無期懲役



「パーティ?行くんですか?アラウディさんが?」

 招待状をしげしげと見つめた後、これを手渡してきた上司にそう尋ねた。友人の友人(?)で、色々あって最近私の上司となったアラウディさんは、基本的に賑やかな場所を嫌う。パーティなんてもってのほかで、個人的な依頼ではまず出向かない。そんな彼が出席するなんて、一体どういう風の吹き回しだろう。前の席に腰を下ろした彼は、私の訝しげな視線を受けて「ああ」と短く肯定し、そのまま続けた。

「浮かれた催しに付き合う気はないけど、業務となれば話は別だ。それの主催は前々から黒い噂が絶えなくてね。いい機会だ、本陣に踏み込んで尻尾を掴む」
「黒い噂?」
「違法薬物だよ。規律を乱す最たるものだ。野放しにするわけにはいかないな」

 ああなるほど、と納得した。アラウディさんは自分ルールで生きている割に、法や規律を乱すものに厳しい。依存が伝染し広まっていく違法薬物は、彼にとって始末対象の中でも上位にランクインすることは明白だ。

「そういうことですか。しかし大掛かりなパーティですね、会場広……」
「……さっきから他人事のように喋っているけれど、君も行くんだよ」
「へ?」
「何のためにそれを渡したと思ってる?よく読みなよ。一人での参加は不可能で、同伴者が必要だとあるだろう」

 閉じかけた招待状をもう一度開いて、言われた通り再度目を通す。確かに下の方に小さく、一人での参加は認められない旨が書いてあった。これを私に話したのは数合わせのためだったのか。そりゃ、一人で完結できるのなら勝手に全部終わらせて来るよな、アラウディさんなら……。というか、そんなパーティなのによりにもよってアラウディさんを招待するのか。明らかに人選ミスでは?そんな疑問を流石にそのまま投げるのは無礼なので、言葉を変えて尋ねてみる。

「……でも、一人じゃ駄目なパーティにアラウディさんが呼ばれるなんて意外です」
「それはそうだろう。呼ばれてないからね」
「え?」
「呼ばれてないよ。それは上手く偽装したものだ。世間知らずの坊宛てならまだしも、こんなパーティに僕を呼ぶはずがない。全くの能無しでないならね」
「……まんま招かれざる客じゃないですか」
「僕のもとで働く気なら、今後招かれた所に行けるなんて思わないことだ」

 途端に気が重くなってきた。そもそもパーティの経験自体片手で数えられる程しかないのに、呼ばれてもないそれに平然とした顔で出向き、更には主催の悪事の尻尾を掴むなんて。ミッションが多すぎる。元・諜報機関のトップが上司になるって、こういう事なのか。

「そう気負うことはないさ。気負われて空回りされても困るからね。君は僕の邪魔をせずに、当たり障りなく立ってるだけでいい。下手なことはするな」

『下手なことはするな』にやや力を込めて、アラウディさんはそう続けた。そう言われて簡単に気負うことを止められたら苦労はないのだが。冷や汗を拭い、胃を摩った。生き残れますように。





 よくもまあ、この人が諜報機関のトップを務める国があるな、というのが正直な感想だった。だってあまりにも華がありすぎる。
 任務当日、普段より少しだけ明るい色の正装を纏って現れたアラウディさんは、それはそれは目を見張る美しさであった。アラウディさんはいつもは黒だのグレーだの、暗い色の服ばかり来ているし、その暗色が彼の纏う冷たい雰囲気を加速させているから、華々しさに気付く隙がない。それが少しでも意識してしまえばこの通りだ。なんだかもう、輝いて見える。
 そんなアラウディさんは、私のことを上から下まで眺めた後に、腕を組んで口を開いた。

「まあ、悪くはないね。この現場ならもう少し派手な方が一般的だけど、その感覚は追ってつければいい」
「は、はあ、どうも……。アラウディさんはその……イケメンですね」
「どうでもいい」
 どうでもいいんだ……。


