ラストノート




!怪物づかい世界線を中途半端に借りています


 この世界には人間と怪物がいる。

 怪物を従える人間がいる一方で、怪物に殺される人間もいる。怪物側もそれは同じで、まるで人間と変わらない怪物もいれば、人間に敵意を持つ怪物もいる。
 少女は人間だったが、怪物を恐れなかった。少年は怪物だったが、人間とそう変わらない姿をしていた。だが、結局はそれだけだったのだ。
 少女はどこまでも人間であり、少年はどこまでも怪物であった。

 自らの城の中、やや固いベッドの上で弱い息を繰り返す少女を、吸血鬼の少年は鋭い目で見下ろしていた。少年は怪物であるためか、あるいは彼自身の個としての性質か、感情の機微に疎い。今自分が抱えている感情を上手く形容することができなかった。怒り、苛立ち、失望――どれも当たらずとも遠からずといった具合で、カチリと嵌る言葉ではない。

 彼女はもうすぐ息を引き取るだろう。今の医療技術では太刀打ちできない病がその身体中を蝕んでいて、尚且つ彼女が寝かされているのは病室のベッドではなくやや埃っぽい怪物の城だ。延命の為に管が繋がれているのなら寝たきりとしても数ヶ月は生き延びれるかもしれないが、こんな場所では明日にでも死神にその身を引き渡してもおかしくない。
 青白い顔で横たわる少女を、少年は軽々と抱き上げた。元々彼にとっては些細な重さだったが、より一層軽くなっている。少年は眉根を寄せた。

 「……許せないな」

 静かな城に、その言葉が木霊する。何に対しての一言なのか、問う者はいなかった。少年は小さく口を開いて、臥せる彼女の首元に顔を近づけ――思い切り、噛み付いた。

 「……が、ぁ……」

 少女には何が起こっているのか分からなかった。ただ、全身を駆け巡っていた苦しみが、首元からじわりと鈍くなっていくのだけは感じることができた。
 こうして死んでいくのだろう、と霞がかった脳内でぼんやりと思う。よく見えないけれど、どうやら随分と近くに少年がいるのだろう。珍しいこともあるものだ。最後の餞というのだろうか。最後の力を振り絞って、その頭を撫でた。少年の表情を見ることはできない。そのうち、身体が動かせなくなってきて、眠気が襲ってきた。数ヶ月振りの、穏やかな眠気であった。
 少女の腕がだらんと落ちる。青白さを超えて、作り物のような白さになった彼女の顔を見て、少年は満足気に微笑んだ。
 彼女はもう二度と目を覚まさない。その身を蝕んでいた病ではなく、恐ろしい吸血鬼によってその生は閉じられた。彼女の死因は失血死。それが揺らぐことはない。突如湧いて出た病にも死神にも奪わせない。彼女の死の瞬間は、少年しか踏み込むことのできない聖域となったのだ。
 少女の死体の前で、少年は柄にもなく声を上げて笑いそうになった。

 
 ◆


 「……」

 なまえを組み敷いた雲雀は、晒された彼女の首元を見て何か引っかかったように眉根を寄せた。頬を僅かに上気させた少女は、彼の様子を訝しんで声をかける。

 「……な、なんですか雲雀さん。急に……。あ、このホクロですか?生まれた時からあるみたいなんですよね、首の2連の。前世で吸血鬼とかに噛まれて死んだのかもしれませんね」

 割と特徴的な2連のホクロを指摘されてそう返すのは、なまえの鉄板ネタだった。たは、と色気も何もあったものじゃない返しと笑い方をする彼女に、雲雀は眉間の皺はそのままににべもなく返す。

「そんなことは聞いてない」
「す、すみませ……い゛った!!」

 雲雀はホクロを上からちょうど刺すように、犬歯を立てて彼女の肌に噛み付いた。鈍い悲鳴を上げたなまえは、目を白黒させ噛まれた皮膚を摩る。その首元は上書きをされたように赤い跡がついていて、雲雀はそこでようやく睨むのをやめて、満足そうな顔をしたのだった。





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