麗らかな春




!既婚赤葦くん 一般漫画家視点 夢主の直接の登場はありません


 少し前に、担当編集者が変わった。

 新しい編集さんは赤葦さんという人。新卒入社すぐに担当した宇内先生と、その代表作となった『メテオアタック』の成功に一役買ったやり手の人だ。背が高くて落ち着いているが、冷たいというわけでもなく、意外とこちらの悪ふざけにも泣きつきにも対応してくれる。いい人だ。
 いい人なのだが、俺の作品の担当をこの人が?という気持ちと、若干の気恥しさはまだ捨てきれていない。
 俺の連載作品は恋愛モノだ。それも、お色気系の。「これを少年誌で載せるのか?」と一部で時たま物議が巻き起こるようなタイプの作品である。俺は好きで描いているから画面の向こうで何を言われようと知ったこっちゃないのだが、赤葦さんのような人に目の前でネームや原稿を確認されるのは、初めての連載なのもあってやはり若干の恥ずかしさが拭えない。小心者で悪かったな。
 赤葦さんはどんなシーンでも顔色一つ変えずに、展開を褒めてくれたり冷静なアドバイスをくれたりする。有難いのと同時に、一人勝手に気まずくなっている自分が情けなくなった。赤葦さん、結婚してるみたいだし。これが既婚者の余裕なのか。そう思いつつ、おずおずと連載ネームを提出する日々だ。


 
 「……先生、展開に困ってきました?」
 ネームを確認した赤葦さんは、そう口火を切った。思わずドキリとする。図星だった。

 「お、おっしゃるとおりで……。その、そろそろ新しいキャラを出そうかな、と思っているんですが……」
 「いいと思いますよ。そろそろ一波乱欲しいところですし、勢いを付けるためにも」

 ほっと息を吐く。「キャラに安易に頼らないでください」なんて返されるんじゃないかと不安だったが、背中を押してくれて安心した。赤葦さんって、やっぱり思ったよりずっと優しい。

 「じゃあ、参考までに聞きたいんですけど、赤葦さんってどんな女の子が好きなんですか?」

 そうと決まれば、とそんな質問を投げかけてペンをノックする。気を抜くと独りよがりな、ただ俺がタイプの女の子を量産してしまうところがあるので、この点に関しては他の人の意見を聞くようにしている。あと、単純に赤葦さんのタイプが気になった。

 「妻です」

 さあどうだ、と耳を傾ける隙すらなく、赤葦さんは間髪入れずにそう答えた。へ、と間の抜けた声が漏れる。あまりにナチュラルに返されたものだから飲み込んでしまったが、結婚相手と好きなタイプって、意外と乖離があるというか、別枠みたいなものじゃないのか?ある程度、妥協が含まれるというか。

 「お、奥様、ですか」
 「……すみません、これでは参考になりませんよね」

 ややあって、赤葦さんは申し訳なさそうに眉を下げる。なんだか申し訳なくなって、ぶんぶんと手を横に振った。

 「い、いえいえ!そ、そりゃあそうっすよね!まあその、漫画には出せないですけど……」
 「……そうですね、あまり……フィクションとはいえ、他の男とそういう展開になるのは、良い気はしないというか」
 「も、もちろんもちろん!出しませんよ!」

 赤葦さんがなんだかちょっとしょんぼりしだした。勢い良く否定すると、少し安心したらしい。というか、俺は赤葦さんの奥さんのこと全く知らないし、この状態で出しようがないんだが。赤葦さんって、もしかして思ったよりぶっ飛んだ人なのか?

 「……赤葦さんって、その、羞恥心とかないんですか?いや、全然悪い意味とかじゃなくて」

 あまりにも真っ直ぐに奥さんへの愛を表明しているものだから、思わずそう問いかけてしまった。口に出してから、この聞き方で気を悪くしないか、と焦ったけれど、赤葦さんは特に気にした様子もなく「たまに言われますけど、普通にありますよ」と返してきた。たまに言われるのかよ。

 「でも、好きなことを好きだと言うことは、何も恥じることではないと思うので」

 こちらを真っ直ぐに見つめ返して言われた言葉は、妙に俺の胸に突き刺さってきた。ああ、それ、そういうの、いいなあ。赤葦さんも、そう言わせるだけの奥さんも、素敵だと素直に思った。どうしても小っ恥ずかしさが勝ってしまって、俺にはそんなことは言えないのだけど。思わず少しだけ目を背けた俺に、赤葦さんはふふ、と笑う。

 「先生も、そう思うからこの漫画を、この作風を続けているんでしょう?」

 挑発的に微笑まれながらそう言われると、何も言い返せなくなってしまった。赤葦さんの左薬指をぐるりと回っている指輪が、陽の光を浴びてきらりと静かな輝きを見せる。あー、俺も結婚したい。相手いないけど。





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