 内心めちゃくちゃ緊張していたが、存外恙無く事が進んだ。『下手なことはするな』というアラウディさんの指示通り、余計な動きをせず当たり障りなく振舞うことに徹したのが大きい。実際、本当に必要なことは全部アラウディさんがやってくれてるし。愛想だけは良くニコニコして、たまに絡んでくる人に曖昧に受け答えをして、今のところなんとかやり過ごすことができていた。
 本来の目的を達成するためにしばらくどこかへ行っていたアラウディさんは、私の耳元に顔を寄せて囁いた。

「粗方のモノは抑えられた。これだけあれば突き出すには十分だろ。そろそろ帰るよ」
「ええ、は、早いですね」
「あまり長居はできないからね。ここは人が多すぎる。そろそろ蕁麻疹が出そうだ」
「ああ、そうですか……」

 何か予定があるのかと思ったら、いかにもアラウディさんらしい個人的すぎる理由だった。まあ、早く帰れるのならこちらとしても有難い。精神的に疲れるし、ろくな働きをしてないながらもずっと気にかかってたことがあるから。これ以上私がここにいると不味いのかもしれないという、一抹の不安がある。退散ついでに、こそりとアラウディさんに相談してみた。

「あの、アラウディさん。私なにか不手際がありましたかね……?」
「どうしてそう思う」
「入場してからずっとなんですけど、攻撃的な視線が投げられることがあって……。その元は女性ばかりなんですが、もしかしたら怪しまれているのかも、と。あ、今もです、今。増えてます、この瞬間に」
「今……ああ、この類なら関係ないな」

 私の不安を一瞬で一蹴したアラウディさんは、囁き声で続けた。

「言ってなかったけど、このパーティの同伴は誰でもいいわけじゃない。基本的には招待者のパートナーを連れることになっているんだ」
「……えっ」

 じゃあつまり、普通に参加している人からすると、私はアラウディさんの恋人なり配偶者なりに見えているということで。私に絡み付いている攻撃的な視線は、アラウディさんの華やかさにあてられた人達からの嫉妬の表れということ……?知らないうちに付与されていた重大な属性に、ぶわりと冷や汗が出た。

「な、なんで先に言ってくれなかったんですか……!」
「言ったら余計な意識を割くだろう。言わない理由はあるが言う理由がない」

 小声の抗議も正論でなぎ払われてしまって、閉口するしかなくなった。アラウディさんが顔を近づけているものだから、ずっと痛い視線が刺さっている。『なんであんなに綺麗な人の隣にあんな奴が……!?』ってところだろうか。すみません、私もそう思います。

「視線に敏感なのは結構だけど、こんなものにいちいち反応していたら君の身がもたないよ。僕はこういう場に、この先君以外を連れるつもりがない。感じ取るのは殺意だけにしておくことだ」

 今回限りでは無いことが知らないうちにさらりと確定していた。流れるような一言に思わず納得しかけて、直後我に返って彼の顔を二度見する。アイスブルーの瞳はいつものように真っ直ぐに私を見つめていて、冗談では無いことがよく分かった。私のことを買ってくれているのは嬉しいことだけど。い、胃が痛い……。
 


 
 
「それと、君はもう少しあしらい方を覚えた方がいい」
「あしらい方、ですか」

 帰りの車内で、アラウディさんは思い出したようにそう切り出した。反省会が始まってしまった……?内心怯えつつ、冷静を装って相槌をうつ。ハンドルを握る手が強まった。
「僕が離れていた時、男に絡まれていただろう。パートナーがいようと見境のない人間はいるものだ。あんな曖昧な返答ばかりしていたら、つけ上がって邪魔になる」

 私なりに頑張って波風立てないように応対していたのだが、どうやらそれでは不合格だったらしい。言い分はごもっともなのだが、素直にそのまま聞き入れるのはなんだか負けた気がした。そう思って口を挟む。

「アラウディさんが下手なことするなって……」
「何もかも濁して余計な気を持たれることは『下手なこと』のうちに入る」
「べ、勉強になります……」

 反論むなしく、気付いたらへりくだった返答をしてしまっていた。社畜根性とはまさにこのこと。私の返しを受けてバックミラーに映ったアラウディさんが一瞬こちらを見た気がしたが、確認した時にはその視線は既に窓の外へ向けられていた。





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