縄張り意識



 「本当に本物じゃん!?」
 「だからそう言ってるって……」

 光太郎と出掛けている途中、偶然にも友人と遭遇した。彼女とは付き合いも長く、光太郎と恋人関係にあることはこれまでにそれとなく伝えている。伝えているのだが、『そっかそっか笑 本当に木兎選手のこと好きだよね笑』みたいな、いつも半信半疑のリアクションで流されていた。この反応を見る限り、半信半疑どころかかなり疑寄りだったらしい。

 「恋人のこと話したくないから、適当に誤魔化してると思ってたわ。いや〜……びっくり。いつから唾つけてたの?」

 友人は光太郎に軽く会釈をし、彼をしげしげと見上げてそう続けた。唾というと、高校生の頃からつけていたことになるんだろうか。あの時ですら全国五本指エース、校内でもなかなかの有名人(良い意味でも悪い意味でも)だったから、唾をつけると言うには遅い気もするけど。

 「なあ、『唾つける』ってどういう意味?」

 そんな風に考えていると、横からひょこりと光太郎がこちらに顔を寄せてそう聞いてきた。その解説を私がするのもなんだか恥ずかしいが、無視は無視で厄介なことになりそうなので素直に答える。

 「他の人に取られないように、先回りで手を打っておくって感じかな」
 「マーキングみたいな感じですね」

 面白そうに笑う友人の補足により、更に動物的になってしまった。間違ってはないけれど、そう言われるとやたらに本能的に聞こえて、尚更恥ずかしい。
 私たちの回答を聞いた光太郎は、大きな目をぱちぱちと瞬かせ、あっと何かを思いついたような声を上げた。

 「じゃあ、逆だ!」

 何が?
 勢い良く発せられた言葉に、私も友人も首を傾げる。光太郎の思考回路は謎が多い。唐突な発言は今に始まったことではないが、未だに完璧に汲み取るのは難しかった。困惑している私に向かってビシ、と指をさして、光太郎は続ける。

 「なまえが俺にじゃなくて、俺がなまえに唾つけてたんだな!」

 うんうん、と一人納得したように、光太郎は頷いた。うん……うん!?突然の爆弾発言に、彼に掴みかからん勢いで制止をかける。

 「こ、光太郎!?それ……それは違くない!?」

 どう考えても、唾をつけなれけばならないのは私から彼に、だ。光太郎ほど目立つ人だから、先回りする必要がある。私に唾をかけたところで、端から狙う者がいないのだから意味がない。そう思って慌てて止めたのだが、光太郎はきょとんとするばかりだった。

 「なんで?俺、高校生の時からなまえのこと取られたくないなーって色々考えてたよ。赤葦とか雪っぺとかのアドバイスもいっぱい聞いたし」

 初耳すぎる情報に目を丸くする。そんなの聞いた事ないけど。思い返しても、私に対しての大袈裟な行動は心当たりがない。というか、赤葦くんと雪絵ちゃんは何やってんの!?何を言ったの!?

 「……ほーん。ふーん。なるほどね」

 顔を赤くする私と、不思議そうな光太郎を交互に見て、友人は一つ呟いた。そちらに視線をやると、愉快そうに笑っている。それはもう、ニヤニヤという効果音が聞こえてくるほどに。やめてよ。
 どうして私がこんなに恥ずかしい目にあっているのか。謎の一人負けみたいな状況に、やり場のない思いで光太郎を小突いた。



 


 「……ってことがあったんだけど、雪絵ちゃん何か覚えてる?」
 『え〜?知らない方がいいこともあるんじゃない?』

 先日の出来事を受けて、久々に雪絵ちゃんに電話をかけてみた。メッセージで連絡はとっていたが、声を聞くのは久しぶりだ。彼女は相変わらずのおっとりとした声色で、なんだか怖い返しをしてきた。本当に何を言ったんだろう。

 『まあ一つ言えるとすると〜、なまえは昔から木兎の唾でベッタベタだよってことくらいかな〜』
 「い、言い方……」
 『嫌だった〜?』

 のんびりとした口調ですごい表現をされるが、不思議と全く不快感がない。あの猛禽類が、私を狙っていて、唾をベッタベタにつけるって考えると、むしろ。

 「……嬉しいです……」

 絞り出すような私の返答に、雪絵ちゃんは『やっぱりなまえもちょっとヘンだよね〜』と何かを頬張りながらそう言った。変人に括られてしまった……。





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