霧中信号




 霧野くんはかわいい。

 整った顔に、おさげに結われた桃色の髪。嫉妬さえも追いつかない程に完璧なその外見は、女の子だけでなく男の子だって魅力する。正しく、10人居たら10人が振り返るような美少年だ。
 かくいう私も、彼の美貌に一目惚れしたその一人。初めて見た時のあの衝撃そのまま、覚めるどころかずぶずぶと沼に嵌って抜け出せなくなってしまった。しかしこれも仕方ないことだ、彼がかわいすぎるのが問題であって、こちらの責ではない。そう勝手な責任転嫁をしながら、今日も彼のことが好きだった。
 

 「君、かわいいね。一人?」
 ちょっと野暮用で霧野くんと出かけている最中。少しお手洗いに行っていた隙に、霧野くんがナンパを受けている……。しかも、今回の相手は男の人だ。確かに今日の霧野くんは、ゆったりした服を着ていて体のラインが分かりにくい。美少年ではなく、美少女だと勘違いされてもおかしくはない。
 今に始まったことではないが、どうもこういう場面には慣れない。例えば私がもっとかっこいい女の子だったら、颯爽と彼を連れ出すことも可能なのだろうが、生憎霧野くんには遠く及ばない平々凡々なナリだ。いつだって二の足を踏んで、一生謎のステップを踏み続けている。ど、どうしようかな……。

 「……お。悪いな、期待には沿えないんだ」
 そんなことを考えてあたふたしているうちに、彼が私の姿を認めてくれたようで、ひょいと見知らぬ男の子を躱すように抜け出した。そのまま軽い足取りで、私の元へとやってくる。彼に声をかけた男の子は、流れるような霧野くんの一連の動作に、引き止める間もなく面食らっていた。

 「戻ってたなら、声掛けてくれてもいいだろ?」
 「あ、うん、ごめん……。こういう時、どうしたらいいか分かんなくてさ。霧野くんはすごいね、やっぱり」
 同性にナンパをふっかけられたとはとても思えない様子で平然と話を振る霧野くんに、感心半分畏怖半分でそう返す。霧野くんは眉を下げて、少し困ったように笑った。
 「言いたかないが、多少の慣れはあるかもしれないな」
 「や、やっぱりモテる男は違うね……」
 隣を歩くその美貌は、既に数多の好意を受けているのだろう。そういえば、バレンタインには神童くんと並んで大量のチョコレートを受け取っていた覚えがある。やっぱり、私とは世界が違うのかも。やや畏怖の念が強まり、怖々とした声を出した私に対して、霧野くんはからりと笑った。

 「流石に女子に間違えられるのは、最初は腹が立ったけどな。ま、今となってはお前にかかる声をオレが肩代わりできてるって考えると、不思議と悪い気はしないよ」

 あまりにも自然なことのように語られたので、危うく聞き流しかけた。ん?……ん!?さらりと流れるように告げられた言葉に、思わず彼を二度見する。私が居ないうちに買ったであろう水を飲み下して、霧野くんは微笑みながら小首を傾げていた。かわいい。いや違う、こちらが首を傾げたいんですが。
 「べ、別に、霧野くんだから声がかけられるんであって、私には関係ないんじゃないかな」
 「そうでもないと思うぞ?みょうじはかわいいからなあ」
 ど、どの口が……!私の大混乱を知ってか知らずか、霧野くんはこちらを誑し込むような台詞を重ねる。思わず足を止めてしまった私を見て、霧野くんは一瞬きょとんとした後に、にやりと笑った。思わず心臓が跳ねるとともに、浮かぶひとつの感想。あ、これ、分かってやってる。

 「顔、真っ赤だぞ?」

 そんなこと、私が一番分かってる!そう叫びたいのに、熱くなる頬を抑えたまま言葉に詰まってしまう。言わなくていいことをわざわざ、揶揄うように口にして、これ以上なく綺麗に笑う彼を見ると、何も言えなくなってしまった。悪戯っぽく笑う彼はかわいい。かわいいのに、どこまでもはっきりと男の子だった。

 「やっぱりかわいいよ、みょうじは」

 霧野くんって、かわいいけどかわいくない!
 





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