画面の彼を覗く時、




『けんまくん配信感謝♡けんまくんのために今日もバイトがんばりました!ほんと〜〜に愛です‪ฅ^. ̫ .^ฅ♡‬』

「……で、これが何?」
「ただ今より研磨くんガチ恋対策会議を始めます」
「おっとまた面倒なのに巻き込まれたなコレ」

 研磨くんが仕事の都合で渋々外出し、家主が一時的に不在となった孤爪邸。研磨くんの過去の放送が映し出されたパソコンの画面と、渋い顔をする私を交互に見て、黒尾は露骨に嫌な顔をした。面倒なのは重々承知だが、こっちは真剣に悩んでいるのだ。
 研磨くんと恋人になってかなりの年月が経ったが、その間に彼の立場はとてつもなく変わってしまった。今や会社社長兼大人気配信者になってしまった研磨くんのことで相談できるのは、もう高校から付き合いのある人しかいない。その中でも、研磨くんと誰よりも付き合いの長い黒尾は彼絡みの悩みをぶつけるのに最適の人物だった。まあ、ちまちま相談しすぎて呆れられているところもあるけれど。それでも話には乗ってくれるからいい人だなと本当に思う。

「コヅケンではなくけんまくん呼び、アイコンは盛れたプリクラ、度重なる赤スパにメッセージは配信に特に関係無い自分語り、もう役満だよね」
「途中からガチ恋憎しの感情漏れてんぞ」
「そりゃ憎くもなるよ。私より可愛くて研磨くんにお金突っ込める子がわんさかいるんだからさ」

 最初は楽しく見ていた彼の配信も、一度その層を認識してしまえば否が応でも不安が過ぎる。しかも私以上の財力と私以上の容姿を備えていて、それが一人や二人ではないと来た。積もりに積もった危機感で、自分だけでは抱え込めなくなってしまったのだ。
相当厳しい顔をしているであろう私を見て、頬杖をついた黒尾は正論を投げた。

「もうお前配信見るの止めたら?」
「分かってる……!分かってるけど気づいたら……!」
「開いてんのか、重症だなこれ」

 正論に身を突き刺され、机に突っ伏して嘆く。気にしすぎだということは分かっていた。研磨くんが私に飽きたら、ズルズル付き合い続けるなんてことはせずにスッパリ切る性格なことも分かっているし、それをされてない以上はまだ私を気に入ってくれているんだということは理解している。それでも怖いものは怖いのだ。もう研磨くんは、バレーとゲームが上手い一般高校生でも、ゲームと株のやりくりが上手い一般大学生でもないのだから。顔を伏せたまま深く深くため息を吐いた。

 

「なんか最近上の空だなと思ったら、そんなことで悩んでたんだ」
 
 突然背後から聞こえた声にバッと伏せていた顔を上げる。恐る恐る振り返ると、渦中の人物・研磨くんが感情の読めない顔でこちらを見下ろしていた。いつのまにそんな、音もなく背後に。冷や汗がたらりと背中を伝った。黒尾の「おー、研磨おかえり」という呑気な声がかき消されるくらい、心臓の鼓動がうるさい。これは良い期待のドキドキじゃなくて、悪いドキドキだ。別に悪いことをしているわけではないが、面倒な奴だと本人に思われるのが嫌だったから、こうして研磨くんのいないうちに対策会議を開いていたというのに。

「研磨くん!?いやこれはその、違くて、」
「バレたらマズイなら俺ん家でやらないで」

 呆れを隠そうともしない様子で返した研磨くんは、私の対面に腰を落とした。特徴的な猫目が私のことをじっと見つめている。

「でも研磨もさ、研磨ん家以外でこいつが俺と二人になるのは嫌なんだろ?」
「…………」
「ハイ沈黙は肯定〜〜」

 私の向かいに座った研磨くんに何かボソボソ行ってから、入れ替わるように席を立った黒尾は「じゃあ俺帰るわ。あとはご本人同士で直接どうぞ〜」とあっさり出ていってしまった。あまりにも自然に出ていかれたから止める隙が無かったし、そうでなくても対面の研磨くんから発されている謎の圧が引き止めることを許してくれなかっただろう。
 そんな謎の圧を発している研磨くんに向き直って、一つ咳払いをしてからおずおずと切り出した。私から言わないとこの状況は好転しないであろうことは、容易に想像がついた。

「研磨くん、その、私そんなにお金あるわけじゃないけどさ、」
「そっちに無くても俺が持ってるからいい」
「あっ、そ、そうですよね……。あと、私より可愛いファンの子とか多分いっぱいいるけど、」
「別に顔で好きになってない」
「ひぇ……」
「その反応なに……?」

 あまりにも速いレスポンスと、久々に彼の口から聞いた『好き』という言葉に謎の声を漏らしてしまった。こんなに即答できるなら、余程本心なんだろうと思う。というか、私より可愛いファンいっぱいいるのは否定しないんだ。いやまあ、見え見えの社交辞令で返されても逆に凹むしありがたいかも。

「ちょっとしたことで悩んでるの、普通にバレてるから隠さないでよ」

 先程までのバッサリ切り捨てるような声色から、少し変化したそれに驚いた。私の希望も入っているかもしれないけれど、なんだかちょっと拗ねているような。……もしかして、黒尾に頼り過ぎたのがいけなかったとか?でも、研磨くんは私と違って嫉妬みたいなのはしないし、流石に考えすぎ――

「俺の気持ち知りたいなら、直接聞けばいいよ」
「えっ」

 思わず肩を震わせた。思考を読まれたかのようにぴったりなタイミングだ。そ、そんなに顔に出てたかな……。反射的に手で顔を覆いかけたが、それより先に研磨くんが少し身を乗り出して、こちらを覗き込むように顔を近づけた。へ?
 
「そっちが思ってるより、ちゃんと見てるからね」
 
 決して大きくない声なのに、その言葉はとてもよく響いた。蜂蜜色の瞳がじっと私を見ている。とても静かなのに、私の全てを見ていると主張するような雰囲気に、ごくりと生唾を飲み込んだ。いつもの私なら、研磨くんはいろんなことをやっているんからそんなわけない、ただの冗談だと受け止めていただろう。けれど今はそんなことできない。私について知らないことなんてないんじゃないかと思ってしまうくらい、その瞳と言葉には説得力があった。
 私はもしかしたら、研磨くんの作った籠の中に閉じ込められているのかもしれない。一人勝手に悩んで、心配して、ちょこまかと動いている姿をじっと外から見られていたのかもしれない。想像すると怖い風景なのかもしれないけれど、それでもいいと思うどころか、むしろときめいてしまうのは私がおかしいのだろうか。
 研磨くんガチ恋対策会議、結論。どうやら私の思っているよりもずっと、研磨くんは画面の向こうの可愛い誰かに心が動いてないし、それよりも私に興味があるらしいので本当に悩むだけ無駄らしい。





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