君のいる普通の暮らし



「光太郎は私と違って普通じゃないから、いつかもっと素敵な人が現れてその人と結婚するのかもしれないなって」

それなりに混雑しているファミレスの店内で、嵐のようにドリンクバーへと向かった光太郎を思い返しながら、ぽつりとそう零す。それを聞いて、目の前に座っている木葉はきょとんとした顔をして、それから露骨に溜息を吐いた。

「卑屈すぎ」
「だ、だってさあ……!」

面倒だろうが本心なのだ。どんどん有名になって、スター選手への階段を駆け上がっていく彼を隣で見ていると、時々疑問に思ってしまう。『あれ、私どうしてここにいるんだっけ?』、なんて。私の背丈では、彼を見るには首が痛い。もっと遠い席の方が、私が彼を見つめるのには相応しいのではないか、という思いが駆け巡る時があるのだ。

「まあ分からんでもないけど、お前ら何年付き合ってんの?今更木兎が手を離すって方が、俺には想像できないけど」

ストローでくるくるとアイスコーヒーをかき混ぜながら、木葉はそう続けた。間違いなく正しいのは彼の方で、微妙に居心地が悪くてずるずるとカフェオレを啜る。
光太郎が手を握っている、なんて単純な構図ならいいんだけど、手を握っているというか、私が振り落とされないように必死にしがみついてるというか……。考えれば考えれるほど不安になり、ドツボににハマっていくようだ。もやもやを吐き出すようにふう、と息を吐いたのだが、その音は近づいてくる騒がしい足音にかき消された。

「ただいま!お待たせ!!」
「あ?……ってなんだこの色!?おいこれ何種類混ぜた!?」
「ぜんぶ!」
「ふざけんな!今時小学生でもやらねえぞ!俺は絶対処理しねえからな!」

戻ってきて早々、嵐を引き連れてきた光太郎と、ぎゃいぎゃいと言い返す木葉に思わず笑みが溢れる。俄に騒がしくなったテーブルが、センチメンタルな思いを吹き飛ばすかのようだった。
キラキラと輝くような笑顔を見せる光太郎を見て、思わず目を細めた。やっぱり、光太郎は眩しい。いつだって眩しくて、いつだって普通じゃない。私はいつまで、この光にしがみつくことができるんだろう。





華金だというのに、鬼のように残業をしてしまった。固まった首を回しながら、なるべく明るい道を選んで家路に着く。そういえば今日、光太郎は試合だった気がする。まだやってるかな、ストレートだと終わってるかも。自然と足取りが早くなり、駆け足のようになっていった。

部屋の電気をつけて直ぐに、テレビのリモコンを探して電源をつける。映し出された画面には、先程終わったばかりだというバレーボールの試合の映像が流れている。あ、終わっちゃってた。
どうやら今日は光太郎が大活躍で、ストレートで勝利を収めたらしい。非常に調子よく、それ故にかなり早く終わってしまったようだ。最近はかなり安定して、光太郎の調子がいいみたい。自分のことのように嬉しい気持ちと、さらに遠くへ行ってしまったようで寂しい気持ちが渦巻いた。


「木兎選手、今日も大活躍でしたね!最近はこれまでに見られた調子の大きな波も減り、安定して素晴らしい動きをされていらっしゃいますが……」

可愛いスポーツキャスターが、光太郎へ近づいてそう切り出した。と、その途端に。

「俺、"普通"になれましたか!?」

何に反応したのか、光太郎は目を輝かせて食い気味に逆に問いかけている。急に怖い。星海選手や佐久早選手の陰に隠れがちだが、光太郎も大概インタビュアー泣かせだ。

「え!?ええっと、安定を普通と捉えるならば、まあ……?」

困惑するキャスターを後目に、ぱあっと顔を綻ばせた光太郎が、大きな声で何かを続けた。

「なまえ!」


「え……?」
いや、何か、というには馴染みのありすぎる名詞だったのだが、あまりにも場違いで、脳が処理してくれなかったのだ。彼の口から今、その場で叫ばれたのは、二十数年それで生きてきた私の名前。そんな場所では発されるわけのないはずの、私の名前だ。なに、これって、どういうこと?

「俺、"普通"になった!だから俺と結婚してくれるよな!」

目を見開いた。息を飲んだ。それでも、耳を疑う隙もないほどに、その声は私の中へ届いてきた。焦燥や、不安を吹き飛ばすくらいに、真っ直ぐに。
私の名前なんて一般に知られているわけが無いのだが、『結婚』というワードはそれだけで破壊力がある。事を察した会場の人たちのどよめきがどんどん大きくなって、テレビの向こう、こちらまでをも飲み込んでいく。その衝撃と困惑の声と、状況が飲み込めず焦った声を出すキャスターの声が混じる。けれど画面の中心には、そんなものは気にも留めていないように、満足気な表情の光太郎が映り続けていた。そんな、そんなの、
「そんなの、普通じゃないぃ゛……!」
涙も鼻水もべそべそ流しながら、せめてもの反抗として聞こえるわけのない反論を漏らす。それでも、胸の中の歓喜は抑えきれなかった。




「光太郎は私と違って普通じゃないから、いつかもっと素敵な人が現れてその人と結婚するのかもしれないなって」
そんななまえの言葉が聞こえて、思わず足を止めていた。どういう意味だろう?どうしてそんなことを言うんだろう?光太郎って俺のことだよな?さっきドリンクバーで全部混ぜて作り上げた、すごい色をしたコップの中身を見つめながら首を傾げる。
普通じゃないから、俺が別の人と結婚する……?じゃあ、俺は普通になれば大丈夫ってことか。確かに俺が目指しているのは『普通のエース』だし。……あ!あー!そういうことか!俺が普通のエースになるまでは、結婚してあげませんよってことか!そうだよな、目標を達成しないと、ご褒美は手に入んないもんな!
そういうことなら、もっと頑張って『普通のエース』にならないと!ぐっと拳を握りこんで、決意を新たに止めていた足を踏み出した。





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