もうとっくに始めている




「マジで信じらんねぇ……」

ワンルームの部屋に低い、どんよりとした声が響く。数ヶ月振りに私の家へやってきた聖臣は、眉間に皺を寄せて大きなため息を吐いていた。
幼なじみの聖臣は、昔からことあるごとに私の面倒を見てくれている。要領のいい元也とは違って、ただただ抜けている私はいつも聖臣の手を煩わせていた。……聖臣が細かすぎるというのもあるけれど。

聖臣が大阪の実業団に所属、つまりは大阪の大企業に入社すると聞いたから、とうとう私も独り立ちかと思っていたのに、何の因果か私の配属先も大阪の支店だったために、結局はまた彼の世話になっている。
というのも、私の配属先は激務に次ぐ激務の部署だったのだ。帰宅は夜遅くになるし、休日出勤もままある。そんな仕事中心生活になってしまったから、買い物はもっぱら通販頼りで段ボールが溜まるわ溜まるわ。加えて洗濯も休日にまとめて行うため、片隅に山のように積み重なっている。こういったことが積み重なった結果、足の踏み場が消失する事態に陥るのである。
初めてこの家に来て、この惨状を見た時の聖臣の顔は忘れられない。流石に実家にいた頃はこんなことにはなっていなかったのを彼も知っていたからか、幽霊でも出たような顔をしていた。そこから有無を言わさず凄まじいスピードで片付けをしてくれて、一旦は綺麗になるのだが、私の生活習慣はそう簡単には変わってくれない。ものの数ヶ月で元に戻って、様子を見に来た聖臣がまた冒頭のようなリアクションをして……の繰り返しである。聖臣には本当に助けられているし、本当に悪いと思っている。


「物が多いだけ、みたいな面してるけどお前、掃除もろくにしてないだろ」
「うっ、いやその、最近輪をかけて仕事量が増えてですね……。本当に夜遅くに帰る毎日なんだよ、深夜に掃除機かけるわけにもいかないじゃん?」
「ロボット掃除機買っておいたよな?どこにやった」
「いや、なんかもう物がありすぎて走りどころが無くなっちゃったみたいで」
「…………」
「ゴメンナサイ……」

白状したら今日一番の睨みが返ってきた。聖臣の厚意でこの家にやってきたお掃除ロボットくんも、部屋の片隅で身動きが取れずにひっそり暮らすしかなくなってしまっている。本当は私ものびのびとお掃除させてあげたいのに。
「仕方ねぇから片付けてやる。手袋貸せ。前に箱で置いたからまだあるだろ」
「ありがとうございます、ほんとに……」
「いいから持ってこい」
いつもなんだかんだで手伝ってくれる聖臣には本当に頭が上がらない。即座にゴム手袋を取り出し彼に献上した。
物だらけの部屋に手をつけていく聖臣の後ろ姿を見ていたら、なんだかもう、聖臣がいないと生きていけないような気がして、少し怖くなった。そもそも日の丸を背負って立つような人間が、こんなただの社畜のことを捨て置いていないことがおかしいのである。アスリートにとって大事な、貴重なオフの日を使ってまで。
聖臣はいつまで、私のことを気にかけてくれるのだろう。こんな、なんでもない私のことを。

「……おい、さっさと手動かせ」
「あ、うん、ごめんごめん」
聖臣の声にハッとして、というのを言い訳に、恐ろしい事実から目を逸らすようにダンボールの山を掻き分けた。





「――だとよ。あいつ、さっさと転職した方がいいんじゃねえのか。」
「……あー、それでその、聖臣も一緒に掃除はしたんだ?」
「は?当たり前だろ、何のために行ったと思ってる」
「……へー、ふーん、そう。てかさらっとロボット掃除機もプレゼントしてんのね……。つーかさ、いくら幼なじみだからって当然のように女子の家上がるのはどうなのよ。もう大人ですよ俺たち」
「なんか文句あるのか」
「いや、文句っつーか……。逆に聖臣の知らない男があいつの家にしれーっと定期的に出入りしてたらどう思う?」
「……あ?」
「おーこっわ。俺を睨むなよ、ほんとにさぁ……」





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