンをタップする。


『う゛………』
『侑絶対便器の中で吐けよ、よそに零したらうち出禁にしたるからな。角名見張っとけ』
『いや無理な時は無理だし……侑大丈夫〜?』
『…………なまえ……………』
『うわ始まった』
『なまえ……なんで別れるなんて、嫌いなんて言うん……お前に嫌われたら俺…………』
『それは自分の胸に聞いたら一発でしょ』
『あんなん事実無根に決まっとるやろ………何も言わんから分かってくれてると思っとったんに……』
『言わなくても分かってくれるはずと思って調子乗ってました、と』
『なまえ………好き、好きや……俺がんばるから、いやがんばるだけじゃ意味ないわ……結果出すから、もっかい見てくれ……なあ……!』
『ちょっと寄るな寄るな俺みょうじじゃないから』
『他の男のとこ行くとか絶対あかんし嫌、無理………う゛っ、』
『は!?ちょ、馬鹿便器戻れ便器!』


画面が暗転し再生が終了した。……嵐のような数十秒だった。見間違いでなければでろでろになっていたのは侑だった、と思う。そして彼が虚空に向かって連呼していたのは私の名前だ。

私の既読を確認したのか、角名から新たなメッセージが入る。

『どう?』

どうもこうもない。
でもまあ何も知らなければ日本代表が吐き日本代表が撮影している爆笑動画だ。昨今のコンプラ的にやや危うい気がするが、軽快な行動を繰り返した侑もこんな動画を送り付けてきた角名もどうなろうと知ったことではない。適当に返事をした。

『万いいねは下らんやろな』
『でしょ?でもご本人登場があればもっとバズると思うんだけど』

暗に来いと言われている。動画に入った治の声的におにぎり宮で飲んでいるだろう。角名もわざわざ御足労なことだ。
おにぎり宮なら私も適当に車を走らせれば迎える距離。しかしほいほい行ってやるのもなんだか癪で、否定の言葉を返した。

『いやいやこれだけで充分やって。君の友達を信じろ』
『ふーん、大丈夫?俺も侑も思いっきりみょうじの名前出してるけど。侑のファン過激なのもちょっといるみたいだし、インターネットって怖いと思うけどな』

とんでもない脅しをかけられた。この男は端からお伺いを立てる気も交渉する気もなく、まして面白動画を見せるだけで終わる気もなく、私に回収させる気しか無かったのだ。

もう一度動画を再生する。阿呆な男が腑抜けた面でうわ言のように私の名を呟いている。本当に阿呆な男だ。失ってからなんとやらという話はフィクション上で十分だというのに。
それでも楽しみにしていた良いお酒を戻して、コートを取り出してマフラーを巻いて、ドアを開けようとしている私も、阿呆な男にどうしようもなく惚れ続けている阿呆な女なのだ。平穏な日々を手に入れてもどこか金髪がちらついて、やかましく面倒くさく、安寧には程遠い彼との暮らしが忘れられない阿呆な女なのだ。

『……治の店?』
『うん。来るまで待ってるよ』

ニヤニヤと笑う角名が目に浮かぶ。手のひらの上で転がされているようでため息を吐いた。

『俺たちももう侑の面倒見きれないから、あとよろしくね』

その『あと』とはいつまでを指しているのだろう。侑に聞いても治に聞いても角名に聞いても、平然と「死るまで」と返されそうで薄ら寒くなった。でも、それもまあ悪くないなと思ってしまって、やっぱり私は阿呆だなあと乾いた笑いを零した。
ま、面倒な王子サマを不器用な平民が迎えに行く話なんてのも、令和の童話として乙なものなんじゃないの?そう心の中で言い訳をして、車のキーを回した。





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