なまえをよんでよ




 「マサキって、いつまで私のこと苗字で呼ぶの?」

 そう投げかけると、目の前のマサキはぱちぱちと瞬きをした。

 「急になんだよ、みょうじさん」
 「それ!『みょうじさん』って、知り合ってからずっとそうじゃん!」
 意外と、と言ったら失礼かもしれないが、マサキは基本的には人に敬称を付けて呼ぶ。『天馬くん』『剣城くん』『空野さん』……その例に漏れず、彼は私のことも『みょうじさん』と呼んでいた。知り合ってからずっと、今現在まで。
 彼のそういう、根っこの素朴な所が好きではあるのだが、今の私たちの関係を考えるとこのままでいいとも言っていられない。何を隠そう、私と彼は今や恋人同士だ。もう一年近くになるが、未だに苗字で呼ばれている私を、彼のカノジョであると認識している人は少ない。マサキはストライカーでは無いものの、その類稀なる反射神経と身体能力のおかげでサッカー部でも有名人。よく人目を引いていて、女子人気も高いのだ。要は、そういう子達にマサキがフリーだと思われて積極的にアプローチをされ、彼が取られないか不安なのである。

 「私たち、付き合ってもう一年近いわけじゃん……え?付き合ってるよね?」
 「急に不安になるなよ……。というか、そっちもオレのこと名前で呼び出したの最近だろ?自分のこと棚に上げるなよな」
 「しかし、私はもう名前伸びの域に至っています」
 「偉そうに……」

 マサキはため息を一つ吐いてから、頬杖を解いた。『名前で呼んでほしい』なんて可愛く素直に言えたら、こんな雰囲気にはならないのだろうに。マサキを捻くれていると称する人は少なくないが、素直じゃなくて面倒なのはむしろ私の方だ。つくづく自分の性格を呪う。いけない、思考がどんどんネガティブに……。

 「なまえちゃん」
 
 高くもなく低すぎない、心地好い声色が私の名を呼んだ。伏せかけていた瞳をパッと前へ向けると、マサキがまっすぐこちらを見ていた。なまえちゃん。彼の口から発された私の名前には、随分と可愛らしい、柔らかい敬称が付いている。
 猫被りをしている時の彼なら、むしろそう呼ぶのが自然なくらい似合うのかもしれない。しかし目の前の彼はもう見慣れた、素の鋭い目付きのままで私を見ている。からかっているわけではないのだ。彼は何の疑いもなく、私をそう呼んでいる。なまえちゃん。先程の彼の言葉を反駁すると、変に胸が躍った。

 「……別に、呼びたくなかったわけじゃないし。タイミング逃しただけだっての」
 少し拗ねたように続けた彼は、少しだけ頬が赤くなっていたような気がする。しかしそれを指摘してしまうと、きっと大きなブーメランを食らうからやめておいた。だってこんなにも、自分の顔が熱い。
 
 「……や、やっぱまだ苗字でもいいかも」
 「……っはあ!?」
 
 照れたままに口走った言葉は、彼を呆れさせるには十分だったらしい。下がっていた彼の眉がみるみる上がっていく。照れた様子で淡く染まっていた頬が、今度は困惑と怒りで染まっていくのがよく分かった。
 「なまえちゃんが名前で呼べって言ったんだろ!?」
 「ま、またなまえちゃんって……!いやだって、キャラクター性ってものがあるじゃん!今のマサキなら絶対、呼び捨てだと思ったから……!」
 「なんだそれ、何がおかしいんだよ、おい!」
 私が何に照れてあんなことを言ったのか、マサキはあまり分かっていないのだろう。それはそれで、意図的に人を騙す仕草をする普段の彼より、数倍タチが悪い。逆に意固地になっているのか、彼は怒りながらも「なまえちゃん」と呼ぶことを止めない。その言葉一つで、私の名前が何か特別なもののように錯覚してしまいそうになった。





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