嵐は突然やってくる



中学二年生の頃、うっかり雲雀恭弥に恋をした。

別に特別な出来事があったわけではない。タチの悪い輩集団に絡まれたのを、偶然通りかかった雲雀さんに助けられた(というか、私に目もくれず群れをボコボコにしていった)のがきっかけだ。一種の吊り橋効果的なものかもしれない。暴れ回った後にかけられた「早く帰りなよ」と言う声は、見事私に解けない魔法をかけた。雲雀さんは返り血塗れだったけど、もうそんなのどうだってよかった。
まああと、暴力性とかをとっぱらった上で改めて見ると、雲雀さんってめちゃめちゃ美形だし。単純に言って、顔がタイプだ。
かといって、何か自分から行動できたかと言われれば、これといって何もできなかった。対して武力も無い私が、雲雀さんに近づける有効な手段が一切思いつかなかったからである。それなのに何故、今現在私が風紀財団の下っ端として彼の下で労働できているかというと、『沢田くんと家が近くてちょっと仲が良かったから』だ。ただそれだけであれよあれよと色んなことに巻き込まれ10年弱、気づけばこの位置で息をしている。紛うことなき棚ぼただ。
10年経っても雲雀さんへの恋心を捨てきれないのは、むしろ運の悪いことなのかもしれない。近いところに立っていようが、これを抱え続けるのは不毛な気がするのだ。雲雀さんが誰かと一緒に生きていく決断をするのは、とても現実的ではないように思えるから。……私がそう信じたいだけなのかもしれないけれど。でも、それでもいいのかも。雲雀さんを近くで見ていられるなら、それだけで。あと雲雀さん、10年経っても顔がいいから。
そう自分を納得させた、その矢先のことだった。


「お久しぶりです、雲雀恭弥。それと……あなたとは直接お会いするのは初めてですね」


あの頃の雲雀さんが、随分とにこやかになって私の前に現れたのは。



いや、夢?
いつもの雲雀さんはここにいるし、10年バズーカが作動したとしてもおかしな事だ。若い雲雀さんはご丁寧に並中の制服まで着ているが、そもそも雲雀さんがにこにこしていることが異常事態。そう思って自分の頬を抓ってみたら、めちゃめちゃ痛かった。現実!?
じゃあ幻覚か、と思ったけれど、仮にそうだとすれば術士嫌いの雲雀さんが黙って見ているはずがない。自分が使われているのなら尚更だ。つまり彼は生身の人間ということで。それならば。
「ひ、雲雀さんの弟さんとかですか……?」
「どういうつもりだい?君を並中に入れた覚えはないんだけど」
普段の雲雀さんにそう問いかけたが、私の質問には答えることなく、目の前の彼にそう投げかける。
「リボーンに挨拶に行ったら、面白がって着せられまして。学生服なんて相当振りですが、なかなか動きやすくて良いものですね」
目の前の若い雲雀さんは、そう言ってぴょんぴょんと跳ねてみせた。一緒に揺れた長い後ろ髪が見える。あの頃、というか、私の知るどの時代の雲雀さんにも無かった長い三つ編みだ。

「……ああ、申し訳ありません。ご挨拶が遅れました。はじめまして、風と申します」
呆気にとられている私を見兼ねてか、ぺこりと目の前の彼はお辞儀をしてくれた。私に頭を下げるなんて、やっぱりどう考えても雲雀さんじゃない。風、風って、確か。
「あ、アルコバレーノの……!」
そういえば、かつてアルコバレーノだったイーピンちゃんのお師匠様は、雲雀さんに顔がそっくりだと聞いた。実際見たのは初めてだけど、本当に生き写しレベルだ。まじまじと見つめていると、柔らかく微笑まれて思わずドキリとしてしまう。その顔でその表情は心臓に悪い。

「ふふ、一度あなたにお会いしてみたかったんです。聞いていた通り、素敵な方ですね」
「えっ」
目の次は耳を疑うことになった。雲雀さんと同じ声が、雲雀さんが一生私には投げないような台詞を零してきたからだ。

「リボーンや沢田綱吉から聞いていますよ。いつも一生懸命で、何に巻き込まれても順応できる方だと」
「いや、」
「急に現れて何を、とお思いですか?私もそれなりに場数は踏んでいるので、目を見ればある程度は分かりますよ。あなたのそれは、真っ直ぐ努力ができる方の目です」
「その、」
「色々と苦労することもあるでしょうが、よく頑張ってきていますね」
「はぇ…」

口を挟む間すらなく、風さんから次々と褒め言葉が飛んでくる。あの頃の雲雀さんとほぼ同じ見た目をした、風さんから。あの頃の雲雀さんは、終ぞ私を褒めたことはなかった。まあ、今も大体変わらないけど。当時叶わなかったことが突然降りかかったような状況に否が応でも胸が高鳴ってしまって、何かよく分からない声が出た。なに、なにが目的なんだ。

「……君、なにしてんの?」
「いや、あの、雲雀さんに褒められたこととか、全然無いですし……」
「あれは僕じゃないだろう」
「そ、そうなんですけど……」
ほぼうわ言に近い状態で、雲雀さんの低い声にギリギリ受け答えをする。雲雀さんと風さんが完全に別人だというのは分かっているのだが、ついつい雲雀さんに褒められているように錯覚してしまう。いやだって、向こうだってほぼ、騙しにきているような外見をしているし。理性でそう簡単に止められるものでは無いのだ。
顔がとても熱い。きっともう見るからにヘロヘロな私を認めて、風さんは笑って更なる爆弾を落としていった。
 
「ふふ、可愛らしいですね」
「かっ……」

可愛らしいって、そんな、その顔で、その姿で、そんなこと。
ぐるぐるとその言葉が脳内を占めていく。そうして、私の意識はどこかへ飛んでいってしまった。


 

「おや、固まってしまいました。本当に可愛らしいですね。あなたが嵌るのもよく分かります、雲雀恭弥」
「黙りなよ」
「おっと、すみません。老婆心が過ぎましたか?ですが、あなたの言葉足らずがこの状況を招いていることもお忘れなく。胡座をかいていいことはありませんよ。ここにはあなたと似た顔をした男がいるのですから」
「君まで師になったつもりかい?いらない進言だよ、そうなる前に咬み殺してあげるから」
「フゥー……果たしてどちらを、でしょうね」





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